嵐の前の静けさ
一方その頃。
レティとエリーの二人は、昼でもなお低い冬の日差しの中、バランディアからアマーティアへと向かう街道で馬に揺られていた。
いつものように借りた馬ではなく、リオハルトから直々に貸し与えられた軍馬はさすがに足取りが違う。
普段の軍装を解いて身体が軽いのもあってか、さらにはむくつけき騎士達よりも遙かに軽い二人を乗せているからか、二頭とも実に軽やかに歩を進めている。
「この分なら、予定よりも早くアマーティアに入れそうですね~」
「そう、だね……入れた後は、徒歩になるけれど」
エリーの言葉に、こくりとレティも頷く。
ここまでの旅は、実に快調。しかし、アマーティア領内に入るとなれば、通常の街道を使うわけにはいかない。
となると、どこか適当なところで馬を返すことになる。
「馬から下りて、帰れと合図をしたら、勝手に王都に戻ってくるから」
などとリオハルトは言っていたが、これだけの馬を、野に放つような扱いをするのも心苦しい。
しかし、今は時間が少しでも惜しいこともまた事実。
言われたとおりにするしかないのだろう、とは思っている。
明日には国境に辿り着くだろうし、その時には、と悩ましく思っていた時だった。
不意にレティが真顔になり、遠くを見据えること僅か。
「エリー、マナ・ボルト用意」
「はいっ、レティさんっ」
指示に従ってエリーが魔力を集中させる傍らに、レティが馬を寄せて、肩へと手を置いた。
「『動的探査』」
放たれた魔力の波が敵を捉え、その位置情報をレティに、そして感覚を共有しているエリーへと伝えていく。
距離は、延長された射程の内側。位置は、普通の人間ならば通らないような、街道から離れた場所。
となれば、とも思うが、間違いの可能性もある。今のところ、探査に気付いた様子もない。
なのでレティは、もう一つ魔術を放った。
「『敵意感知』」
こちらに対して、敵意を向けているかどうかを知る魔術。
極めて地味である上に、通常、敵は最初から敵意を向き出しでやってくる。
使える場面は極めて限られるし、有効であろう貴族同士の会話の最中などに使えば、それこそ宣戦布告も同然。
というわけで、あまり使われていない魔術であった。
ただしそれが、レティのような立場であれば別である。
「……やっぱり、全員敵だね」
「待ち伏せということは、こちらの動きはある程度把握されているみたいですね」
「ある程度、だけれどね。使う街道までは特定できたけど、細かくは把握できてない、ってところかな」
などと暢気な言葉を交わしながら、馬を進める二人。
どうやらアマーティア側から刺客を送られて来ては居るらしい。
らしいのだが、どうにもその攻め手は精彩を欠いている印象が拭えない。
まあ、弓も弩も届かない距離で気付き、探査魔術を駆使して撃退しているから、というのが大きいのだが。
もう一つ、相手の動きがどうにも受動的に思えてならない。
「やっぱり、『神託』に捉えられてないっていうのは本当みたいですねぇ。
だから、積極的に仕掛けられないのかも」
「そんなところだろうね……相手が悪かったと諦めてもらうしかないけど」
淡々と答えた後に、再びレティは呪文を唱える。
そして、また放たれる『動的探査』が合図だった。
「マナ・ボルト!」
準備が完了していた魔力が解き放たれ、光の矢が弧を描きながら次々と敵を捉えていく。
それは、蹂躙と言ってもいい程に一方的な展開。
あっという間に、動く敵の反応はなくなってしまった。
「じゃあ、ちょっと確認してくるから、この子をお願い」
「わかりました、いってらっしゃい、レティさん」
レティが手綱をエリーに向かって差し出せば、こくりと頷いて受け取る。
それを確認すると、するりと、歩く馬から器用に滑り降り、そのまま駆け出していった。
街道脇の茂み、刺客達が隠れていた場所へと足を踏み入れて、次々に確認していくことしばし。
「ん、全員倒せてた。流石エリー」
「やだもうレティさんってば、それもこれも、レティさんの魔術のおかげですよぅ」
「そう言われると、悪い気はしないけれど」
全幅の信頼を込めた笑顔に、思わず目を逸らす。
確かに、ここまで順調なのも、この分業が上手くいっているからだ。
レティ一人でも『動的探査』と『跳躍』を組み合わせれば似たようなことはできるが、目撃者がいない、という条件でないと使うことが憚られる。
今この街道は他に人気は無いが、万が一、ということもある。
もし目撃でもされたら……ただ目撃した、という相手の口を封じることは、今のレティにはためらわれた。
「やっぱり、エリーのおかげでかなり助かってる。ありがとう」
改めて、言葉にする。
今、こうして自分が、ありたいような自分でいられること、振る舞えていることは、エリーがいるからだと改めて実感したから。
そんな気持ちをそっと忍ばせながらの礼に、エリーは面食らったように目をぱちくりとさせる。
「えっ、どうしたんですかレティさん、唐突に、そんな。
私がレティさんのお役に立つのは、当たり前のことですよ?」
いかなエリーといえど、テレパシーがあるわけでもなく、レティの心が全てわかるわけでもない。
それでも、今の言葉に色々な気持ちが込められていたことは、よくわかった。
だからエリーは、伝わったという返事の代わりに、にっこりと微笑む。
「……なんだか私、エリーに甘えすぎな気がしてきた」
ぽつりと、そうつぶやく。
そんなレティの呟きに、エリーはまた驚き……今度は、少し悪戯な笑みを見せる。
「何言ってるんですか、まだまだ、もっともっと甘えてもらわないといけないんですから。
レティさんを私に溺れさせるくらいに」
「もう十分溺れてる気がするのだけれど……。
むしろエリーに甘えて欲しいのに」
「や、私、もう十分に甘えてるつもりなんですけど?」
「え、どこが? それこそ、まだまだ甘えてもらわないといけないのに」
小首を傾げるエリーに、少しだけ不満そうにレティが答える。
やいのやいのとじゃれ合うように言い合いながら、仲良く馬を並べて二人は街道を行く。
次の街、アマーティア入りする前に訪れる最後の宿場町は、もうすぐそこだった。
人を拒絶するかのようにそびえる山を、だからこそ越えるのだとばかりに挑む者がいる。
それは、見える者にだけ道として残り、見えぬ者を拒絶する。
それは、越えられぬ者であるゆえに。
次回:雪山の一夜
あるいはそれは、慈悲なのか。




