別れの袂
馬を走らせること三日。
休憩を最小限にしての強行軍で進んだリオハルト王子率いる急襲部隊は、王都外縁にまで到達した。
途中、密偵によりバルシュタットから予想通り騎士のみで編成された一団が出たとの報告が為され、斥候を途中に配置。
彼らからの報告によると、恐らく後2時間程で第一騎士団が追い付いてくる計算になる。
「ここまでは計画通り、ですな」
「いや、ちょっと計算が狂ったね。もう少し向こうの到着は遅いと思ってたんだけど」
2時間あれば、王城までたどり着き、城内を制圧するまではできるだろう。
だが、それから取って返し、第一騎士団に王として降伏勧告をするには時間が足りない。
それを思うと、王子は明るい顔などできなかった。
「なぁに、こっちにとっちゃ織り込み済みです。
それに、死にたがりとは言え生き汚い連中です、案外しぶとく生き残るかも知れませんぜ。
王子は気にせず、成すべきことをなさいますよう」
だというのに、命を張る当の本人がこれである。
死地へと向かわせる王子としては、どんな顔をしたらいいかわからない。
「わかってはいるんだけど、ね。
やはり私には経験が足りないようだ。……こんな形での経験というのも中々ないのだろうけど」
「それはこれから積んでいってくださいや。
……そろそろ橋を渡り切ります」
ゲオルグの声に、顔を上げる。
もともとは王都のある平野を流れる大河を利用した外堀だ、幅は100mほどもある。
当然、そんな幅の川を渡るためにかけられた橋は20人は並べるほどに広く、堅牢な石造りの物。
それもいよいよ渡り切れば、ここに留まる部隊とはお別れだ。
そして、その部隊を指揮するのは……当然、ゲオルグである。
覚悟は決めていたつもりだったが、どうやらまだ甘かったらしい。
この橋を渡りきるまでに改めて覚悟を決めねば。
ならばもう少し時間よ、緩やかに流れてはくれまいか。
そんな苦悩をしていると、視界に予想外の光景が広がっていた。
「ねえ、ゲオルグ。なんだか橋の袂に、廃材やら木箱やらが大量に集まっているんだけど」
「ああ、この作戦が決まってから、早馬を出しましてね。
バリケードに使えるもんを集めてくれと、俺が色々世話してやった悪友にちょいとお願いしてやったんですが……野郎め、思った以上に集めてくれやがったみたいですな」
目の上に手をかざしてその光景を楽し気に見やるゲオルグを見ると、何だか悩むのが馬鹿らしくなり、思わず苦笑が漏れた。
ああ、きっとこの男のことを自分ごときが心配するなど、僭越なのだろう。
所詮若造の自分などより、この隣の、頼りになる男はずっと強かなのだから。
「そういえば、リューンベルドの跡取り息子は、街中の喧嘩では負け知らずって有名だったらしいね」
「はは、若気の至りって奴ですよ。
……大して変わらんまま、年だけ食っちまった気もしますが」
やっと、いつもの自分に戻れた気がする。
もしそれもこの男の計算の内だったとすれば、ムカつきもするが、愉快でもある。
……橋を、渡った。
肚も、括った。
「じゃあ、ゲオルグ。……後は頼むよ」
「ええ、どーんと大船に乗ったつもりで任せてください」
どん、とゲオルグは胸を叩いて王子へと応える。
軍団を再編成していると、後ろからレティとエリーも追い付いてきた。
「おう、イグレットにエリー、ご苦労さん。
ほんじゃ、殿下を頼んだぜ?」
「……ん、わかった。そちらも気を付けて」
「はい、承りました。ゲオルグさん、どうぞご武運を」
……いかに付き合いが短いとはいえ、あっさりしたものだ。
だが、それが心強い。この二人は間違いなく、場慣れしている。
死に行く人間にも、死地に向かうことにも、不要な感傷を持たず、必要なだけ緊張を持っている。
同行する騎士100名、いずれも選りすぐりの腕だ。そして、この二人。
王子を預けるに十分足る人員だと心から思うと、自然と浮かぶのは不敵な笑み。
「では殿下、ここでお別れです。どうぞご武運を」
「ああ、ゲオルグ、君も、武運を」
良い顔をしている。ゲオルグは、そう、思った。
そう思うと、いつもの軽口の一つも叩きたくなってしまう。
王子へと、ニヤリと笑ってみせて。
「ああ、殿下、一つ確認しときたいんですがね。
ここで止めるのは良いんですが……倒しちまっても構わんのでしょう?」
その不敵な、自信たっぷりのセリフに、さすがのリオハルト王子も目を瞬かせてしまう。
直後、吹き出してしまい、しばらく抑えた笑い声が響いて。
「そうだね、いっそそうしてくれた方が後が楽だ!」
「かしこまりました、存分に戦果を挙げてご覧に入れましょう!!」
互いに笑みを交わし、頷きあうと。
王子は馬を返して、王城へと向かい、それに従って騎士達とレティ達が駆け出していく。
残った騎士達は、直立不動の敬礼でそれを見送った。
王子達が向かったその後、残ったゲオルグ達は慌ただしくバリケードの構築を始める。
全員こういった作業には慣れているのか、やけに手つきがいい。
斥候が第一騎士団の接近を報告に来る頃には、簡易陣地と呼んでもいいレベルのものが仕上がっていた。
「おうおう、クロスボウまで揃えてくれやがって……全部でいくつあるんだ?何、100?
そんだけ集めるったぁ、野郎ほんとに奮発しやがったな」
急いで部隊をさらに3つに分ける。
橋の正面にバリケードを維持する白兵戦部隊。その左右に50ずつ石弓を持たせた部隊を配置する。
正面はゲオルグが、左右は大隊長級の二人が指揮を執ることにした。
そこまでの配置が終わったところで、いよいよ視認できる距離に第一騎士団が迫ってきたのを認めると。
「さぁて、細工は流々、ってな……。
おい、野郎ども!いよいよ正念場だ、覚悟はいいか!」
「あったりまえだろうが、あんたこそびびってねぇか、団長!!」
「こきやがったな、バッキャロウ!!」
互いに軽口を叩き、笑いあう。
ここに、怖いと『思っていない奴はいない』
全員が死の恐怖を抱え、しかし抱え込んだまま笑い、両足を踏ん張っている。
ならば、団長である自分ができることは、その足にもう一つ活を入れてやることだけだ。
「ところでお前ら。どうだい、俺らの殿下はよ」
「ああ、ありゃ中々ですぜ。先代よりも上かも知れねぇ」
「だよなぁ、まだまだ若いってのに、今度の作戦立案も大概あの方がなさったから、大したもんだ。
そんだけしっかりしてんのによ、さっきのさっきまで、俺らを死なせることにずっと悩んでらした。
悩んで、考えて、一人で吹っ切って、覚悟を決めなすった。
俺らを死なせてでも、この国の未来を正すことを選択なさったんだ」
笑みを浮かべたまま、真剣な声音で、言葉を区切るように語って。
一度言葉を切ると、全員の顔を見渡した。
どいつもこいつも、笑みを浮かべながらも目の光は真剣だ。
「てめえら!殿下は背負うことを決められた!
俺らのカミさんやガキどももきっちり背負ってくださるだろうよ!
だったら俺らのやることはただ一つ!!
派手にやってやろうじゃねぇか!!
ブルって汚名を残すんじゃねぇぞ!」
「するかよ、バッキャロウ!」
「ここにゃ腰抜けはいねーぞ、コンチクショウ!!」
「はっ、いい返事じゃねーか、この野郎!!」
笑いながら振り返る。
いよいよ敵が、橋にさしかかろうというところだ。
ばんっ!と大きな音を立てて拳を打ち合わせる。
「ぶちかますぞ、野郎ども!!」
おお!!!という大きな鬨の声がそれに応えた。
振り払うにも背負い込むにも重すぎる。
それでも背負えるのが己だけならば、背負いもしよう。
背負わぬものに、任せられぬと決めたのだから
次回:未来への突入
背負うために、掴み取る。




