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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
2章:暗殺少女は旅に出る
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掴んだ手のその向こう

 情報を買う、と決めた後のゲオルグは素早かった。

 

 敵意がないことを示すためにゆっくりとベッドから両手を抜き出す以外は。


 侵入者であるレティに大胆にも背中を見せて、無雑作に扉の前へと向かうと、「開けるぞ」と歩哨に声をかけ。

 寝ていると思っていたゲオルグが声を掛けたのに驚いたのか、何か慌ただしい気配がしばし。

 それを気にすることなく扉を開けたゲオルグは、歩哨へと話しかける。


「緊急だ。『例の部屋』に行く。護衛は要らん。

 お前らはここで俺の護衛をしてる振りをしてろ。

 ……ああ、それから、あいつは……こないだ雇った密偵だ」


 嘘は言っていない。そんな言い回しで歩哨へと声をかけると、付いて来いと手で合図。

 それに従い、さも当然のようにゲオルグについていく。

 扉を抜ける時、歩哨へと軽く頭を下げた。

 

 ……唐突に登場した密偵に、部屋に入ってきた気配に気づけなかった歩哨達は目を見張り、お互いに顔を見合わせてしまう。

 そんな二人を気にすることもなく、二人は宿舎の奥へと歩いていった。


 明かりの落とされた宿舎を、迷うことなく歩く。

 ……内心、まるで薄暗い廊下を見渡せているような危なげないレティの足取りに、舌を巻きながら。

 ゲオルグは、迷うことなくとある部屋へとたどり着いた。

 その部屋にも、当然歩哨が二人付いている。


「すまん、緊急の用事だ。殿下はお休みか?」

「はっ、その……書類仕事があるとのことで、恐らくまだお休みではありません。

 時折、物音がしています」


 歩哨へとそう声を掛け、その返答にまたか、と肩を落とす。

 少しは休んでくれ、と内心でぼやいていると


『ゲオルグかい? 良いよ、入ってくれ』


 そう、扉の向こうから声がかかる。さらに間髪入れず。


『ああ、連れの人も入る必要があるなら入っておいで』


 その声に、少し驚いたようにレティの眉が上がる。

 ゲオルグは平気な顔で一つ頷くと、ためらうことなく扉のノブに手をかけた。


「さ、ご対面だぜ。用意は良いかい、情報屋」


 問いかけに、こくりと頷くと。ニヤリと笑ってゲオルグは、扉を開けた。



 扉の先には、きちんと整頓された書類が、しかし山積みになっている机。各種資料が膨大な数納められている本棚。

 そして、そこにとても馴染んでいる、少年……と言っていい年ごろだろう、男。

 金髪碧眼、すらりとした印象の絵に描いたような美少年。

 まだ二十歳にはなっていないだろうに、その表情は妙に大人びている。

 襟に縫い付けられている紋章は、バランディア王家のもの……詐称すれば即打ち首であるその紋章を身に着けている、とレティが確認していると。

 細く整った形の唇が、ゆっくりと開き、そこから出てきた言葉は。


「おや、まさかそんな美人さんを連れてくるとは。こんな時間に婚約者でも連れてきたのかい?」


 その外見からは予想もつかない軽口だった。

 思わず目をぱちくりとさせるレティに構わず、ゲオルグは笑いながら手を振り。


「いやぁ、悪いですが、こいつと婚約だとか勘弁ですわ。首がいくつあっても足りやしねぇ。

 こいつは……情報屋です、とりあえず今は」


 ゲオルグのざっくばらんな言葉に気を悪くした風もなく、王子は軽く頷いてみせる。

 ちなみに、今の二人のやり取りは二人の間ではこんな意味を持っていた。


『見ない顔だね、新しい密偵?』

『残念ながら違います。本職はおそらく暗殺者の類。今は情報屋として来ています』


 ……そんなやり取りがされていたとは、さすがにレティも気づいてはいなかったらしい。

 突然の軽口の応酬に若干呆気にとられた感すらある。


「ふぅん……それで、こんな夜中に連れてくるってことは、それだけの価値がある情報なのかな?」

「少なくとも俺はそう判断しました。

 なんせ、持ってきたのが第一騎士団『へ』の物資の横流し。

 要求してきた代価が、殿下に渡りを付けること、でしたからねぇ」

「ほう。……なるほど、それは確かに、聞く価値はありそうだ」


 随分と気やすい雰囲気でやりとりをしながら、王子は横目で何度かレティを値踏みしていた。

 ……どうやら、彼のお眼鏡にはかなったらしい。

 王子は体ごと向き直り、改めて声をかけてきた。


「自己紹介の必要はないと思うが、一応ね。

 私はリオハルト・イクサ・フォン・バランディア。バランディア王国の第一王子だ。

 君の名は?」


 不審な情報屋の女を前にして、眉一つ動かさず余裕のある微笑みを浮かべながら。

 その様子にうっかりすると気圧されそうになるのをこらえつつ、口を開く。


「私の名は、イグレット。情報屋の、使い走り。

 あなたへの渡りを付けてもらうという代価を、先払いでいただいたからには、筋は通させてもらう」


 そう前置きすると、語り出す。

 第一騎士団への横流しをしているのはアザール伯爵。

 軍需物資と思われる物資の数々と、その量。

 西の森でのアザール伯爵とディアン配下と思われる男とのやり取り、次の取引が一週間後であることなど。

 一度言葉を切り、二人がそれらの情報をある程度整理できたと見るや、何故強引にコンタクトを取ろうとしたかの理由……今後の展開の推測を話した。


 ……しばらく、沈黙が流れて。


「ゲオルグ、うちの密偵達首にして、彼女ら雇わない?」

「殿下、シャレにならん冗談はやめてください」


 王子がため息を吐きながらこぼすと、ゲオルグは真顔で答えた。

 レティの話を聞いているうちに二人はどんどん真顔になり、空気はすっかり硬くなっていた。

 その空気を解すかのような軽口。

 語り終わってから沈黙を守っていたレティへと苦笑を見せながら、王子は言葉を継いだ。


「まあ、つまり、お察しの通りということさ。

 私はこれ以上の侵攻、拡大はすべきではないと思っている……現時点では、と敢えて言わせてもらおう。

 少なくとも、これ以上の戦線拡大に我が国の生産は耐えられない。

 いつか瓦解するとわかっている政策に賛同できないのは当然だろう?

 だから色々と手を尽くして、ここに第三騎士団をなんとか駐屯させたんだけど、ね……」

「まさか、そこまでして、とは思いませんでしたな……オスカーの奴は、そこまでの阿呆ではなかったと思うのですが」


 両手を広げながら肩を竦める王子のその仕草は、芝居じみているのに妙に馴染んでいた。

 表情に演技じみたものは見えないが、なのに、妙な迫力がある。

 呆れたような、それでいて渋い表情で応じるゲオルグに、苦笑を返しながら。


「宰相殿か……母上か。あるいは両方、かな。オスカーは忠実過ぎる。残念ながら、ね」

「まるで俺が不忠者みたいですな!」

「言うべきことを言ってくれる、と捉えて欲しいかな。

 さて。確かに君の情報は有難いものだった。

 だが、それを伝えるためだけに来たわけでもないよね?」


 しばし繰り広げられる主と家臣の漫才を、あっさり切り上げると。

 じぃ、と探るような視線を向ける。その圧力は、この年で既に老獪な政治家のような圧力を持っていて。

 そういった視線にある程度慣れていなければ、レティも飲まれていたかも知れなかった。

 王子へと、こくりと頷いてみせ。


「……この話を聞いた上でのあなたたちの行動を利用したい。

 当然、あなたたちも私たちを利用して構わない。

 私たちはアザールの街に被害を出したくない。あなたたちは侵攻させたくない。

 利害は一致していると思うのだけど」


 その言葉を聞いて、王子は少し考える。

 ここまでの経緯とゲオルグの言動から考えられる彼女の能力。

 その能力を利用した上での今後の動きの候補。


 視線をレティから切り、思考に没頭していると、さりげなくゲオルグが位置を変えた。

 すぐに、王子とレティの間に入れるような位置へと。

 言葉を介さない二人の連携に、少し関心してしまう。

 どれくらい時間が経っただろうか、王子が顔を上げ、微笑みを見せた。


「うん、君の提案は魅力的だ。

 だから、こちらからも問おう。……君は、私たちの共犯者になる覚悟はあるかい?」


 にっこりと笑顔を見せる王子に、この返答が重要な分岐点であることをレティは強く認識していた。

会議は踊るし、腹は探る。

手札を探り探られ、切り切られ。

呉越同舟さてその先は。


次回:共犯者達の密談


この一手、吉と出るか凶と出るか


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