人の口に戸は立てられぬ
「へ~、普段はもっと種類があるんですか?」
「そうなのよ~、でも最近は小麦粉も値が張ってねぇ……。
お嬢ちゃんみたいに美味しそうに食べてくれる子にはもっとあげたいんだけど」
大通りのパン屋にて。
店先でいくつかのパンを買い込んだエリーと店のおかみさんが楽しそうに談笑している。
あの後。泣いていたトーマスが落ち着くと、改めて依頼を確認、受理。
……ミスリル銀貨の入った袋を丸ごと押し付けられたのには困ってしまったが。
ともあれ、彼の言っていた情報の裏取りと、それ以上の証拠を掴むために情報収集を始めた。
昼間のうちはこうして普通の世間話から探っていくのは定石、なのだが。
「……エリー……なんだかやけに手馴れていない……?」
「え~、そうですか?私、普通におしゃべりしているだけですよ?」
やや訝し気な表情で尋ねると、にっこりとした笑顔で返された。
普通、と言っていながら、彼女が世間話で集めた情報は中々のものである。
小麦や小麦粉、それらの加工品。穀物類はもちろん、芋類など日持ちする類の食料が市場にあまり出回らなくなっていること。
それだけではなく、酒や布も流通が減っており、何故か夏場だというのに薪の買い占めもあっていること。
農村部や他領からの荷馬車の数は減っていないこと。逆に、他領へと向かう荷車は減っていること。
バランディアとの交易はわずかながらに再開されているが、最近バランディアから来る商人の数が増えていて、そのほとんどが買い付けであること。
何よりも、アザール伯爵本人の人柄が横柄で自己保身が強い、ダメ貴族を絵に描いたような人物であり、庶民に嫌われていること、などだ。
「……本当に、普通にしゃべっていただけ……?」
「ええ、本当ですよ? 私がレティさんに嘘をつくわけがないじゃないですかぁ♪」
それはそう、確かにそう思うのだけれど。
ここまで様々な情報を、極めて自然な世間話だけで集めてきてしまったエリーを見る目が変わってしまっても誰も責められないだろう。
とは言え、情報の裏取りや、さらなる情報の追加ができたのも事実。
「……薪、は盲点だったけど……確かに、大規模行軍をするなら必要だよね……」
「ええ、人間が多数いる以上、煮炊きや何やと入用になりますからね~。
これで疑いはさらに濃厚となったわけですが……後はどうするか、ですけど」
「ん……一旦宿に戻ろうか。後は、夜になってから、かな……」
昼間に、たった一日で集めた情報としては十分だろう。
後は夜に忍び込むなどして集めるしかなさそうだ、といった話を流石に人気の多い大通りでするわけにもいかないので、二人は一度宿に戻ってきた。
トーマスはギルドに泊まるよう勧めてきたが、万が一足がついた時のことを考えて、宿を取ることにしたのだ。
そして、宿で軽く打ち合わせをした後、宿を出て、大通りへ繰り出す。
しばらくいくつかの酒場を吟味して、一番大きな酒場へと入ることにした。
夕方ということもあって酒場は多くの客で賑わっている。
空いているテーブルを見つけて二人で座り、忙しそうにしているおかみさんに簡単なものを注文して。
「……エリー、しばらくお願いね」
「はい、任せてください」
小さくやり取りをすると、レティは椅子に深く腰を掛けてそっと目を閉じた。
耳に神経を集中すると、雑多な声が流れ込んでくる。
……これくらいしか楽しみがないのに酒が高くてまずい、量が少ない
……料理がいまいち腹にたまらない
……かあちゃんが稼ぎが悪いってうるさくてよ
そういった日々の不満が流れ込んでくるのを選り分けて、別の声を探る。
……これを食ったらもう一仕事だ
……いつもの西の森か
……伯爵様は何を考えているんだか
……滅多なことを言うな
……見られないように気をつけろよ
そんなことを、喧騒にまぎれるように小声でしゃべっている男たちがいるのを聞きつけた。
実は、酒場に入る前に「聴覚強化」の魔術を使っている。
そしてエリーが周囲をさりげなく警戒している間に聴覚に集中して、酒で口が軽くなった連中の会話に何かないか、と探ってみたのだが……。
「……当たり、かも」
ゆっくりと目を開くと、耳が捕まえた声を辿るように視線を向かわせる。
気取られないように、視界の端で捉えるように。
その先には、男が数人顔を寄せ合って話し込んでいた。
こくん、と小さく頷いてみせると、エリーがレティへととりとめない話題で話しかけてくる。
それに相槌を打つ振りをしながら、小さく小さく、呪文を詠唱。
「マーキング」
対象へと、魔術的な痕跡をつけておく。それだけの魔術。
相手に直接的な効果は一切ない、が、それを辿ることでいくつかの魔術の対象にすることができる。
例えば……探知魔術などの対象として。
「……本当にそういう地味な魔術得意ですよね」
「まあ、ね……でも、使えるでしょう?」
「そうですね、正直びっくりです。
レティさんだからこそ、なんでしょうけど」
そんなことを言いながら、運ばれてきた食事に口をつける。
やや味の薄いスープに、朝に焼いたのを出してきたらしいパサついたパンを浸しながらたべていると、例の男たちが立ち上がった。
酒はほとんど入れていないのだろう、しっかりとした足取り出て行く彼らを横目で見ながら、食事を片付けていく。
程なくして、食べ終わるころには男たちの姿はどこにも見えなくなっていた。
「じゃあ、一旦宿に戻ろうか……」
「はい、そうしましょう」
食べ終わり、支払いを済ませると一度宿に戻る。
背負い袋から着替えを取り出して、「仕事」用の黒い装束へと着替えて。
腰にダガーを二本、肩口に投げナイフを二本ずつ。
今日は情報収集のつもりなので、比較的軽装だ。
そして軽く具合を確かめると、おもむろに呪文を唱え始める。
マーキングした対象を「追跡」する探知魔術を発動……彼らがどうやら西の森と思しき場所に移動したことを知覚して。
「……行ってくるね」
「いってらっしゃい、お気をつけて」
笑顔で見送るエリーへと軽く手を振ると。
ふぃ、と歪むように見えたかと思った次の瞬間、レティの姿がその場から掻き消えた。
後ろ暗い者は人目を避ける。
避けて避けて、森の中。ここならば誰も通らない。
そんな油断が綻びにつながる。
次回:荷を隠すなら森の中
後ろの正面、だぁれ




