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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
6章:暗殺少女の向かう先
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老虎は笑う

 ガシュナートで戦端が開かれるその少し前。


「ボブじいさん、久しぶりじゃないか!」


 ジュラスティン王国とバランディア王国の国境に位置する街、アザール。

 その冒険者ギルドで、トーマスが喜びと驚きの声を上げていた。


「おう、久しぶりじゃな、トーマス。元気そうで何よりじゃ。奥さんも元気にしとるか?」


 ギルドの建物に入ってきた、筋骨隆々とした大柄な老人……ボブじいさんと呼ばれた彼は、ニコニコと上機嫌に笑って挨拶を返してくる。

 迎えたトーマスも、その言葉にどこか気負いの抜けた笑みを見せた。


「ああ、なんとかな。カミさんも、一時期ちょいとよくなかったが、最近は大分元気になってきたよ。

 おっと、こんなところで立ち話もなんだ、こっちに来てくれよ!」

「おお、すまんのぉ、気を遣わせちまって」


 上機嫌なトーマスが、ギルドの奥、ギルドマスターの部屋へと案内すると、ボブも遠慮すること無くついて行く。

 そんな二人の姿を受付嬢はニコニコとした笑顔で見送り、その場に居合わせた冒険者達は一様に押し黙った。

 二人の姿が完全に見えなくなってから、ベテランの冒険者二人が、ひそひそと声を交わす。


「なあ……さっきの、『魔獣狩り』だよな……?」

「ああ、昔一度見たきりだが、あいつを見間違えるわけがねぇ……」


 聞こえてくる不穏な言葉に、周囲の冒険者達も耳をそばだて、あるいは二人が消えていった先を伺うように見やっていた。





「てなことがあってな、ほんっと仰天しちまったぜ!」

「なるほどのぉ、おおよそはわかっておったが、そんなことになっておったとは……全くイグレットのやつめ、無茶しよるわい」


 ギルドマスターの部屋で、酒を傾けながら積もる話に興じるトーマスとボブ。

 ほんの半年ばかりの間に、様々な事が激変した。

 その間に積もった話となれば、どうしてもその中心にいたレティの話が多くなる。


 と、時にしみじみ、時に大げさに語っていたトーマスが、不意に声を落とした。


「なあ、じいさん。イグレットの奴、今何してんだ?

 いつの間にやら『神罰対象者』に指定されるわ、かと思えば新しくできた神聖教会にジュラスティンも所属する発表があって、結局あいつの捜索はされてねぇわ。

 もちろん、その方が都合がいいってもんだが……いくらなんでも、あれこれ動きすぎじゃねぇか?」


 疑うこともなく信じていた教団の、明らかにおかしな動き。

 教団がレティを指定した際には、過去の行状が暴かれたかと戦々恐々だったが、どうにもそうではなかったらしい。

 では、なぜそうなっているのか。その答えを、トーマスは持っていない。


「んなこと言われても、わしとて今何をしているかはわからんわい。

 まあ、こないだガシュナートの王都に居たことは確かじゃが」

「まってくれ、なんでガシュナートくんだりに行ってんだ?

 つーか、ついこないだまで、バランディアとガシュナート、やりあってたよな?」

「うーむ、それがなぁ。トーマス、気付けにとりあえず一杯やっとけ」


 そう言いながら、ボブがトーマスのグラスに酒を注げば、これは、何か嫌な話が来ると覚悟してトーマスは酒を受け、ぐい、と煽る。

 それを見届けたボブが、おもむろに口を開いた。


「ガシュナートの王都に知り合いの情報屋がおるんじゃがな。

 どうもそいつのところに、王城への侵入経路を聞きに行ったらしい」


 ボブの言葉に、トーマスは言葉を失い、しばし硬直してしまう。

 数秒か、それ以上か。何かに思い至ったトーマスが、声を潜めながらボブへと問いかけた。


「なあ、じいさん。こないだガシュナート国王が急死したよな?」

「ああ、したな」

「その時期と、イグレットがガシュナート王都にいた時期は?」

「流石の勘の良さじゃな、トーマス」


 重々しく頷くボブと、言葉を再び失うトーマス。

 ややあって、がしがしと頭をかきむしりながら天井を仰ぐ。


「ほんっとに何やってんだよあいつ!?

 一体どこのどいつが依頼したってんだ、バランディアかよ、いくら積んだんだよ!

 なのにその後ガシュナートとバランディアが同盟結ぶとか、何が起こってんだ!?」

「その上ジュラスティンとバランディアの同盟もなったしのぉ。

 あやつの行く先では、ほんに予想もせなんだことばかり起こるわい」

「起こりすぎだろ、さすがに!

 うわ~、まだまだ何か起こる気しかしねぇよ!」

「そりゃ起こるじゃろう。ことこうなった以上、何かの形で決着がつかねば、収まらんわい」


 事もなげに言ったボブじいさんの言葉に、トーマスはすぐに言葉を返せなかった。

 無意識に引っかかっていたものが、不意に明確になったような感覚。


「……そういやじいさん、なんでウォルスから出てきたんだ?

 こんな情勢だ、公爵閣下はじいさんを頼りにしてんじゃねぇのか?」


 その問いかけにボブはニヤリとした笑みを見せ、トーマスは背筋を震わせた。

 まるで、巨大な肉食獣が獲物を目の前にしたような笑みに、嫌な予感が正しかったことを痛感する。


「ま、まてまて!? いくらじいさんでも、アマーティアに乗り込むのはまずいだろ!?

 そもそも、勝手がわからねぇだろうが!」

「いや、若い頃に何度も行っとるからのぉ。そりゃぁ街並みも変わっておるじゃろうが、情報だけは入ってきとるしな」


 飄々としたボブの言い草に、トーマスは思わずがしがしと頭をかきむしった。


「くっそ、これだから情報屋ってやつぁ!」

「おぬしもその情報屋じゃろうが」

「そうだけどよ、じいさん程じゃねぇよ、こんちくしょう!」


 やりきれない思いを込めて、思わず声を上げる。

 罵倒のような言葉は、ボブにではなく自分に向けた物。

 自分より一枚も二枚も上手な彼が、死地に向かうことを止められない自分に対しての。


 だが、そんなトーマスの焦燥とは裏腹に、当のボブ本人は気楽そうなものだった。


「そんなに心配せんでも大丈夫じゃよ。これでもそれなりに歳も食った。

 若い頃みたいな無茶はせんよ」

「いや、じいさんの若い頃の無茶って、魔獣を一人で何体か狩ったとかそういう奴だよな?」

「そんな昔のことをよく知っておるのぉ」

「その頃俺は駆け出しだったからなぁ、よっく覚えてるよ!」


 彼が仲間と数人がかりでようやっと退治した魔獣を、たった一人で数体屠ってきたボブの姿は、今でも鮮明に覚えている。

 格が違う、と叩きつけられたのはその時と、後はもう一度きりだ。


「まあそういうことじゃから、心配せんでええわい。

 おぬしはカミさんと娘さんを大事にすることじゃ」

「わかったけどよぉ……絶対帰ってこいよ、まだまだじいさんとは飲み足りねぇんだからな!」


 負け惜しみにも似たトーマスの言葉に、ボブの顔が楽しげにほころぶ。


「もちろんじゃ。おぬしとも、リタともイグレットとも、まだまだ飲み足りんわい」


 その笑みは……その笑みだけは、穏やかな好々爺然としたものだった。

大いなる者は、それ故小さな棘に気付かない。

飲み込まれた小さな棘は静かに巡り、時に消え、やがて静かに流れていく。

それが心の臓に、あるいは脳へと達したときに起こることを、彼は知らない。


次回:一寸の虫にも


それは、刺さるその時までわからない。

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