共犯者達の密談
「……共犯……?」
「そう、共犯だ。どうだい?」
王子から投げ掛けられた問いに、しばし沈黙して考える。
バランディア王国の、王子。
その彼が、共犯、つまり犯罪的な行為の共同実施者を求めてきた。
彼の地位で、犯罪的と思われる、その行為、とは。
そこまで考えが至り、ぴくりと肩が震える。
すぅ、はぁ、と一度長めの呼吸を入れた。
「あなたが共犯、とまで言う行動。
私の想像通りなら、ミスリル銀貨100枚はいただきたいのだけど」
「うん、流石だね。
どうだいゲオルグ、彼女にそれだけ出す価値はあるかな?」
レティの曖昧な返答に、しかし王子は満足そうに頷いた。
そうして、彼女を連れてきたゲオルグへと悪戯な微笑みを向けると、複雑な表情が返される。
「酷な質問をなさいますな、殿下……俺を殺せた女の値段を俺に聞きますかね。
……正直なところを言えば、こいつを取り込めるってんなら、100枚でも200枚でも惜しくはないですな」
「そうかい、君がそう言うのならそうなんだろう。
……なんだか、手酷くやられたみたいだね?」
「だから、そういうことは言わんでください」
武人としてのプライドを傷つけられてはいるものの、優先すべきこともわきまえてはいて。
渋い顔をしながらも、レティへの評価を彼なりの公正さで下す。
そこへ茶々を入れられると、より渋くなるのは仕方ないことだろう。
ひとしきり家臣をからかったところで、改めてレティへと向き直って。
「ということで、君に対してミスリル銀貨100枚を出すのはやぶさかではない。
なんなら、契約書を作っても構わないよ。
後は君が覚悟を決めてくれるか、なんだけど」
にっこりとした笑顔は、いよいよ迫力を増して。
修羅場でもそうそう感じたことのないプレッシャーに、意識的にゆっくりと呼吸をする。
エリーの顔を思い浮かべた。トーマスの顔も浮かんだ。自分がすべきことを、考えた。
……こくり、と一つ頷いた。
「わかった、私も覚悟を決めた。あなたの考えを聞かせて」
「ありがとう、君のような協力者を得られたのは幸いだよ。
さて、どこから話したものか……。
まあ、想像がついたみたいだけど。
結論から言えば、人間としても王族としても最大の禁忌と言っても過言ではない……親殺しさ。
今の現状をなんとかするには、最早それしかないと考えている」
曰く。
極端な拡大政策と、女王本人の浪費を支えるために過酷な徴収が王国全土でなされている。
逆らうものは当然のように処罰され、酷い時には極刑に処され、もはやまともに諫言する者も宮廷からいなくなり。
前述の通りその拡大の戦略は決して現実に裏打ちされたものではなく、いつ崩れてもおかしくないバランスの上になされている。
王子たる彼はそれでも最後まで諫言していたが、それも聞き入れられず、最近では身の危険も感じられるようになってきた。
そんな彼が取れる最後の手段として考えたのが……。
「クーデター、と言えば恰好は良いがね。結局は親を正せなかった子供の、母親殺しさ。
だが、それでも私がやらないといけないんだ」
そう告げる王子の口調は、先程までのどこか余裕を感じさせるそれではなく、酷く淡々としていた。
横で聞いているゲオルグも、どこか諦観のような空気を漂わせている。
「元々、ここに第三騎士団を駐留させたのにも、理由が二つあったんだ。
一つは、君らの想像通り、拡大派への牽制。
もう一つが……一度王都から離れて、他の騎士団や軍団の動きを見極めた上で、王都へと攻め上がる機会を窺っていたわけだ。
だから正直、第二騎士団が南部国境に張り付いていて、近衛騎士団が各地の暴動鎮圧と治安維持に駆り出されている今、ここより北のバルシュタットの街にいる第一騎士団がアザールに攻め入ったら……私たちはその機に乗じて、アザールを放置して王都に攻め上がっていただろうね」
全く悪びれもせずに、やはり淡々と。少しだけ、年相応の弱さが見えたのは気のせいだろうか。
しかし、ふぅ、と一つ息を吐くと、すぐに表情を改めて。
「ただ、その場合、クーデターが成功してもジュラスティンとの関係は一気に悪化するし、第一騎士団の立ち回り次第では国境維持も危うくなる。
それから……第三騎士団の被害も甚大なものになっただろうね、女王には『雷帝』の加護があるから」
「『雷帝』? それが、バランディアが使ったという魔導兵器?」
「そういうこと。詳しいところは、実行段階にならないと教えられないのは勘弁して欲しい。
……だから、君の来訪はありがたくもあったんだよ。取ることができる手段が増えたからね」
そこまで話すと、ようやっと先ほどまでの余裕が戻ってくる。
静かに聞いていたレティは、しばらく何かを考えて……やがて、口を開いた。
「考えているのは、私が単独潜入して女王を暗殺する、ということ?」
「それは最終手段だね。
今考えているのは、少数精鋭で城へと潜入し、女王を私が討つ。
……という体を作るために君に同行してもらい、確実に女王を仕留めてもらう、だ」
「……わざわざ、あなたが危険を冒すの?」
「そう。
女王が暗殺されました、その後に王子が王となりました、では、女王の後を継ぐ、つまり政策が継続されるという印象を与える可能性が残る。
女王の政策に反対する王子が女王を討つことで、政策を改めることを国内外へアピールする必要があるからね」
不思議そうに尋ねるレティへと、平然と応える王子。
その顔には、先程も見せた老獪な表情が浮かんでいる。……若干、苦しそうなのは仕方ないだろう。
彼の表情を見ながら……嘘をついてはいないことも確認して。レティはゆっくりとうなずいた。
「なるほど、わかった。
それが上手くいけば、国境付近も不必要に騒がしくもならないだろうし、ね……」
「そういうこと。
……まあ、後はどうやって『雷帝』の加護を掻い潜って女王を仕留めるか、だけど」
女王へと到達することは決して不可能ではないだろう。
だが、その女王と対面した時に、『雷帝』を使われてしまえば、一たまりもない。
そのためには、王子が囮となって注意を引きつけ、レティが仕留めることになるだろう、と王子は考えていたようだが。
「それなら……王子、あなたは運が良い。
こちらには、恐らく『雷帝』に世界一詳しい味方がいる」
その言葉に、初めて面食らったような表情になって。
隣にいるゲオルグと、顔を見合わせて。
「それが本当なら、ミスリル銀貨100枚も安いと心の底から思うよ」
苦笑しながら、肩を竦めた。
共に手を汚すというが、そもそも汚せるほどなのか。
まずはお点前拝見、手荒になるのはご勘弁。
次回:共犯者は試される
お気に召したら、さあお買い上げ。




