鉄壁少女と人の言う
レティ達と別れたエリーと、その護衛の騎士10名は、王子の巻き起こしている騒動から隠れるように走っていた。
途中、時折見とがめた宰相の手下に駆け寄られたが、数人の兵士程度、手練れの騎士達にかかれば一瞬で斬り伏せられる。
ほとんど走る速度を落とすことなく、王城の裏手へ向かって駆け抜けて。
徐々にエリーの感覚は、漏れ出す魔力を感知し始めていた。
「この先、ですね……もう少しです、急ぎましょう!」
そう騎士達に声をかけると、力強い頷きを返される。
角を、曲がって。
「危ない!!」
騎士達が一斉に盾を構え、エリーの前に立ちふさがる。
がん!!がん!!と立て続けに響く、鋭くも重い音。
その音は、良く知っている。
騎士達の盾に、矢が何本も突き立っていく。
曲がった先、開けた場所には20人ほどの兵士が集まっていた。
その手には、短弓が握られていて、良く訓練された動きで、一斉に斉射を行ってくる。
直ぐに状況を確認、視線を走らせる。
騎士達は、まだ持ちこたえているのを横目で確認して。
兵士達に、照準が合った。
「マナ・ボルトぉ!!!!」
全力で、魔力の矢を解き放つ。
普通の魔術師の使うマナ・ボルトよりも遥かに強い光を放つ矢が、一瞬網のように広がった後、一気に兵士たちに襲い掛かり、鎧ごと撃ち抜き、上半身を吹き飛ばしていく。
照準から逃れた数人が、そのあまりの光景に茫然と、弓を引く手を止めてしまい。
そこに追い打ちのように、また魔力の矢が襲い掛かる。
時間にして20秒も経っていないだろうか。
あっという間に制圧してしまったエリーの火力に、壁となっていた騎士達が恐る恐る振り返る。
如何に修羅場になれているとは言え、その光景はあまりに衝撃的だった。
「えっと……エリーちゃん……いや、エリーさん、あいや、エリー殿?
い、今のは一体……」
「え? ただのマナ・ボルトですよ?」
「いや、ただのじゃねーよ、どう考えても!!
何者だよ、ほんとにさあ!」
次席魔術師の攻撃魔術を防ぎ切ったとは聞いていた。
強力な結界を張れるとは聞いていた。
……こんな攻撃力を持っているとは、とんと聞いていなかった。
考えてみれば、強力な結界を張れるのであれば魔力も強いはずなので、攻撃魔術が強いのも道理ではあるのだが……。
それでも、この淑やかに見える外見からは、想像もできなかった。
「ほらほら、ぼ~っとしてないで、先にいきましょ?
もうちょっとで着くはずですよ!」
「イエス・マム!!」
……その態度の変わり方に解せないものを感じながらも、再び走り出した騎士達の後ろについていく。
どうやら魔術のマナ・ボルトと誤魔化せてはいるようだ。
途中でも襲い掛かってくる兵士はいたが、エリーの火力を認識した騎士達が斬り伏せ、数が多ければ受け止め、エリーが仕留める。
この辺りの呼吸の合わせ方、臨機応変さはさすがゲオルグの部下というべきだろうか。
勢いを止められないままに、駆け抜けて、駆け抜けて。
いよいよ、『雷帝の庭』への入り口がある広場へと到着する、直前。
最後の曲がり角を曲がろうとしたところで、学習した騎士達が止まり、エリーへも止まるようハンドサイン。
そっと、角の向こうを覗き込んだ騎士が呆れたような顔で振り返る。
「この数はさすがに予想してなかったんだが……。
50人くらい、待ち伏せてやがる……いくら何でも必死すぎだろ」
それを聞いたエリーは、そっと手鏡を差し出して曲がり角の向こうを確認。
確かに、相当な数の兵士が弓や槍を手に待ち受けている。
「……エリーちゃん、いや、エリー殿、手馴れてんな、そういうとこ」
「これくらい、乙女の嗜みってやつですよ。
それはそうとして、どうしますかね……」
騎士達を振り返る。
一般的な物よりも堅牢な作りをしている盾ではあるが、数本の矢を受けてところどころにヒビも入っており、強度の部分で心もとない。
先程の二倍以上の矢を受けて、耐えられるものか……。
「盾、保つと思います?」
「正直、厳しいとは思う。
……まあ、この鎧だったら、あんたに矢を届かせないくらいはできるぜ」
「どうしてこう、騎士って人たちはそうなんですかね……」
全くぶれない声音で、自分たちの鎧と体で盾になると暗に告げてくるのを見ると、そう愚痴らざるをえない。
つまりは、それだけ彼らは、ふざけているようで真剣なのだ。
であれば。
そんな男気を見せられて、みすみす死なせるわけにはいかない。
「別の方法があります。
私が対物理結界を張って突っ込みます。
ついでにマナ・ボルトで攪乱しますので、後から皆さんで突撃してください」
「いや、それは……ああ、だが……。
あれか、対物理の結界もやっぱり硬いのか?」
「攻城弓だって止めてみせますよ?」
「よぉし、わかった、すまんが任せた」
自信満々、などではない。
あっさりと当たり前のように言うその姿に、騎士のプライドには寝ててもらうことにした。
意地を張ってここでしくじるわけにはいかないのだ。
では、とエリーが詠唱をする、振り。
魔法の使えない騎士達でも、何かが空気を震わせて発生したことを感じ取れた。
「……これなら、一度なら斉射に耐えられるか?」
「多分、大丈夫だと思いますよ?」
「よし、じゃあ、済まんが一度だけ耐えてくれ。
そのタイミングで俺たちも突っ込む」
「はい、わかりました♪」
自分の身を囮にするというのに、まるで気負いのない気楽さで頷くエリーをまじまじと見つめて。
うん、と騎士達はお互いに頷きあった。
絶対に、このお嬢ちゃんを死なせない。
そう、互いの目が語っていた。
「じゃあ、3つ数えたら行きます。
三、二、一っ!」
騎士達が頷いたのを確認すると、カウントダウン。
数え終わったところで、ばっと曲がり角の向こうへ身をさらす。
途端に襲い来る、矢。矢、矢。
一瞬視界が矢で埋められたような錯覚さえ覚えた。
そして。
エリーの張った対物理結界は、期待通り、その矢を全て受け止める。
同時に視線を走らせて、照準。
「マナ・ボルト!!!」
吹き出すように爆発的に広がる光。
迸る幾筋もの光の奔流が襲い掛かり、男たちを吹き飛ばしていく。
は?と呆気に取られる兵士達。
その光が収まった途端、騎士達が一斉に飛び出していく。
半数近くに数が減り、何よりも……無残な姿になった仲間の姿を目の当たりにした兵士達は、大半が抵抗する気力を奪われていた。
そこに騎士達が襲い掛かり、エリーのマナ・ボルトの二射目も放たれて。
程なくして、制圧が完了した。
「よっし、これでオールクリアだ。
後はいよいよ……エリー殿にお任せするしかないわけなんだが」
「はい、ここまでありがとうございます。後はお任せください。
……ですから、皆さんも無理にとどまらないでくださいね?
危ないと思ったらすぐ逃げること!
どうせ、私のいるところまで侵入できる人はそういないんですから」
「そうだなー、適当なところで撤収するさ。
こっちのことは気にせず、やることやってくれ、頼んだぜ」
「はい、では、行ってきます!」
そう言うと、エリーは入り口を開け、濃厚な魔力が噴き出すのに、一瞬顔を伏せて。
にっこりと笑うと、入り口から中へと駆け出していった。
「さて。
適当なところで、ってことは、どこまでが適当か自分で決めるわけなんだが。
……うん、お前ら、全員同じ考えだな?」
「そりゃそーだろ。あんだけ活躍されて、あんだけ体張られてだな。
ほっとける奴は、ここにゃいねぇだろ」
「そりゃそーだ」
お互いの顔を見合わせ、ニヤリと笑いあう。
「ほんじゃまあ、覚悟決めて意地張りましょうかね!!」
こちらへと向かってくる足音が聞こえる。
転がっている弓と矢を拾い集めて、半数が構え、半数は盾を揃えて構え。
「来やがれ! ここは通さねぇぞ、コノヤロウ!!!」
裂帛の気合を吐き出した。
受けた依頼は数知れず。果たした依頼はその数だけ。
依頼完遂率100%の女が、その片鱗を見せつける。
次回:その女、ミスリル銀貨100枚につき
もちろん、お安い女でありはしない。




