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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
EX:暗殺少女の後日談
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あるいは幸せな憂鬱

「……流石に、色々と大げさだと思うのだけど」


 教会の一室で、椅子に座らされたレティが不満げに呟いた。

 普段無造作に流している黒い長髪は艶々と鴉の濡れ羽色に輝き、細やかに編み込みを入れられている。

 そして着ている服は、彼女自身の意思で選べるならば絶対に選ばないであろう真っ白なもの。

 マーメードラインに近いその衣装は、スラリとした彼女のボディラインを綺麗に描き出しながらも、胸や腰回りにはたっぷりとしたレースがあしらわれて優美さも加えている。

 見れば誰もがため息を吐くほどの出来映えなのだが、着せられている本人はどうにもご機嫌がよろしくない。


「仕方ないじゃないの、王様方もどうしてもってんだし、気持ちもわかるし。

 お祝いの気持ちは素直に受け取った方がいいよ?」


 彼女の正面に座って化粧をしていたリタがカラカラと笑う。

 宥めているのか揶揄っているのかわからない彼女もまた、今日この日の為にクォーツまで駆けつけてきた一人なのだから、その気持ちは痛いほどよくわかる、のかも知れない。


「気持ちはありがたいことだとも思うのだけど……無理して集まることもないと思う」


 ほぼ唯一と言っていいだろう、その気持ちがわからないレティがまた困ったように眉を寄せる。

 当の本人からすれば、彼女がやってきたことは然程特別なことではないのだから。

 もちろんそれぞれに友情のようなものは持っているし、困っていることがあれば助けに行くと言った言葉も嘘では無い。

 しかしそれは、あくまでも自由な立場である自分が助けに行く場合の話。

 制約の多い彼らが集まってくるのとは、また別問題にしか思えなかった。


「いやぁ、あたしからしたら、無理してでも集まる気持ちもわかるけどねぇ」


 化粧筆を動かす手を止めることもなく、楽しげに、どこか揶揄うように言う。

 レティは訝しげにリタを見ようとするが、その視線をわざと遮るかのように動く筆に、どうにも意識と視線が散らされてしまい、それがまた少し面白くない。

 なんだかんだ、この年上の、姉のように思っている彼女に良いようにされているのだから。


「リタも、無理して休まなくても良かったのに」

「いやぁ、多分あたしが一番休むの楽だったよ? あ、いや、ボブじいさんの次かな?

 なんせあたしが相談した時には、既に話が通ってたみたいに即決快諾だったもの」


 さらりと言うリタに、レティが一瞬押し黙る。

 それから、チラリとボブじいさんが待機しているはずの部屋へと視線を流す。


「……本当に、ボブじいさんって何者?」

「さあ、あたしにもわかんないからねぇ。何か色々公爵の弱みを握ってるらしいんだけど」


 リタの雇用主であるタンデラム公爵は、ボブじいさんを情報屋として贔屓にしている。

 ボブじいさん自身も、タンデラム公爵を重要な取引相手として尊重している。

 それでも、権力者であるタンデラム公爵が時折良いように使われている印象があるのは拭えない。

 そんな彼もまた、今日この日の為に駆けつけてくれていた。


「ま、つまりあんたは、表の権力者も裏のご意見番も駆けつけるだけのことをしたってことさ」

「……全く実感がないのだけど……」


 あくまでも納得がいっていない様子に、リタはふぅ、とため息を一つ吐き、筆を一旦置いた。


「あたしが知るだけで、バランディアのお家騒動を解決して、コルドールのお姫様と王様を助けて、ガシュナートのお姫様、今は女王様になったお方も助けた。

 どれもあんたが居なかったら、まあどうにもならなかった案件だ。

 そこを何とかしたあんたに、恩義を感じない方がどうかしてないかい?」


 問いかけてくるリタの言葉に、レティは即座に言い返せない。


 レティが居なければ、リオハルトはかなりの確率で亡き者にされただろう。

 ツェレンはまだわからないが、バトバヤルはドミニクといえど一人で守り切れなかった可能性は低くない。というか、そもそもドミニクもあの場に居なかったはず。

 そしてガシュナートの侵攻があそこで止められていなかったら、今頃どれだけの人命が失われていたか想像も付かない。

 もしそうなっていれば、ジェニーが数多の命を奪いバランディアとの関係は完全に決裂。

 当然、その影で暗躍していたアウグストを止められるものは誰もおらず、そうなればこの大陸は魔族の手に落ちていただろう。


 そう考えれば、レティの為したことに対して、この扱いでもまだ足りないくらいかも知れない。

 当の本人も、言われてやっと理解はしたようだ。未だ受け入れられていないようだが。


「わかった、仕方ないからそこは認める。

 だからって、他の形でのお祝いもあったんじゃないかな……」

「ん~……でもほら、あんた確か、ナディア陛下のお友達でしょ? お友達の結婚式には出たいもんじゃないかねぇ」


 未だぼやくレティへと、何でも無いことのようにリタが言う。

 だが、それを聞いたレティは動きを止め、驚いたのか、僅かばかり目を見開いた。 


「……え、まって、なんでリタがそんなこと知っているの。ボブじいさん?」

「そらまあ、あたしがこんなネタ仕入れられるわけないじゃない。それはもう嬉しそうに話してたわよ」


 その時のことを思い出したのか、ニヤニヤと笑うリタ。

 それに対してツッコミを入れることすら忘れて、レティは呆れたような顔をしている。


「なんで、そんなことまで……」

「それこそ、嬉しかったんじゃない? あんたが友達だとか作るようになったんだって思ったら、あたしも感慨深いものがあるもの」

「そう、なの? ……もしかして、色々心配したりしてくれていた、とか……?」


 おずおずと、窺うように。そして少し申し訳なさそうに。

 そんなレティの様子は、むしろリタを喜ばせるものだったのだが。


「あっはは、心配とまでは言わないけどさ、まあ気になってはいたかな。

 交渉だとかはエリーがいたから大丈夫だったろうけど、あんたが人と関わったりするかね~ってのは」

「まあ、それは……旅に出る前の私だったら、確かに関わらなかったと思うけれど」


 若干歯切れ悪く答えるレティに、リタはますます笑みを深める。

 旅に出る前の自分と、今の自分。

 まだ1年になるかならないかしか違わないのに、随分と違ったものだと思う。

 特に、今自分がこうして……などと当時の自分に言ったら、きっと頭がおかしいと思われるだけだっただろう。

 本当に色々なことがあった、としみじみ思い返しながら、ふと耳に入ってきた音が現実に引き戻してくる。


「……リタは、ということは、ボブじいさんは……?」

「そりゃぁもう、あれこれ気にしてたのは間違いないよ。なんせ……いや、これは本人から言わせた方が良いかなぁ」

「……? よくわからないけど……ああなってる理由に繋がってるんだろうね、きっと」


 若干遠い目になりながら、音が聞こえてきた方へと視線を向ける。

 それに気付いたリタは、察したのかニヤニヤが苦笑へと変わった。


「まあ、そうなんだろうねぇ。っと、こんなもんかな。

 いい加減相手してるトーマスが気の毒だし、あっちに顔出してやろうか」


 会話をしながらも化粧を続けていたリタが手を止め、レティの顔を見つめる。いや、観察する。

 うん、と一つ満足げに頷けば、ぽん、とレティの頭を撫でた。


「うん、我ながらいい出来映えだ。元が良いからかね、綺麗だよ、イグレット」

「……ええと……ありが、とう……?」


 パチンと鮮やかなウィンクを送られて、戸惑ったような顔でしどろもどろになるレティ。

 その反応に、リタは思わず吹き出してしまう。


「ははっ、イグレット、あんたも照れたりするようになったんだねぇ」

「……別に、照れてなんかないし」


 ふい、と視線を逸らす様子に、リタの一層楽しげな笑みを見せた。

 むくれたように明後日の方向を見ていたレティは、いたたまれなくなったのか立ち上がる。


「もう、いつまでも笑ってないで。ボブじいさんの居る待合に行くんでしょ?」

「あはは、悪い悪い。んじゃ、いきますかね」


 そう言いながら、リタもその後を追うように立ち上がり、レティと連れ立って待合へと向かった。

※電子書籍版販売開始記念短編の中編となります。

 規約上、直接リンクが張れませんので、Amazonにて検索していただければと思います。


 詳しくは、以下の活動記録にて!


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