大逆の始まり
その後、すぐに王子の部屋に戻り、団長であるゲオルグはもとより、各大隊長などの幹部が集められた。
クーデターの決行を告げられると、場に緊張が走る。
既に決起の計画自体は共有されていたせいか、動揺は見られない。
それでもやはり、下手をすれば逆賊となる行為の実行を前にして、緊張を隠すことはできなかった。
「さて、諸君。まず、状況の変化と作戦の変更を伝えよう」
そう王子が切り出すと、幹部の表情が変わる。
歴戦の兵が揃うこの場では、自身の動揺をコントロールできないものなどいないようだ。
彼らの表情に、満足そうに一つ頷くと、説明がなされ、慌ただしく準備がされた後、翌朝には、急襲部隊がアウスブルグの街を立った。
レティが西の森で情報を得てから二日、第一騎士団が行動を起こす可能性がある最短の日時まで後五日。
王都まで騎馬の強行軍でも三日かかることを考えると、時間の余裕はほとんどない。
そのため急ぎ準備し、翌朝には出立することにしたのだ。
「殿下、それではこちらの動きがあちらの密偵に気取られませんか?」
「うん、むしろそれを利用することにした」
説明の際に大隊長の一人が挙げた質問に、王子は頷いて見せたものだ。
作戦はこうだ。
当初は第三騎士団全軍で攻め上がる予定だったのを変更。
騎士300名のみ、徒歩での戦闘を想定した軽装鎧装備で急襲、本隊は今まで通りアウスブルグに駐留し第一騎士団を牽制。
騎士を大半残していくのは、指揮官級の騎士をできるだけ残し、万が一第一騎士団が動いた時に対処できる機能を残しておくためだ。
元から、王子のクーデターに関しては警戒はされている。
こちらの動きに気付けば、恐らく第一騎士団からは騎士1000名の内大半が追手として差し向けられるだろう。
何しろこちらは騎士だけで向かうのだ、歩兵を交えては追い付くことができない。
また、先に王城に入られた場合、攻城戦に似た状況となるため、確実に鎮圧するには3倍程度の兵数は向かわせたいだろう。
そうなると指揮官級の人間が大きく減るため、第一騎士団がクーデターの最中にアザールに侵攻をかけることは難しくなるが、盲目的な忠誠心を持つオスカーだ、王都を優先するだろうと読んでいる。
また、いかに密偵が優秀だろうと報告のために一度戻る必要がある。
第一騎士団のいるバルシュタットとアウスブルグはほぼ王都から同じくらいの距離だが、第一騎士団が動き出すのには時間差が生まれるため、王都には先に到着することができるはずだ。
「その後は、外堀にかかる東大橋を渡った後、そのまま橋の終わりで200名が布陣、追ってきた第一騎士団から防衛。……まあ、彼らが、事が終わる前に来ることができれば、だけどね。
100名は私と共に王城内へ突入。中に残ってる近衛騎士は大半がこちら側だから、交戦は避けられる。
相手にするのは宰相の手勢と母上の私兵のみ。組織的な抵抗が無ければ、100名で対処可能だろう」
「殿下、わざわざ正面から行かずとも、王族の方用の脱出通路などがもしあれば、それを使われては?」
「それも考えたんだけどね。あちらに早馬の乗り継ぎや伝書鳩を使われて、こちらの到着前に宰相や母上に知られたら、通路に張っておくなどの対処で簡単に止められてしまう」
そのため、ある程度まとまった数で向かう必要もある、と質問してきた大隊長に返答。
王城内に侵入すれば、数名の護衛と共に魔術師のエリーが『雷帝の庭』と呼ばれる魔力炉のある部屋へと向かうのと並行して、王城内を制圧。
女王と宰相を捕らえる、もしくは……打ち倒す。その際に保険としてレティを随行する。
説明の途中で二人が紹介され、不審そうな目を向けられたが。
「ちなみに、こっちのイグレットは俺を殺ることができる。
こっちのエリーは、次席魔術師殿の全力の魔術攻撃を余裕で防ぎ切った」
とゲオルグが補足すると、今度は信じられないものを見るような目で見られたりした。
ともあれ、二人の参加には一応の了解が得られたわけだ。
その後、急ぎの準備と並行して、急襲部隊のメンバー先行となったのだが。
「……まさか、全員立候補するとは思わなかったよ」
自分の周囲を固めながら馬を走らせる騎士たちへと視線を向けながら王子はふと回想して苦笑する。
ちなみに、レティとエリーは馬には乗れるものの、当然騎馬編隊に組み込まれての行軍訓練など受けてはいないため、一団から少し離れてついて来ている。
王子のつぶやきを横で聞いていたゲオルグが、くくっと喉を鳴らし笑みをこぼした。
「全員、アザールに来た時から肚は括ってたんです、ここで死に損なうのも嫌だってんでしょう」
「そういうものかな……私にはいまいちわからないよ」
「なぁに、共感できなくていいんです、大将は。
俺たちみたいな死にたがりもいる、それを理解して上手いこと使ってくれりゃね」
「……それは、君たちの上に立つものとして心がけるよ」
いっそ晴れやかと言っていい程に清々しい笑みを見せるゲオルグへと、珍しく神妙な顔で答える。
彼らがこれから向かうのは、死地と言っていい場所だ。
説明ではさも被害がないかのように、確実に成功するように語ったが、実際は綱渡りの連続だろう。
それは言うまでもなく彼らとてわかっているはずなのに、誰一人臆することなく挙手してくれた。
そのことを、本当にありがたく思う。
「ああ、心がけるってんなら、ついでにもう一つお願いします」
「なんだい、欲張りな騎士団長だなぁ」
「はっはっは、そりゃ今更でしょう。
……どうせなら、こんな風に気持ちよく死にに行かせてくださいや。
殿下のためなら死んでもいいと思わせるような、そんな王様になってください」
「……それは、いいけどさ。なんでそんな、その時には君がいないみたいな口調なのさ」
随分と機嫌の良さそうなゲオルグに比べ、その言葉を聞いた王子は不満そうだ。
その言葉に目を瞬かせると、次の瞬間には大きな声を上げて笑ってしまう。
「それもそうだ、そういうわけにゃいかんですな。
なんせ俺がいなくなったら、こんなロクデナシどもを纏められる奴がいなくなる!」
「あんたが一番ロクデナシだろうが、団長!!」
「うっせぇ、てめぇ給料減らすぞコラ!」
冗談めかした口調のゲオルグへと、近くの騎士からからかいのヤジが飛ぶ。
それに対して笑いながら怒鳴り返すゲオルグ。
……そんな彼らを見ていると、王子は笑っていいのか、どんな顔をしたらいいのかわからなくなる。
ただ、一つ言えるのは。
彼らが差し出し、預けてくれた命を、決して無駄には使うまい、ということ。
それを改めて心に刻み付けると、王都へと向けて改めて馬を走らせた。
共に歩んでここまで来た。
馬鹿もやり、笑い、時に泣きもした。
それもここまで、いざそれぞれになすべきを。
次回:別れの橋
さよならだけが、人生だ




