『帰省』 あるいは似て非なるもの
『雷帝の庭』と呼ばれる広大な部屋に踏み込んだエリーは、対魔力結界を展開しながら周囲を眺めた。
濃密すぎる魔力が集まり、粒子となってキラキラと周囲を漂っているその光景は、幻想的とすら言えるかも知れない。
ただ、それがこの、殺風景な……かつては様々な計器が置いてあったはずなのに、そのほとんどが失われてしまった場所だと、もの悲しさを感じてしまう。
戦略級魔導兵器『ウィスケラフ』
かつて各地で猛威を振るったその力の源泉であるこの場所。
それを制御するため、あるいはそれを利用するために計器や装置が持ち込まれ、多くの魔術師が研究のために詰めていた。
だが、今やそれは失われてしまっていて。
当時の面影も無いわけでもないけれど……時間の流れを如実に突きつけられる。
そもそも、だ。
「こんなに魔力が漏れ出しているだなんて……制御が、失われ欠けている?」
そう。
昔であれば、ここまでの魔力の漏出はしていなかった。
王子の説明の時は、今の人にとっては辛いのかな、くらいの認識だったのだが……ここまでだと、エリーでも結界なしでは辛いだろう。
結界強度をコントロールしながら、急ぎたい気持ちを抑えて慎重な足取りで近づいていく。
近づく程に、物理的な圧力すら感じる程の魔力が行く手を遮り、跳ね返されそうな錯覚を覚えながら、一歩ずつ。
光に満ちた空間……光しか見えないような空間の中で、時間も、距離の感覚も危うくなっていき、どれくらいの距離、どれくらいの時間を歩いたのかが曖昧になりそうになるたび、軽く頭を振る。
……魔力酔いではないが、ここまで暴力的な光の奔流に晒され続けると、彼女の情報処理回路にも影響が出てくるのだろうか。
とりとめないことを考えてしまいながら……ようやっと、その場所へとたどり着いた。
『ウィスケラフ』の中枢、超大型魔力炉。
エリーの持つ『虚空炉』とは動作原理が違い、指定した範囲から魔力を少しずつ集め、それをさらに濃縮して行使者の命ずるままに使う魔力へと変換する。
小型化に成功し、マナ・ドールのような機動兵器にも搭載できる『虚空炉』と比べてかなり大規模な施設が必要になる反面、『複数の人間が』強大な力を振るうことができるのが特徴だ。
マナ・ドールにのみ力を与えること、それに依存することを恐れた人間がマナ・ドールを超える力を得るために作ったとも言われているが、エリーには真実はわからない。
間違いなく言えるのは、この時代の人間には過ぎた力であること、整備されることなく魔力を集め、放出し稼働しつづけていた『ウィスケラフ』は、限界が近いということだった。
そんなことを思いながら、魔力炉の近く、見慣れた制御端末へと近づく。
まだ、制御端末は生きているようだ。
それを確認すると、エリーは椅子に座り、髪をかき上げるようにして、うなじへと手を伸ばす。
そこから一本のコードを引き出して伸ばすと、制御端末のところにあるコネクタへと接続。
目を閉じると、身体の力を抜いて情報処理回路の大半を端末へと同調させる。
……かすかな抵抗感の後、接続、同調ができたことを確認した。
『……ウィスケラフ、聞こえますか?……お久しぶりです、エリミネイター・識別番号739です』
『……識別…番号……739……認識……権限の確認を、実行……確認……』
……レスポンスが悪い。
劣化しているのはわかる。
だが、それでもここまで処理速度が低下する程には見えなかったのだが。
そう思いながらも、権限は確認・認証された。
原因の追究は後回し、今はすべきことをしよう。
端末を操作することなく、直結した自身の情報処理回路を入力装置として使用。
物理的操作が不要な分、高速で手順を踏んでいく。
現在実行中の処理、プロセスを確認。
『ウィスケラフ』自身の処理パフォーマンスと各種装置の状態を確認。
……その際に感じる、わずかなノイズ。
一つ一つ、実行中の処理を停止、終了させていく。
一気にすべて終了させることも不可能ではないのだが、今の『ウィスケラフ』には負荷が大きすぎて、処理しきれない可能性もある。
焦る気持ちを抑えながら、確実に一つずつ。
全ての『杖』の機能を停止。
これで、ゲオルグ達が杖の脅威にさらされることはないはずだ。
魔力収集機能の停止。
これで、後は今溜まっている魔力さえ制御できれば、大規模な魔力の奔流にさらされる可能性はほぼない。
そして、肝心の『宝珠』……女王の持つ、最上位行使者用端末の停止に取り掛かった時だった。
明らかな、違和感。
劣化によるもの、などではない、作られた……。
『劣化によるバグ、じゃない……まさかウィルス?!』
気付いた瞬間に、情報処理回路を限界の速度で動かし始める。
こちらへの干渉を防ぐように防壁を張りながら、実行すべき停止処理を強引に割り込ませようとする。
……エリー自身には、こういった『異物』への直接的な対処能力は付加されていない。
もし、『異物』がこちらへの攻撃能力を持っていたら……防ぎ耐えることしか、できない。
まだ、こちらへは攻撃してこないが……だが、停止処理を強固に弾き出して、あちらの処理を優先させようとしている。
……何をしようとしている……?
それを分析する能力も、エリーにはなかった。
このままでは、『宝珠』の機能を停止できないことだけは、確かだった。
辿り着いた場所には、ソレが待っていた。
いると、わかっていたはずだった。
だが、これは、なんだ?
次回:玉座に棲まうモノ
ここにいるのは、なん、だ?




