未来への突入
ゲオルグ達と別れると、後ろを振り返ることなく王子達は馬を走らせた。
王城へと向かう大通りは、普段より人が少なく感じるのは気のせいだろうか。
……これもゲオルグの仕込みだったとしたら、と思わず苦笑がこぼれる。
あの愉快でありながら律儀な男は、こんなところでもきっちり仕事をしていくらしい。
「まだまだ、私も子供扱いだな……」
幼少のころから大概のことは何でもこなせた。
恐らく手のかからない子供だっただろう。
大人びた、とも、可愛げが無い、とも言えるような、そんな子供。
だが、まだまだ。そう思わせてくれる大人に出会えたことは、心から感謝すべきことだろう。
それだけに。
死地へと向かわせてしまったことを、反省は、している。
それでも。
こうしたことを、後悔は、していない。
強いて言うならば、こうするしかなかった自分の未熟や状況を恨むことは、しているが。
それは、背負って抱えて、未来へと持っていくべきものなのだろう。
いや、必ず持っていく。
そう、心に決めた。
……城門が、見えてきた。
ここからが、彼の正念場だ。
「門を開けよ!通らせてもらうぞ!」
先頭を切って城門までたどり着くと、良く通る声を響かせた。
思わず聞き惚れそうな、美声でありながら力強さのある声。
言われるがままに門を開けようとした門番は、慌てて首を振り、我を取り戻す。
「で、殿下、これは一体何事ですか?」
「火急の事態だ、君に話して良い類ではない。
それとも、王子である私の言うことを聞けないとでも?」
「……それも、そうですね、これは失礼いたしました」
王子の表情と、背後に付き従う部隊の空気。何かを察した門番は、意味ありげに頷くと、門を開く。
うん、と頷き返したリオハルト王子は門を潜り、さらに馬を走らせようとした、が。
「お待ちあれ!
いかに殿下であろうと、そのような勝手はなりませぬぞ!」
そう言いながら駆け寄ってくる兵士が数人いた。
……あまり、見ない顔……宰相の子飼いか、女王の私兵か。
「ほう?私が勝手をして何かまずいのかな?」
「当然です、いかに殿下であろうと、ここは王城。
今の主は女王陛下でございます。あくまでもここは女王陛下の城、勝手な振舞いはお控えあれ」
ふんぞり返るような姿勢でそういう男の顔を、じぃ、と見つめる。
……部下は主に似るものなのだろうか、その顔は、宰相の嫌味でどこか底意地の悪さを感じさせる笑みに似ていた。
自分とその後ろに従う騎士達を見てなおそう言える度胸だけは大したものだが。
いや、これは面の皮の厚さというべきか。
思わず、くく、と喉を鳴らすと、男が不審げな顔になる。
「何か?」
「ああ、実に不思議でね。
君の役職は? どんな権限で私に意見しているんだい?」
「は? ……わ、私は、宰相閣下よりこの場の警備を任じられており……」
「そう。で、役職は?」
「そ、それは……その……」
男は、戸惑っていた。
宰相の後ろ盾がある、と言えば黙らない者はいなかった。
それがまるで当然であるように、自分の力であるように、思っていた、のだが。
この目の前の王子には、それが通用しない。
それが、とんと理解できなかった。
「そう。つまり君は、特に役職もなく、私に意見するんだね?」
「そ、それが宰相閣下のご命令でございますから」
「なるほど?
君にとっては王国の法が定める役職、階級よりも、宰相殿の命令の方が優先するということなんだ?」
「は? ……あ、いや、それ、は……」
そこまで言われて、ようやっと自分が何をしていたか、言っていたか、理解できたらしい。
そして、自分を見つめる王子の、底知れぬ冷たさを秘めた瞳の色も。
足元が震え出し、じり、と一歩下がってしまう。
「良くわかったよ、ありがとう。
……これで、最後の躊躇いも捨てることができた」
にっこりと、微笑みかけた。
あまりにも場違いで唐突な、極上の笑み。
次の瞬間。
ひゅん
と、風を切る小さな音。
「……あ、が……?!」
男の喉笛を、王子が抜き打ちで振り抜いた剣が切り裂き、血と声にならない空気の漏れ出す音を吹き出しながら、男は崩れ落ちた。
途端に、城内に悲鳴が……男と共にいた連中が発するそれが、響き渡る。
それに構わず王子は剣を一振りして刃から血を払い、大きく息を吸う。
……血の匂いが、やけに鼻についた気がした。
「静まれ!! 武器を捨てよ、抵抗はするな!
抵抗すれば容赦はしない、斬って捨てる!!」
その言葉に撃たれた男たちは、びくっと縮こまり……その眼光に撃ち抜かれて……武器を投げ捨て、地面に伏した。
すぐさま、騎士達が駆け寄り、縄を打つ。
それを横目に、ぐるりと周囲を確認。……どうやら、ここにいる人間の大半は自分の側らしい。
そのことに、少し安堵する。
「聞け!! 私はこれより、母上に物申す! 必要とあらば刃に語らせてでも!
控えているならそれで良し、異議あるならばかかってこい!」
そう宣言すると、その場にいる人間は皆、数歩下がり、頭を垂れ、膝をついた。
その様子に、うん、と一つ頷く。……数人、渋々とだったのはこの際見ないふりだ。
「総員下馬!!
これより作戦は次の段階に移行する!!」
整然と城内に入った騎士達は、その声に従い一糸乱れぬ動きで馬から降りる。
あまりに見事なその動きに、思わず見とれてしまう者もいるほどだ。
「では、ここからは手はず通りに。
……エリー、それから君たち、君たちが要だ、宜しく頼む」
「はい、承りました。必ず」
「そんな、恐れ多い……殿下、お任せください」
頭を下げてくる王子をみて、こくりと頷くエリーと、慌てて恐縮する10名程の護衛につく騎士達。
エリーはそれから、隣に立つレティへと顔を向けて。
「じゃあ、行ってきますね」
「ん……エリー」
にっこりといつもの笑みを見せてくるエリーへと、頷いてみせて。
それから、少しだけ考えると、手招き一つ。
「はい?」
「……気を付けて」
なんだろう、と近づいてきたところを、そっと抱き留め、耳元でささやく。
かちん、とエリーが固まった音がしたような気がした。
数秒後、やっと動き出したエリーを離すと、ばしんと、肩を一つ叩かれて。
「そういう、そういうところです、この見境なし!」
「……すごく、理不尽な気がする……」
そんな二人のやりとりを見ていた周囲から、どっと笑い声が聞こえてきて、さらにエリーは羞恥で赤くなってしまう。
「もう、知りません、行きますからね!」
……そう言いながら『雷帝の庭』……魔力炉のある方向へと向かうエリーの足取りはふわふわと軽かった。
やりすぎたかな?と内心で反省していると。
「……こんな作戦ですまないね、イグレット。離れたくはなかっただろうけど、こっちはこっちで君が必要だ」
「……わかってるから、大丈夫。それに、エリーなら心配要らないから」
申し訳なさそうな王子へと、頷いて見せる。
……少しだけ、後ろ髪を引かれる思いは、するけれど。
それも一瞬で、すぐに「仕事」の顔へと切り替わる。
「そうかい、ありがとう。……じゃあ、行こうか」
そう言うと、王子はぐるりと背後に立つ騎士達を見渡す。
さすが、ゲオルグの鍛えた第三騎士団、その中の精鋭たち。
全員、闘志と余裕のある面構えだった。
「諸君!我々はこれより城内へ突入する!
これは、悪しきこれまでを終わらせるための!
そして、掴むべき未来を始めるための戦いだ!!
諸君らの命を私に預けてくれ!
行こう、そして掴むんだ!」
巻き起こる雄叫びは、びりびりと圧力を持って響いてくる。
これを受け止めることの、なんと重いことか。
それでも、自分はこれを選び、彼らはついて来てくれたのだから。
進もう。
「総員、突入!」
王子の声と共に、90名の騎士達が、一気に、そして整然と、城内へ突入を開始した。
見た目は少女、だが侮ることなかれ。
見た目に騙されあの世で後悔するもの数知れず。
そう、彼女こそは。
次回:鉄壁少女と人の言う
本領発揮とはまさにこのこと。




