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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
2章:暗殺少女は旅に出る
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その女、ミスリル銀貨100枚につき

 王城に突入した王子達は、散発的に襲い来る兵士達を適宜迎撃しながら進んでいた。

 時折混ざる腕利きの兵士の攻撃に、騎士達も怪我をするものが出てくるが、命を落とすほどの怪我は今のところない。

 また、近衛騎士達はやはり女王の政策に思う所があったのか事前に根回しをされていたのもあったのか、駆け抜けていく王子を見逃していく。


「隊列を維持せよ、敵に対しては必ず二人組で当たれ!

 右前方向、5人来る、迎撃せよ!」


 周囲を固められていながら、周囲がかなり見えているらしい王子が次々と指示を飛ばす。

 それに対して瞬時に反応する騎士達の動きはどこまでも滑らかで淀みない。


 その中でレティは探知魔術を時折使い、王子へと警戒を促していく。

 指揮官をもとに統率の取れた動きを見せる第三騎士団と、各自の判断で各個出てくる兵士達では、まるで戦闘力が違っていた。

 そうして、女王のいるであろう玉座へと向かう曲がり角へと近づいたところで、王子が声を上げて全体を止める。


「総員止まれ!

 ……さて、私があちら側なら、ここで待ち伏せするのだけど。

 イグレット、頼むよ」

「ん、了解。……ちょっと、待って、ね……。

 ……『動的探査アクティブ・サーチ』」


 しばらくの詠唱の後、最大出力で魔力を放つ。


『動的探査』



 魔力の波を放ち、それに当たった生物から反射される魔力を探知し、その存在を知る魔術。

 方向、距離まで探知することができ、障害物も魔術的な防御をされていない限り突き抜けて探査することが可能という有用な探査魔術だ。

 ただし、欠点もあり。


「……イグレット、今のが?

 何かこう、小さな衝撃波みたいなものを感じたのだけど」

「……殿下、魔術の才能あったんだね……。

 ……この曲がり角の向こう、数十人待ち構えている。

 魔術師もたくさんいるね……多分10人くらい」

「やっぱり、ね……さすがにここは通すわけにはいかないだろうから」


 つまり、魔力がある程度以上ある人間には、探査を掛けられたことに気づかれてしまう。

 もちろん、王子のようにその魔法の存在を知らなければ、ただの違和感で終わるのだが。


 ともあれ、この先は最大の正念場になりそうだ。

 人数では勝っているものの、魔術を効果的に使われれば、この狭い室内では被害が甚大なものになることは疑いようもない。


「多分、向こうの魔術師の何人かには気付かれた。

 ……じゃあ、ちょっと仕事して来る」


 当初の打ち合わせ通りに先に突入して攪乱しようとするレティに、王子は難しい顔をしてしまう。

 予想よりも多い人数と構成に、もちろん自分たちも危険だが、一番危険なのは彼女だ。

 そこまで無理をさせてしまっていいものか……だが、それを仕事とあっさり言ってのける彼女を見ると、覚悟決まる。


「少しだけ修正させてくれ。

 君の突入の後、タイミングをずらして私たちも突入する。

 その方が標的も散るから結果として被害が少ない可能性が高い」

「……私はありがたいけど……皆は大丈夫?」

「おいおい嬢ちゃん、馬鹿にするもんじゃねぇよ。

 俺たちだって命も張れば意地も張る。

 ここまで大した手ごたえもないしなぁ」


 真剣な王子の表情に、少しだけ困ったように眉を寄せる。

 だが、そんなレティへと騎士達は豪快に笑ってみせて、親指を立てる。

 その様子を見ていると、下手な気遣いは要らないか、と思いを新たにする。


「そう……じゃあ、それでいこう」

「イグレット、確かに私は仕事を依頼しているけど、君一人に背負わせるつもりもないからね?」

「ん、わかった……。

 じゃあ、いくよ。準備はいい?」

「おう、任せろ!」

「いくよ……」


 騎士たちの返事を聞くと、一拍置いて。

 ひゅ、と黒い布を投げ上げた。ふわり踊るそれは、一瞬人型にも見えて。

 次の瞬間、ドスドス! と布に矢が突き刺さる。

 それと同時に、レティは駆け出していた。




 その少し前、レティが『動的探査』を仕掛けた直後のこと。

 当然、10人も魔術師が居れば、何をされたかは気づいていて。

 こちらの陣容が掴まれたことを、理解していた。


「は? 奴らに気づかれた? 何言ってんだ、お前」

「だから、今魔術を使われたんだ、わからんのか!」


 兵士と魔術師のリーダーらしき二人が、小声で言い争いを始める。

 こちらへと向かっている集団が止まったかと思うと、弱い魔力の衝撃波。

 これは、どう考えても魔術による探査だ。こちらの手がばれた、作戦を変更すべきだ。


 と、魔術師のリーダーは主張するのだが、そもそも兵士のリーダーは魔力を感じ取ることができていなかった。

 元より、片や女王陛下の肝いりの魔術師達。片や宰相のお抱え兵士。

 互いに互いを好ましくは思っていない同士だ、簡単に衝突し、ズレも出る。

 険悪な雰囲気になっていた、その時。


 ふわり、と黒い何かが躍った。

 慌てて反応し、それを弓兵が射る。

 ……ただの、布だった。


 布?


 と思った瞬間に、その影から黒ずくめの何かが飛び出した。


 彼らが待ち受けていたのは、豪奢な調度品に彩られた通路。

 複数の張りだしたバルコニーの上には弓兵や魔術師が配置、通路にいくつも存在する柱の影には、弓兵、魔術師が隠れていて、それをさらに隠すように、槍を持った兵士たちが壁を作るように配置されていた。


 ……『動的探査』をかけた後のレティには、場所はバレバレだったのだが。


「なん、だ……? なんだあれは?!」

「う、撃て撃て!! よくわからんが撃て!」


 よくわからない内に射撃を命じられたが、慌てて狙いを付けようにも、その俊敏さを捉えることができない。

 レティは一瞬で通路の端にまで到達すると、柱を左手で抱きかかえるようにしながら一気に方向転換。

 柱の影に隠れながら弓を構えていた男が慌てて向きを変えようとするが、その前に小剣が翻った。


 弓の弦を断った刃がそのまま首筋を捉えて……血飛沫が吹きあがる。


「なっ、なんだあいつはっ! あいつだ、あの女をやれ!!」


 そんな声が飛び、レティへと視線が向かう。

 その僅かな間に、投げナイフが別の弓兵の額に刺さり、駆け寄られた魔術師が斬り倒された。


「突入!!」


 それを見計らった王子の号令に従い、騎士達が雪崩を打って突入する。

 レティへと視線を奪われていた兵士達は、慌てて防戦しようとし、いくつか矢は騎士達を捉えたが、押しとどめることはできず……がっつりと、食いつかれた。



 場が混乱しだしたのを見たレティはフック付きのロープを取り出し、バルコニーの端へと投げ上げる。

 がちり、と掛かった手ごたえを感じれば、それを手繰りながら壁を蹴り上っていく。

 常軌を逸したその素早さに、信じられないものを見た兵士たちが一瞬止まってしまって。

 その間に、一気にバルコニーへと上り詰めた。


 懐に入られてしまった弓兵は、魔術師は。

 碌な抵抗をすることもできず、次から次へと血飛沫を上げていく。


 辛うじて弓を捨てて、小剣を抜けた弓兵もいたが……一瞬で間合いを詰められてしまって。

 剣を持った手首を斬り落とされると、次の瞬間には額を割られていた。


「あの女だ、あの女を狙え!」

「殿下だ、殿下さえ仕留めればなんとかなる!」


 ばらばらの指示に戸惑う間に、騎士達は止まることなく槍兵を、弓兵を斬り倒していく。

 王子への射撃や魔術は散発的で、近くにいる騎士達の盾がしっかりと防ぎきっていた。


 その間にも、レティは駆ける。

 長い黒髪がなびき、黒い奔流にも見えて。それが通り過ぎた後には、次々と崩れ落ちる兵士達。

 気が付けばいつのまにか、右側のバルコニーは完全に制圧されていた。


「だから、あの女を、女を!」

「うるさい、口を動かす前に手を動かせ!」


 混乱の極みを眺めていたレティは、左手に持っていたフック付きのロープをまた投げる。

 今度は、通路の中央に位置するシャンデリアの根本へと、絡みつかせて……ぐ、と感触を確かめて。


 たたっ


 軽やかな音で駆け出すと、バルコニーから身を躍らせた。

 まっすぐではなく、左側へと向かって振るように。弓兵達から見て、右方向へと。


「来る! 撃て撃て!」


 さすがに、こちらへと向かってくると見るや、揃って迎撃しようとするが……放たれた矢は、全て外れていく。

 元々、弓は右側からアプローチされることに弱い。

 左手で弓を構え、右手で矢を引く構えの関係上、左へ回られる場合は体を捻るだけで修正が利くが、右側に回られるのに合わせて弓を向けると引きが甘くなり、照準も狂いやすくなるため、体ごと向きを変えねば修正が利かない。

 また、全員が整然と向きを変えねば、味方を誤射したり、そもそも味方同士でぶつかったりする恐れもある。


 その上、横に振りながら飛び込まれる今の動きだと、照準が上下にも左右にもずれていき、合わせ直すのも難しい。

 結果、レティを捉えることができぬまま、接近を許して……。


「ぐぁっ!!」

「ひぃっ、来るな、来るなぁっ!! あがぁっ!!」


 投げナイフが飛び、小剣が二度、三度と閃いて。

 兵士達が血飛沫の花を散らしていく。


 ロープを操ってバランスを崩さないようにしながら、ダン! と壁を蹴って弓兵や魔術師の集団の中に飛び込むと、小剣が幾度も閃き、悲鳴が上がり。


 どさり……と重い音が幾度もしたその後には半数近くが倒れ、残りもほとんど戦意を喪失していた。

 彼らが戦意を喪失した、そのことを意に介することなく、するりと踏み込んで行って。


 弓兵に、魔術師に。


 等しく、死を撒き散らしていく。


「殿下……ありゃ一体、何者なんですかい?」

「ん? そうだね……。

 強いて言うなら、ミスリル銀貨100枚の女さ」

「…………はあ…………マジで、ゲオルグ団長も殺れそうですな……」


 そんな会話が思わず漏れる。

 頭上からの射撃に悩まされることがなくなった騎士達は、被害こそ出しながらも順当に叩き伏せていき……程なくして、制圧が完了した。


「……100枚じゃ安かったかな?」


 本当に200枚でも高くはない。

 バルコニーを制圧して、何事もなかったかのように飛び降りてきたイグレットを見ながら、王子は内心でつぶやいていた。

ここは守ると引き受けた。

言ったからにはやり通す、有言実行、男の意地。

さあここからがお楽しみ


次回:東大橋攻防戦


この程度ならば慣れたもの。そう嘯くのが男の美学。


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