咲き誇る時を待ちわびて
「何やら、あっちの待合は随分賑やかみたいだねぇ」
カラカラと笑いながら、しかし若干いつもよりも緊張した面持ちでマチルダが化粧筆を動かす。
目を閉じて化粧をされているエリーは普段のように笑うわけにもいかず、少しだけ唇を動かした。
「みたいですね~。ほとんどのゲストの方はあっちに行く手はずですし、仕方ないといえば仕方ないんですけど」
この辺りの風習では、式までの待ち時間に客人をもてなすのは、夫側の役目だ。
夫本人の度量を見せるのはもちろん、夫側親戚の人柄や人脈を見せるという意味もあるらしい。
そして、この結婚において夫役になるのは、エリーよりはレティの方になる。
だから先にレティが待合へと行って、ボブじいさんを宥めすかしなどしていたのだが。
「それにしても……マチルダさん、自然と受け入れてましたね、このお話」
「まあ、ねぇ。あんたらが随分と仲良いのを知ってたってのもあるけどさ。
教団だ教会だの話があったと思ったら戦が終わって、黒髪と金髪の女二人が戦で大活躍してたった噂が流れてきた時に、あんたらの顔が浮かんだことがあってさ。
あんたら二人が国王様と顔見知りだっていうのも聞いてたからかも知れないねぇ。
で、その後急に同性でも結婚できるって話になって、もしかして、とは思ってたのさ」
「は~……そんな噂が流れてたんですか」
まさにその女二人、の一人であるエリーはそれ以上の言葉を飲み込む。
詳しく説明するには、あの時とそれからは色々と事情が複雑すぎる。
特に……と、ちらり、横目で傍の椅子に座ってこちらを見ている二人を見やり、また視線を戻した。
視線の先にいるジェニーはこちらを興味津々で見ており、ナディアは動揺を一切見せず澄ました顔。
あまり詳しく話して空気を微妙にすることを、エリーは選択しなかった。
さらに、あちらにも来ているであろう面々のことを考えると、マチルダにどう説明したものかと気が重い。
重い、はずなのだが。
その面々の顔を思い浮かべれば、自然と笑みが浮かんでくる。
「ふふ、エリーちゃん、いい顔してるねぇ。とっても、花嫁らしい顔だ」
「そうですか? ありがとうございます。……折角こうして皆さんに来ていただいているんですもの、できるだけ綺麗な私でいたかったので」
その綺麗な姿を一番に見せたい相手はもちろん決まっているのだが、そのことをわざわざ口にする程エリーも野暮ではない。
もちろんマチルダとて、誰に見せたいかはわかっている。
だからこそ、少しでも後押ししようと今こうして一生懸命に化粧を施しているのだが。
「大丈夫。エリーお姉ちゃんは綺麗」
「ふふ、ありがとうございます、ジェニー」
花嫁側親族、的な立場としてこちらに来ていたジェニーの言葉に、エリーも笑って返す。
さすがに、化粧の邪魔にならないようと抑えたものだったが。
「ええ、とってもお綺麗です、エリー。……しかし、私までこちらに来させていただいて、良かったのでしょうか……」
ジェニーに付き添う形で、ナディアとその護衛もこちらの方に来ていた。
義理姉妹的関係となったジェニーはともかく、友人でしかない自分が親族面しているのは、ナディアにとっていたたまれないものらしい。
だが、当のエリーは気にした風もなく、むしろ嬉しそうなくらいだ。
「とんでもない、むしろこちらからお願いしたいくらいなんですから。ありがとうございます、ナディア様」
当たり前と言えば当たり前だが、エリーに家族はいない。
強いていうならば、ジェニーは遠い親戚に当たると言えなくも無いが、それも割とこじつけだ。
家族がいないのはレティも同じだが、彼女には家族同然と言っていい仲間がいる。
それと比べて釣り合いを取ろうと思えば、ジェニーやナディアがこちら側なのは、エリーとしてもありがたいのが正直なところだ。
説明されて、ナディアも少し安心したらしい。
「そうですか、そう言ってもらえると、安心いたします」
「そりゃそうですよ、え~っと、ナディア様。大体それを言い出したら、あたしが花嫁化粧なんぞやらせてもらってるのが申し訳ないって話になりますし」
幾分緊張した様子で、探るように言葉をかけるマチルダ。
ナディアのことはぼかして紹介されたが、やんごとない身分だということは立ち居振る舞いから見て取れる。
さらに護衛も付いているとなれば尚更だ。
身分を伏せている、いわゆるお忍びだということはマチルダにもわかる。
しかし、だからと言って失礼な振る舞いをするわけにもいかない。
ということで、マチルダにしては珍しく、緊張が先に立っていた。
だから、珍しく謙遜めいたことを口にもしたのだが、それはエリーが即座に首を振って打ち消す。
「いいえ、マチルダさん。私は、マチルダさんにして欲しいんです。
きっと、その方がセルジュ師匠も喜ぶと思うので……」
その言葉に、マチルダの手が止まった。
何かを堪えるかのように俯いて、少し大きめの呼吸が幾度か。
セルジュのことを知らないジェニーとナディアが何事かと見ていると、しばらくしてマチルダは顔を上げた。
「そうだねぇ、あの唐変木の代わりにエスコートまでするんだ、しっかり務めさせてもらわないとね!」
「むしろこちらの方が申し訳ないというか……お腹も、大分大きくなってますし」
そう言いながら、気遣わしげにエリーの視線が落ちる。
その先にあるマチルダの腹部は、一目でわかるほどに大きくなっていた。
だが、気遣われたマチルダ本人は、気楽なものである。
「ああ、気にしなさんなって。もう大分落ち着いてきたし、二人目ともなれば結構気楽なもんだよ」
「そういうものなんですか? なんというか、母は強し、って感じですねぇ……」
カラカラと笑うマチルダにエリーは目を丸くするが、その笑い顔を見ている内に釣られてまた笑顔になってしまう。
それから、また視線が腹部へと落ちて。
「テオくんに弟か妹ができるんですねぇ……本人はどっちがいいとか言ってます?」
「ああ、弟がいいって言ってるねぇ、一緒に遊べるからって」
「なるほど、わかりやすい理由ですね。でもテオくん、妹だったらそれはそれで可愛がりそうですけど」
「どうだろうねぇ、ま、悪いようにはしないだろうけどさ」
などと懐疑的な口調で言いながらも、その表情はまるで心配していない表情。
まぶしい物を見たような気がして、エリーは目を細めた。
そんな会話をしていて緊張も解れたのか、マチルダの化粧筆が小気味よく動いていって。
「……よっし、完成だよ。どうだい?」
マチルダが身体をずらせば、鏡の中に見える自身の姿。
エリーは鏡に映る自分をしばし眺めて。
「わぁ……うん、ありがとうございます、マチルダさん」
「なぁに、元がいいからね、あたしは大したことはしてないよ」
礼を告げて頭を下げれば、気恥ずかしそうにマチルダが手を振る。
それからエリーはジェニーとナディアの方へと振り返った。
「どうでしょうか、私、綺麗ですか?」
問いかけに、二人は合わせたかのようにコクコクと頷く。
「うん、お姉ちゃん、とっても綺麗」
「はい、とても綺麗ですよ、エリー」
いつも通り裏表のないジェニーの言葉に、含むところ無く賞賛するナディアの声に、自信に満ちた顔で頷き返すエリー。
「……今日の私は、今までで一番かも知れません」
そんな自分で、あの人の隣に立ちたかった。
その願望は、どうやら叶えられるらしい。
「さあ、ではそろそろ行きましょうか」
身支度も心の準備も完了した。
後はいよいよ。
そう思いながら、気合いと自信に満ちた顔で、エリーは立ち上がった。




