反省と、それから
夜の闇に朱色を滲ませる暖炉の中で、パチンと木の爆ぜる音がする。
カラリ、乾いた音を立てて薪が崩れるのを見て取ったエリーが、もぞもぞと身体を動かして隣で寝ていたレティを突いた。
「ほら、レティさん、そろそろ薪を足さないと」
「え、もう? ……いいけど……ほんとに、私がするんだね……」
ぼやくように言いながら、レティは一糸纏わぬ姿でベッドから抜け出す。
……暖炉で火を焚いていても流石に寒く、ふるりと身を震わせ、投げ出していた肌着を一枚だけ羽織った。
赤々とした明かりに照らされた姿は、抜けるように白い素肌に朱色の影が纏い付き、どこかこの世の物では無いかのように見える。
儚いのか、底知れないのか。
ともあれ、見ていたエリーには妖艶にしか見えず、目を離すことなどできなかった。
その上、歩く度にひらひら、肌着の裾が揺れる。
薪を取ろうと前屈みになれば、色々と際どいところまで見えてしまう。
そんな光景から目を逸らすことなどエリーに出来るわけもなく、食い入るように見つめていた、が。
「……エリー、さすがにジロジロ見過ぎ」
気配に敏感なレティが、その視線に気付かないわけがない。
エリーに背を向けたまま、薪を片手に呆れたような声で窘める。
気付かれているとは思っていなかったエリーは、びくっと驚いて一度身を竦ませるも、すぐにニヘラ、と緩んだ笑みを見せた。
「だって、レティさん、すっごく綺麗なんですもん。
暖炉の明かりに染まった白い肌……普段とのギャップがまたたまらないです」
「いや、そんな解説をして欲しかったわけじゃないのだけれど……。
まったく、マスターを顎で使った上にジロジロ鑑賞するだなんて、とんだマナ・ドールもいたものだね」
ため息を吐くように言いながら、ひょい、と薪を暖炉にくべる。
もちろん本気でマスターがどうのと思っているわけもなく、エリーもそのことは承知していて、ニコニコとした笑みを浮かべていた。
「あら、味見とか言いながら味見で終わらなかった誰かさんのせいで、ちゃんとご飯作れなかったんですよ?
だったら、これくらいのペナルティはあってしかるべきじゃないですか」
「う……確かにそれは、私が悪かったけども」
笑顔で痛いところを突かれて、流石にレティも反論できない。
味見、と言いながらがっつりとエリーを味わってしまったのだ、むしろこれくらいで済んで幸い、というものだろう。
「けども、じゃありません!
反省してない人は、お布団に入れませんよ?」
「いや、流石にそれは勘弁して、ね、エリー」
「え~、どうしよっかなぁ」
いくつか薪を足した後、ベッドに戻ろうとしたところでの言葉に、珍しくレティが少し慌てた。
対するエリーは、布団を胸元にかき抱いて、少しも譲るつもりがない、ように見える。
とぼけた顔で布団を開けてくれないエリーに、レティはちょいちょいと布団を引っ張って。
「え、ちょっとエリー、入れてってば」
「ふふ、反省しました?」
「反省した、うん。……入れてくれないと、風邪引いちゃうよ」
「仕方ないですねぇ、はいっ」
懇願するような声に、笑いながらエリーが布団を上げた。
その中にいるエリーは、それこそ一糸纏わぬ姿。
暖炉の明かりでぼんやりと照らされたその姿は、妙に鮮明で、扇情的にも見える。
いや、実際レティはそれに煽られてしまって、思わず喉を鳴らしてしまったりするのだが。
「……レティさん? やっぱり反省してないように見えるんですけど」
「いや、反省してる、反省してるから」
そんなレティをジト目で見ながら、エリーが布団をまた閉じようとする。
慌ててレティは布団の中に潜り込み、ふぅ、と一息ついた。
同じ布団に包まれば、どうしたって腕も足も、むき出しの素肌が触れ合ってしまう。
その感触にもまた、安堵のような感覚を覚えて吐息が零れた。
「あ~、やっぱりちょっと、冷えちゃいましたね?」
「……誰のせいだと思ってるの……」
「え~、誰のせいだと思います?」
「くっ……反論してもまた言い負かされそう」
「あはは、ほらほら、こうやって暖めてあげますから」
ぼやくレティに、エリーが抱き着く。
布団で暖まっていた柔らかな体が押し付けられ、確かな熱が感じられた。
……伝わってくるものと、また内側から湧いてくるものと、二つ。
やり過ごすか身を任せるか、思案しながらレティも抱き返す。
「……うん、やっぱりエリーは暖かい」
「それは、ずっとお布団に入ってたことに対する皮肉ですか?」
「違うってわかってていってるよね?」
じゃれあう様に、間近の距離で言葉を交わす。
笑いあいながら視線が絡み合えば、どちらからともなく唇も交わして。
ふふ、と笑い出したのはどちらからか。
ついばむような口づけを、幾度も繰り返す。
「……ねぇ、エリー」
「……だめですよ、明日は早いんだから」
何かをねだるような声に、エリーはそっけない。
そっけない、のだが、その腕はレティを抱きしめて離さない。
繰り返される口づけも、拒まない。
「ほんとにだめ?」
「ほんとに、だめですってばぁ」
問いかけに返す言葉は、少しずつ甘い熱を帯びてくる。
だめ、と言いながら、その視線は誘うようにレティの顔から離れない。
レティももう、それが意味するところがわからない程朴念仁ではなかった。
「じゃあ、もうちょっとだけ、ね?」
「もう、ちょっとだけですよ?」
そう言いながら、エリーはまたレティの唇を受け入れた。
そして、もちろんちょっとで済むはずがなかった。
奇手とは、思いつきでは生まれない。
調べ、深く考え、考え抜いた先にふと生まれるもの。
地道な作業を繰り返したその果てに、不意に訪れるそれは喉に食らいつく刃となるか。
次回:打たれる勝負手
彼は、負ける勝負はしない。




