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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
6章:暗殺少女の向かう先
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瓦礫の聖堂

 そして、その夜。

 アマーティア教主国の王城でもある大聖堂、その中央祭壇の前で、教皇アウグストは震える拳を握りしめていた。


「何が起こった……何故ジュラスティンの小娘が、ビーストテイマーからドラゴンテイマーに進化している……。

 挙げ句、派遣した竜族が全て小娘の支配下に入っただと……?」


 それは、誤算も誤算、大誤算だった。

 一頭でもジュラスティン王都を落とせるであろうエルダードラゴンが三頭、さらに若いドラゴンも入れれば二桁の数を派遣した。

 それが、まさか全て敵の戦力となってしまっているのだから、怒りも覚えようというもの。

 おまけに、悪い知らせはさらに続いていた。


「ガシュナートの王都に、マナ・ドールが陣取っている、だと……?

 何故だ、あの人形はろくに稼働できる状態ではなかったはず」


 『神託』を通じての情報に、アウグストは首を捻る。


 ガシュナートで発掘されたそれは、彼にとってさして興味を引かれるものではなかった。

 それは、かつて『魔王』が活動していた時代にも存在し、それなりには煩かった。

 とはいえ、精々が蚊とんぼ程度のものだったが。

 おまけに、状態も悪く幾度もの実用に耐える状態ではない、と報告されていたのであれば尚更だ。


 その時、何故かそのマナ・ドールそのものの情報は『神託』から入っては来なかった。

 彼にとっては取るに足らない人形、と気にも留めていなかったのだが。


 それでも、ガシュナートを取り込むには使える、と『マスター・キー』を与えるようにしてやった。

 ゴラーダの性格を考えれば、使えるようになった玩具をこれ見よがしに使うだろう、と。

 その予想自体は当たっていた。その結末は、予想外だったが。


 そして、ガシュナートが敗北したと聞いて、当然マナ・ドールはろくに使えず壊れたのだろう、と考えていた。

 それが、ガシュナートを落とせない最大の要因として今、立ちはだかっている。

 何故、に心を囚われたアウグストは、その来歴を辿っていく。

 それを今更知ったところで、打つべき手に影響を与えないと気付くこともなく。


「幾度もの実戦使用に耐えている、だと……その上何故、劣化していくばかりであろう遺物が、むしろ性能を上げているのだ」


 ジェニーの性能が上がっている、その理由はまだ周知されていない。

 ナディアが心からの整備を施した故に、ある程度良好な稼働状態を維持されていることも知られていない。

 ゆえに『神託』もまた、アウグストに答えを与えてはくれなかった。


 今となっては忘れ去られてしまった記憶。

 『魔王』に抗おうとした人々が生み出したマナ・ドールの強化策が、今になって実を結んだなど、彼には知る由もない。

 彼にとってそれは、とっくに過ぎた過去であり。

 多くの人にとっては、その存在を知ることすらないことだから。

 だから今、知らぬ間に、彼の喉元に迫っている。


「これだけの数を相手に、未だ稼働できているなど……であれば、数を頼みの力攻めなど、愚の骨頂ではないか」


 彼にとっては取るに足らない存在であったマナ・ドール。

 しかし、それが他の者にとってはそうではない、くらいのことは流石に認めている。

 特に戦略級ともなれば、数をなぎ払うのに適したカテゴリだ。

 散開させて攻撃回数を増やさせてはいるが、故障もしないままでは、こちらの損害が増えるだけであることは想像に難くない。


 ならば、いっそ自身で出向くか。

 それは、未だに躊躇われた。

 彼の『神託』には、この場でしか十全に使えない、という制約があるからだ。


「我が出るのが一番だが、ここを離れれば『神託』が限定的になる。

 全てを蹴散らせばいいだけだが、しかし……」


 戦略というものに執心していなかった彼だが、戦争は敵をただ倒せばいいだけのもの、ではないことは流石に理解している。

 国王であり教皇であり、『魔王』である彼が出向くこと、そしてその間に情報収集能力が一気に落ちることの弊害も、理解していた。

 だが、ことここに至れば、それもまた選択肢の一つに入ってくる。

 とはいえ、まだその選択は後回し。今はまず、退却なりさせて態勢を整えさせるべき、なのだが。


「誰かおらぬか。……くっ、おらぬ、か……」


 振り返って、誰も居ない聖堂の中で舌打ちをする。

 刻一刻と塗り替えられていく情報、覆される予言。それに合わせて出していく指示。

 その指示を伝えるために部下は次々と退出し、あるいは日も落ちたからと場を辞した。

 結果、今ここに居るのは彼一人である。


 この非常時に、彼、一人。

 非常時だとわかっていないのか、非常時だからこそなのか。

 それを天秤にかけていること自体がまた、彼の苛立ちを煽って仕方ない。


「どうしてこうなる。一つ二つ『神託』が外れた程度では、こうはならぬ。

 一つのズレが次のズレを呼び、それが連鎖している……何故だ、何故そうなっている」


 何故、と問うた時、一つの可能性が脳裏に浮かんだ。

 それは、『神託』とは違う彼の直感。

 普段ならば一笑に付すような思いつきが、どうにも気になって仕方が無い。

 だから彼は、『神託』を通して、あの女が通ったであろう道筋を追いかけた。


「あの女が居た場所は……待て、なぜコルドールにあった巡礼手形が、今、この街にある」


 ほんのつい先ほどまで、大して意識していなかった。だから、掴むことができなかった。

 あるいは、このしばらくの間、それが認識できていなかった。


 コルドールの王都で鹵獲されてしまった巡礼手形。

 強力である反面、敵方の手に渡り悪用されれば面倒なことになるだけに、彼は『神託』で全ての巡礼手形の行方を定期的に把握していた。

 そして、コルドール王都のそれも、つい先ほどまではそこにあった、はずだった。

 それなのに、今、それがこのアマーティア王都にある、と『神託』は示している。


「どういうことだ? いや、それ以前に。

 何者かが手形を使って、潜入している?」


 そこに考えが至り、背筋に何か冷たいものを刺し込まれたような感覚を覚えた。

 それが、なんのためにここに来たのか、想像に難くない。

 普段であれば、刺客の一人や二人、恐れることなどあるわけもない。

 だが、今迫り来るその存在は、彼の『神託』が認識できない存在である可能性が高い。


 未知なるその存在に、さざ波のように生まれてくる感情を、彼は無理矢理握りつぶす。


「いや、構わぬ。王都に入れたところで、ここまで来ることなどできるわけがない」


 この聖堂には人がいないが、大聖堂の警備に抜かりはない。

 夜目の利く魔物の類いも多数配置しているのだ、それらを掻い潜れるものなど。


「残念ながら、来れてしまったのだけれど」


 あり得ないはずの声が、響いた。

 聞き覚えのない、女の声。冬の夜の空気よりも冷ややかなそれに、アウグストは慌てて振り返る。


 そこに居たのは、長い黒髪をした細身で黒ずくめの女。

 そしてもう一人、緩やかに波打つ金髪の、青と白を基調にしたローブの女。


 見覚えのない顔、敵対的な表情。この二人が、侵入者であることは明確だった。

 つまり、ここまで入り込まれてしまった。


「何者だ貴様等。何故、どうやってここまで入ってきた」


 漏れ出しそうな怒りを抑えながら、アウグストが問いただす。

 『神託』が、彼の予測が、裏切られに裏切られて許してしまった侵入。

 それは、抑えがたい怒りとして彼の胸の内を染めていた。


「何者って。自分が『神罰対象者』に指定した人間の顔もわからないなんて」

「何?」


 改めて、女の顔を、姿を凝視する。

 確かにそれは、伝え聞いていたイグレットという女のそれそのものだった。


「……貴様か。貴様が、あのイグレットか」

「どのイグレットかはわからないけれど。私の名前がイグレットなのは間違いないね」

「そうか。そうか、貴様が、そうなのか。よくもここまで来てくれたものよ!」


 彼女の肯定の言葉に、抑えきれなくなった怒りが溢れてくる。

 ここまで何もかもが上手くいっていないことの元凶。

 少なくとも、今、彼にとってそれは、目の前にいるこの女となった。

 だから、彼女に向けて怒りの矛先を向けることに、何の躊躇いもなかった。


「ならば、骨の一片も残さず消し去ってくれよう!!」


 叫びと共に、押さえ込んでいた怒りが魔力となって迸る。


「レティさん、こっち!」


 そんな言葉が聞こえた気がしたが、些細なことだ。

 全て、吹き飛ばせばいいのだから。


「我が魔力、食らうがよい!!」


 彼が叫んだ次の瞬間。

 魔力が爆発的に吹き出し、聖堂内を暴力的な力が蹂躙していく。

 それは、石造りの柱も砕き、行き場を失った力は天にも伸びて屋根すら吹き飛ばし。

 支えも支えるものも失った聖堂は、凄まじい音を立てながら崩壊していった。


 どれくらい時間が経っただろうか。

 瓦礫だらけとなった、かつて聖堂があった場所に立つのは、『魔王』アウグストが一人だった。

彼は、力そのものだった。

その拳は岩をも砕き、その結界は全てを防ぐ

最強の矛と盾を手に、振るう力は嵐にも似て。


次回:暴威


そして、嵐をやり過ごす知恵こそが、人の力。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あ……。お嬢様……。 いったい何がどうなって、こう……。 いかん、味方側がやらかすやつしかいねぇ!! 流石にちょっと教皇に同情しますよこれは……。 [一言] ふむ、マナ・ドールの強化策…
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