展望は五里霧中
翌日、ほとんどの冒険者が依頼などで出払う昼過ぎにレティはエリーを伴ってトーマスの元を訪れた。
既に顔を覚えていたのであろう受付に奥へ通されて待つことしばし。
やや慌てた足音を響かせながらトーマスがやってきた。
「ゴースト、いや、イグレット、昨日の今日で随分早いな?」
「ん……ちょっと、面倒なことになった」
「おいおい、何があったんだよ……まあとにかく座ってくれ」
そう言いながら二人へと長いソファーを勧め、自分もその対面へと腰を下ろす。
二人して腰を下ろすと、どう切り出したものか、と少しの間天井を見つめて。
「……まず、アザール伯爵は黒。バランディアに横流ししてる」
「やっぱりかよ……ってか、一日でどこまで掴んだんだよ」
「運が良かったのだけど……」
と、昨日の情報収集の結果、流通の減っている物資が軍需物資と言っていいものが大半であること、西の森で取引をしていたこと、恐らく彼の身の安全を担保する内容であろう書状を渡されていたことなどを話す。
聞いているうちに、トーマスは段々渋い顔になっていった。
「……なんでお前ら、そんなにあっさり集められんだ……情報屋の立場が……」
「だから、運が良かっただけ。
で、問題、なんだけど……取引の相手が、ディアン。閣下、と呼ばれてた」
「……待て。バランディアの、ディアン、閣下? そいつは……」
「……多分、第一騎士団の団長、だよね……」
「おいおい、マジかよ……」
オスカー・フォン・ディアン。
バランディア王国第一騎士団の団長であり、2年前の侵攻を指揮した人物でもある。
ユーリス辺境伯軍をあっという間に壊滅させた魔導兵器を使っていた、ともされている。
彼が率いる第一騎士団は即応部隊としての性格が強く、王の裁可なしに軍事行動を起こす権限すら与えられているとの噂だ。
そんな人間とアザール伯爵に繋がりがあっただけでも十分問題なのだが、それ以上に。
「単にバランディアに流してるだけでも問題だが、その相手が、いざって時には一番に来るであろう第一騎士団。
軍需物資を横流しして命乞いしてた国境の領主が暗殺された、となれば、だ……。
その混乱に乗じて、証拠隠滅も兼ねて攻め込んでくる可能性は低くない、よな……」
「集めてる物資の種類と量から考えても、即応して攻め込んでくるだけなら、準備はできてると思います。
多分、伯爵の手引き、もしくは伯爵の死で混乱したアザールをほぼ無傷で奪えたのなら、一か月近く駐留できる程度には。
それだけの期間があれば、近隣の農村から食料をさらに接収したり、本国と連携を取ったりして、地盤を固めることも不可能ではないかと。
根こそぎ奪って戦略的撤退、という選択肢もありますし」
「一週間後にまた取引すると言ってたから、何もしなければ最低一週間は猶予があると思って、昨日は手を出さなかったのだけど……」
「いや、その判断は多分正解だ……嫌な感じだぜ……。
なんとかして第一騎士団の動きがわかればいいんだが」
トーマスは天を仰いだ。……見通せない天井が現状を象徴しているようでやけに憎たらしく見える。
アザール伯爵を殺さなければもちろん、殺してもこの街が戦場になる可能性は低くない。
そうなってしまえば、何のために彼を殺そうとしたのかわからなくなってしまう。
これからどうすべきか……そう、必死で考えていた時だった。
ふと、頭に疑問が浮かぶ。
がば、と体を起こし、身を乗り出しながらレティに確認の声を出した。
「ちょっと待て。第一騎士団? ディアンは第一騎士団の団長だよな?」
「そう記憶しているけど……どうかした?」
「おかしいぞ。
今あっちの国境、アウスブルグの街には、第三騎士団が駐留してるはずだ。
第一騎士団がいる場所まではさすがにわからんが……どういうこった、これは」
トーマスの言葉に、レティとエリーは顔を見合わせる。
その言葉の意味するところを考えてみるが……首を傾げるばかりだ。
「わざわざ近くにいない第一騎士団まで食料を運んでいる?
国境近くにいる第三騎士団を素通りして……。
戦略的には随分無駄なことしてますよね……。
第三騎士団が戦力的に不十分ということは?」
「それはないな。
第三騎士団は騎士千人に従者と歩兵合わせて七千人。
純戦闘員だけで八千人、非戦闘員を入れたら一万近くになる大所帯だ。
少なくとも第一騎士団と比べて格段戦力が落ちるわけでもない」
もちろん、アザールにも対抗するために近い規模の戦力はあるが。
これが機能せずに敗走、占領されたら……ジュラスティン側が対抗する軍を組織して派遣するだけでも、二週間近くはかかるはずだ。
少なくとも、到着まで一週間かからないであろうバランディアの第一騎士団がアザールに合流する方が、ほぼ確実に早いと言っていい。
それなのに、このチグハグさ、ということは。
「歩調が合ってない……意思統一ができてない……?」
「そんな感じですよね……トーマスさん、バランディアで意見の対立があるとか確執がある、とか聞いたことありません?」
二人の視線を受けて、トーマスは考え込む。
腕を組み、テーブルを見つめて……ぴくり、と眉が動いた。
そして、どんどんと……困惑したような顔になっていく。
「……ある。ある、が……いや、まさか……そういうことか……?」
「一人で納得されても困るのだけど……」
「ああいや、すまん。確実な裏が取れてるわけじゃないんだがな……。
飛び切りの対立があるぞ。
バランディアでは、各国に侵攻して拡大すべし、という拡大派と慎重派に分かれていてな。
女王は拡大派。そして、慎重派の筆頭が第一王子……王太子、リオハルト王子だ。
彼は第三騎士団と懇意にしていると聞いたこともある」
そして、その第三騎士団は今、アウスブルグに駐留している。
どんな指揮系統からの命令でそこに駐留しているかはさすがにわからないが、推し量ることはできなくもない。
「え。いやちょっと待ってください。
ということは、第三騎士団が王子の意向を受けてアウスブルグに蓋をしてて、第一騎士団はそれを良しとせず、アウスブルグを経由せずに攻め込もうと備蓄してると仮定したら……」
「アザール伯爵の暗殺は、ちょうどいい切っ掛けになるかも知れない……」
「数日で戦略拠点となるアザールを奪えたら、補給の問題もしばらくは考えなくていいですし……いくら対立しているとは言え、拠点を落とした友軍に支援や補給をしないわけにもいかないでしょうから、第三騎士団も黙らせられる……と」
「第一騎士団がアウスブルグにいて、それが攻めてくるかも知れない、よりも嫌な展開だね……」
もちろん、確証はどこにもないのだが、状況証拠があまりにも揃いすぎている。
トーマスは、がっくりとソファの背もたれに体を預けると、天を仰いだ。
「どーすんだよ、これ……」
そう、力なく呟くことしかできなかった。
切羽は詰まり、足元に火が付く崖っぷち
窮地を脱する起死回生は、虎穴に入らずんばなんとやら。
次回:溺れるものが掴むものは
そこにいるのは虎の子か、張り子の虎か




