共犯者は試される
「こんにちは、魔術師のエリーと申します。
古代魔法王国時代の魔導兵器については色々と研究しておりまして」
しれっとした顔で、にこやかに王子とゲオルグに挨拶をすると、王子はにこやかに、ゲオルグは胡散臭そうに挨拶を返す。
昨夜話がまとまってからレティは一度宿へと戻り、翌朝エリーを伴って再び第三騎士団の宿舎を、今度は正面から訪れた。
番兵に話は通っていたのだろう、すぐにゲオルグがやってきて、例の場所へと案内され、今に至る。
「うん、君の仲間であるイグレットから、君のことを『雷帝』について世界で一番詳しいと紹介されたのだけど、そこまで言われる君の知識を少し見せてくれないかな?」
「はい、わかりました。……そちらのゲオルグさんにもお聞かせして大丈夫ですか?」
「ああ、彼になら構わないよ」
「わかりました、それでは。
まず、『雷帝』と一括りにしていますが、実際は複数の道具で構成されています。
一番大本、魔力を生み出すための場。超大型魔力炉の設置されたその部屋の大きさは、そうですね……かなり大きな部屋、恐らく王城の地下四分の一くらいの面積を占めているのではないでしょうか。
その魔力を生み出すためには周囲から魔素を集める必要がありますが、その集められる支配領域を決定する、杭のような道具が複数本あるはずです。
そうして集めた魔力を行使する道具が2種類。
最上位行使者が所有する宝珠と、その最上位行使者から下賜される杖。
どちらも、天から広範囲に降り注ぐ雷撃を攻撃に使うことが可能です。
その範囲は行使者によって指定できますが、数㎞先の1㎞四方程度は軽くその効果範囲に収めることができるので、普通に布陣した軍であれば接敵前に全て壊滅させることが可能でしょう。
宝珠はそれに加えて、所有者への対物理・対魔術結界を恒常的に展開することが可能。
そのため、宝珠所有者への攻撃は中々通すことが難しいはずです」
発言を促されたエリーは、すらすらと、ややもすると機械的な程にスムーズにその知識を披露する。
その言葉の奔流に、ゲオルグなどは何か得体の知れないものを見るかのように目を何度も瞬かせていた。
宝珠の説明を聞いた王子が、不思議そうに首を傾げて質問を投げかける。
「うん、ちょっと待って欲しいな。私はその宝珠の結界機能を知らないんだけど」
「あ、じゃあそれは女王が隠していたのかも知れませんね……。
それ以外のところで何か齟齬はありますか?」
「いや、私の知る限りでは、無いね。
少なくとも君が、バランディア王家の秘宝にとても詳しいということはよくわかったよ」
もしかすると、王子である私よりもね、と呆れ気味に肩を竦めてみせる。
ゲオルグは口を開かないが、これだけ詳しいエリーを、先程とは別の意味で胡散臭そうに見ていた。
「ちなみに、その結界が本当にあるとして、だ。
どれくらいの強度があるものなのかな?」
「そうですね、集めている魔力の量にもよりますが……対物理は、攻城弓も防ぐことが可能です。
人間の力による攻撃はほとんど通じないと思っていいでしょう。
対魔術ですが、アイアンゴーレムを一撃で落とすような魔術でも抜けないでしょうね」
にこやかに淡々と。
返される言葉に王子は天井を見上げ、小さくため息をついた。
「君の知識がなければ、どうやら私は空しく返り討ちにあっていたらしいこともよくわかった。
さて、ということは、『雷帝』の弱点や隙も知っていると思っていいのかな」
「そうですね、弱点、というより対処法、と言うべきでしょうか」
エリーによると、『杖』には明確な弱点というか欠点がある。
だが、『宝珠』にはこれといった明確な欠点はない。
さすがに、最上位所有者が保持するものとなると、欠点や弱点の洗い出しと対処は厳重になされたのだろう。
「そうなると、対処法は一つ。魔力炉を止める、あるいは制御を奪うことです」
「……どうやって?
知ってるだろうけど、あの場は魔力炉から漏れ出す濃密な魔力で満たされている。
入り口付近でも魔力酔いをするくらいなのに、近づいてどうこうできる人間がいるとは思えない」
「普通はそうですよね。でも私なら、普通の魔術師よりも強力な結界を張ることができます。
私が行って操作しましょう」
その自信たっぷりな返答に、王子は再び考え込む。
あまりにも出来過ぎている話に、罠の可能性を考えて。
罠でないことを確認するには。罠であっても踏み込む価値は。
踏み込まなかった場合の今後予想される展開は。
それらを検討し、結論が出たのか、顔を上げた。
「君の話が本当ならば、君たちを取り込むことに多大なメリットを感じる。
しかし、このまま鵜呑みにするのも愚かしい。一つ試したいんだけど、いいよね?」
「はい、もちろんですよ。何を試しますか?」
「うん、じゃあ、ね……」
あっさりと快諾するエリーの様子に、確かめるまでもないかも知れない、などと柄にもなく思いながら。
彼は、騎士団所属魔術師の魔術攻撃によりエリーの結界を試すことを提案してきた。
当然ですね、とあっさり頷いて見せたエリーを見て、それから彼女を連れてきたレティを見て。
「お前らどんな度胸してんだよ……」
ゲオルグはそうぼやくしかなかった。
駐留地のすぐ傍にある訓練場に、レティ達と王子達、それから護衛の兵士と呼ばれた魔術師達が顔を揃えた。
魔術師は合計で50人。千人に一人しか魔術師になれる程の魔力を持たないと言われ、王国直属として所属する魔術師が500人程度の中、一万人前後の第三騎士団に50人配属されているのは、それなりに好待遇ではある。
これから行われるテストについて説明されると、不機嫌になる者、不安そうな顔になる者、様々な反応があった。
騎士団に採用される程の腕に覚えのある魔術師達だ、腕試しに使われるとなれば不満にも思うだろうし、あるいは(外見は)年若い娘を殺してしまわないだろうかと不安にもなるだろう。
とはいえ、団長どころか王子からの命令なのだ、従わないわけにもいかない。
「では、私がやらせていただこう」
そう言って、不機嫌そうな壮年の魔術師が一人進み出た。
王子が笑顔で了承すると、エリーと魔術師は訓練場の中央へ。
二人で向き合うと、エリーが対魔力結界を張る呪文を小声で詠唱する、振り。
……それが終わればすぐに結界が展開されたのが、魔術師にもわかった。
「はい、準備はできました。いつでもどうぞ」
「ふん、いつまで言っていられるかな。フレイム・ランス!」
男がいきなり魔術を放った。
突如現れた巨大な炎の槍が、一直線にエリーへと飛んでいく。
呪文詠唱なし、魔術名のみの「短詠唱」と呼ばれる技術。
唐突に繰り出すことができるため、相手の隙をつくことができる反面、要求される魔力、集中力などが高いため、普通の魔術師ではまともに使うこともできない。
だが、魔術師の放ったそれは、対個人魔術として上級と言われる威力を維持したままの見事なものであった。
が。
「あ、まだ大丈夫ですよ~」
あっさりと、防がれた。
結界は破れるどころか、揺らいだ気配もなくそこにあった。
その意味が理解できる魔術師達は、しばし茫然とした後、ざわざわと騒ぎ出す。
「な、ならば、次は………………ライトニング・ボルト!!」
動揺したのも数秒のこと、今度は、とじっくりと集中し、きっちりと詠唱して……魔力を解き放つ。
呪文によって導かれた魔力は、目もくらむような閃光を放つ雷となり、叩きつけられた。
その威力は、対個人の枠に収まらず、周囲にいる人間も複数巻き込み、一撃で打ち倒すものであったのだが。
「おっと、まだ大丈夫で~す」
と、にこやかに返されてしまい、何かがぐらり、揺らぐような感覚を覚えてしまう。
いかん、と頭を振って気を取り直し、さらに詠唱を始めて。
「これならどうだ、ロック・ブラスト!!」
地面が盛り上がり、形を変え、巨大な岩となって。
それが、エリーへと向かい打ち出される。
魔力を帯びた質量兵器、圧力だけであれば有数の魔法なのだが……やはり、止められてしまう。
「う、ううう……吹けよ嵐、荒れ狂え雷光!我の敵は汝の敵、汝の勝利は我が栄光!!来りて振るえ、嵐の王!!ヴァイオレント・テンペストぉぉぉ!!!」
「な、待て、それは!」
魔術師の中でもリーダー格の男が、思わず制止の声を上げた。
それは、彼が使う魔術の中でも最強のもの。
真空の刃が四方八方から襲い掛かり、乱れ暴れる雷撃が襲い掛かる、防御が困難な複合魔術だったからだ。
暴力的な雷鳴が響き、砂ぼこりが盛大に舞い、生じた真空に空気が吸い込まれて嵐のような風が吹き荒れた後……にこやかに立っているエリーを見た瞬間、男は膝から崩れ落ちた。
「……私が言いだしたこととは言え、悪いことをしたね……
それとも、君たちのトンデモぶりを褒めるべきなのかな」
テストが終わり、言葉を完全に失っている魔術師達を見ながら、王子は苦笑を見せる。
魔術を繰り出していた男は次席魔術師、この騎士団でも二番目の使い手だ。その彼が全力を尽くしてこうなのだから。
「ともあれ、今は素直に喜んでおこう。
これで、私の肚も決まったよ」
「何やら複雑な気分にもなりますが、今は言いますまい」
お疲れ様、と労っているレティと、笑顔で応じているエリー。
この二人を使えば。
そんな計算を、王子は既に始めていた。
手札は揃い、機が熟すのを待てないこの瀬戸際。
兵は巧遅よりも拙速とは誰が言ったか。
先手を取るため彼らは駆ける。
次回:大逆の始まり
さて先手必勝と相成るか。




