荷を隠すなら森の中
月の光もほとんど差し込まない、深夜の森。
アザールの西に広がる鬱蒼としたその森は、国境地帯という性質もあってか人があまり寄り付かず、手入れもほとんどされていない。
そのはずだった。
だが、今その森の中を、荷車を複数伴った二十人以上の集団が進んでいる。
ゆったりとした服の上からはよくわからないが、よく鍛えられた……普段から肉体労働に従事しているであろう体格。
フードを深く被った彼らの人相は見えないが、恐らく全員が男性であろうか。
暗い森の中を進むというのに、明かりの類は数人が持つカンテラのみ……それも、金属製のシャッターつきのもの。
明かりの方向を制限し、必要とあれば閉じて明かりを漏れないようにすることもできる……あまり一般的には使われないものだ。
好んで使うのは、冒険者だとかあるいは……筋のよろしくない類の人間くらいだろう。
「おい、そっちちゃんと抑えやがれ! 荷を落としたらまた何を言われるか」
「わかってるから大声出すんじゃねぇ! 聞かれても煩いだろうが」
ガタガタという車輪の音に紛れて聞こえてくる声はあまり品の良くないもの。
夜闇の中、ほとんど前も見えずかと言ってゆっくりもできない。
そんなストレスの中では、もとより素性がよろしくない彼らの苛立ちは増すばかり。
時折バチン、バチンと聞こえる音はやぶ蚊を叩く音だろうか。それも不必要に大きく聞こえてくる。
じろ、と剣呑な目で見られたことに気づいたのか、やぶ蚊を叩いた男は肩を竦めた。
そんな殺伐とした空気で進んでいくと、ようやっと目的の場所に辿り着く。
地元の人間も寄り付かない……寄り付かないよう言い含められている、西の森の中にある小さな広場。
普段ならば人っ子一人いないその場所に、男たちと同じような恰好をした一人の男が立っていた。
その男が独特の明かり窓を持つカンテラを規則的に動かして合図を送ると、男たちは小さく頷き、荷車を広場へと並べ始めた。
「『旦那』、ブツをお持ちしやした」
「……ふん、遅いぞ。運ぶしか能がないのだから、さっさと運んでこい」
恭しく頭を下げる男たちのリーダーへと不機嫌そうな声をかけ、荷車の荷を検める。
ふむ、と小さく頷くと、リーダーへ革袋を投げてよこした。
「確かにあるようだ。ほれ、さっさと帰れ。……死にたくなければな」
「へいへい、確かにいただきやした」
革袋の中身を確認する時間も与えられずに急かされ、しかし男は不満の色を見せもしない。
仲間たちに「帰るぞ」と告げ、男へと一度頭を下げ。そのまま振り返りもせずにそそくさと森の中へ消えていった。
……リーダーは薄々勘付いているのだ。彼の言う「死にたくなければ」が脅しでないことを。
だったら、変に意地を張ったところでつまらない。
ご機嫌伺いも仕事と割り切れば案外平気なものだ。
何よりあの『旦那』は払うものは払ってくれる。
……気前がいいとは言い難いが、不十分でもない程度には。
であれば、いただくものをいただいてさっさと退散するのが賢いというものだろう。
その程度には処世術というものをわきまえていた。
だからこそ、『旦那』も彼を使っているところは確かにある。
男たちが森の中に消えてから、どれくらい経っただろうか。
残っていた『旦那』と呼ばれた男が、今度は反対側……西の方へと向かってカンテラを動かした。
しばらくそうしていると、森の中からまた集団が現れた。
一様に身元のわかりにくい服装をした彼らは、しかし統率の取れた動きですぐに荷車に取り付き、荷を改めていく。
その中のリーダー格と思しき男へ『旦那』は愛想笑いを浮かべながら近づいて。
「いやぁ、こんなところまでご足労いただきまして……。
荷は少し増量させていただいております、私からの真心と申しますかですね……」
「なるほど、殊勝なことだ。……確かに、あるようだな」
『旦那』へと碌に視線もやらぬまま、荷を改めていた部下達から「確認」の合図が送られてくると頷いて見せる。
懐から取り出した書状を無造作に放り投げると、『旦那』は両手を突き出して慌ててかけより、自身の膝が汚れるのも構わず地面に落ちる前につかみ取った。
後生大事に両手で捧げ持つようにしながら、リーダーへと媚びるような表情を見せ。
「ありがとうございます、ありがとうございます!
……どうか、ディアン閣下には私の忠誠心をよろしくお伝えください」
「その名前をみだりに出すな。……伝えるのは確かに伝えておく」
「こ、これは申し訳ございません、いかな人の寄らぬ森の中といえど迂闊でございました」
冷たいリーダーの声に、『旦那』は慌てて地面に這いつくばり、額を土で汚した。
その様子を侮蔑するような目で見降ろしながら、男は小さく鼻で笑う。
ぴくり、と一瞬『旦那』の肩が震えたが、おとなしく這いつくばったままだ。
「……閣下は使えるうちは使ってくださるお方だ。精々望まれるままに働くがいい」
「ははっ、心に刻み精進させていただきます!」
「次の荷は一週間後だ、忘れるな」
「もちろんでございます、私の身命を賭しまして!」
そんな『旦那』を一瞥すると、リーダーは男たちへと手で合図する。
一言も発言することなく荷車が整然と動き出しあっという間に森の中へと飲み込まれていった。
リーダーも振り返ることなくその後に続いていった。
……荷車の音も男たちの足音も聞こえなくなって、さらに数分。
それまで這いつくばり頭を下げた姿勢だった『旦那』はようやっと頭を上げた。
「くっ、あの男、この私にこんな真似を……見ておれよ、私が取り立てていただいた暁には貴様なぞ……」
屈辱と憤怒に顔を赤くした『旦那』は、男たちが消えて行った先をしばらく睨みつける。
手の甲に筋が浮き、ぶるぶると拳を震わせる程に、彼にとっては屈辱的だったのだろう。
だが、ここで騒いで今までの苦労と屈辱を台無しにするほど彼も愚かではない。
ようやっと少し落ち着いたのか、彼もまた踵を返し、森の中へと戻っていった。
一部始終を見ていた長い黒髪の黒装束がいたことを、その黒装束が……アザール伯爵の邸宅まで尾行していったことを、男たちの誰も気づいていなかった。
手掛かりは多ければ多い程いい。
引いてはいけない引き金に指を掛けたことにも気が付ける。
だが、では何を引けば
次回:展望は五里霧中
そして、その矛先は。




