旅立ちの準備は入念に
翌朝。
レティはいつものように半分覚醒している状態から完全に覚醒し、上半身を起こす。
途端に、傍に近づく気配。
「おはようございます、レティさん!」
そう、エリーである。
「……おはよう、エリー」
いつものように元気なエリーへと、頷き返す。
懐いてくる犬のように身を乗り出しているエリーの体を、どっこいしょと押し返してベッドから降りた。
下着姿のまま、ゆっくりと脚の、腕の、背中の筋肉をストレッチして、調子を確かめていく。
今日も調子はいつもの通りだ。
「もう、言ってくれたら私がストレッチの補助をしますよ?」
「……なんだか、手つきがやだ」
そんな他愛もないことを言い合いながらもストレッチを終えて、服を身に着ける。
ちなみに、すでにエリーはいつものローブ姿だ。
「さ、朝ごはんにしましょう。今日は私も手伝ったんですよ!」
「……料理、できたんだ……」
「そりゃあ、行軍先で料理するのも仕事の一つでしたからね~」
彼女たちが女性型である理由の一つがそれだった。
つまるところ、戦争であっても人間は食事をしなければならない。
本来ならばそれを作る人間も連れていかなければならないところだが、マナ・ドールにそれをさせることで、余計な人員を減らすことができると考えた人間がいたのだ。
そのため、比較的後期に作られたエリーは料理技能を持っている。
ちなみに、もう一つ理由があるにはあるが、エリーいわく。
「私はそっちは断固拒否してましたから、清い体ですよ♪」
という謎アピールをしてきた。
ともあれ、男ばかりの兵士達の三大欲求をコントロールするには、女性型が都合が良かったわけだ。
「そう……じゃあ、旅の間は任せようかな……」
「ええ、もちろん、お任せください!……もうあんな岩みたいなパンは嫌です……」
ぽん、と豊かな胸を叩いて請け負った後、ぽそり、小さくつぶやいた。
レティ自身はそのパンをどうとも思っていなかったのだが。
「レティさんはお料理はしないんですか?」
「……したことは、ない、ね……必要なかったし……」
「……ちゃんと、食べてました?」
「……食べてたよ?」
そう応えるレティへと、エリーは疑いの眼差しを向ける。
女性としては高めの身長、その割には細い体。
腕や足には最低限度の肉しか付いてないのではないかと思わせるほどに、細い。
野営の時も硬いパンと木の実だけで十分そうにしていた。
「レティさんの言う、ちゃんとって……一日三回食べてた、だけじゃないですか?」
「え……三回食べれば十分でしょう……?」
「……何、食べてました?」
「パンと、木の実」
「野営の食事と変わらないじゃないですかぁぁぁ!!
お肉食べましょう、お肉!!」
やっぱりだった! と思わずレティの両肩をがっしと掴む。
あ、やっぱり細い、と痛感する。
「でも、肉は高いし……」
「お金ありますよね、少なくとも今は!」
この時代、農業生産力が向上してきていて、昔ほどには食料事情は悪くない。
それでもまだ食肉は十分には流通しておらず、家畜を飼っている農村に比べて都市部で肉はちょっと贅沢な食べ物の部類だった。
「わかりました、こうなったら……この旅でレティさんを太らせます!」
「……旅の目的として、それはどうなのかな……」
妙な熱意を持ち始めた様子に、困ったように眉を寄せる。
……ただ、言うほど困っていないのも、なんとなく雰囲気から察せられた。
「……ああ、そう言えば、美味しいもの食べるって言ってたね……」
「はい、忙しくてちゃんと食べれてないですしね!」
ボブじいさんが出してくれる食べ物は、もちろん野営の時の食事に比べれば遥かにましだ。
それでも、美味しいごちそう、というほどのものでは当然ない。
「じゃあ……エリーの作ったご飯なら、美味しいかな?」
「……またそういうことを……でも、腕によりをかけましたからね!
ほら、食べに行きましょう」
ぐい、とエリーに腕を引っ張られる。
……いきなり腕を掴まれて、まったく抵抗しない自分に、少し驚く。
そして、そんな自分が、意外と嫌いではなかったりもして。
「わかったから、引っ張らないの……」
抵抗することもなく、エリーとともに一階の食堂へと降りていった。
食事を済ませると、旅の準備の買い物に出かけた。
ウォルスの街は東西を結ぶ街道にあり、流通の要の一つとして栄えている。
この街を治めるタンデラム公爵は宰相に任じられており、その権勢にあやかってか特に商人が多い。
また、大きな街であるため、冒険者ギルドも大きく、冒険者も多数いる。
そのため、旅の道具を買い込むにはうってつけの街だった。
まず初めに寄ったのは、冒険者向けの武器を扱う店。
「この杖なんか良くないですか?」
「ごめん、良し悪しがいまいちわからない……」
店に並んでいる武器、その中でも魔術師用の杖を吟味していく。
旅の中で戦闘になった場合、エリーの能力を見せるのは好ましくない。
見られた相手を全員始末できればいいが、居合わせただけの無関係な人間を巻き込むのはさすがに気が引ける。
ということで、旅の間エリーは魔術師として偽装することにした。
エリーの使う「マナ・ボルト」「マナ・ブラスター」はそれぞれ同名の魔術も存在するため、詠唱の振りさえすれば誤魔化しやすいと考えたからだ。
「デザインもいいんですけど、魔力伝導がいいんですよ。
ここに置いてある中だと、これが一番じゃないかなあ?」
「お、嬢ちゃん、若いのに中々見る目があるじゃねぇか」
「やだ、ご主人ってばお上手なんだから♪」
二人の会話を聞いていた武器屋の主人が声をかけてくると、エリーは明るく応じる。
しばらく二人で杖談義をしていたかと思うと……いつの間にか2割引きで購入していた。
「エリー……恐ろしい子……」
後ろで見ていたレティは、そう呟かざるをえなかった。
その後は野営に必要なものや、旅に必要な雑貨を求めて道具屋へと向かった。
この道具屋はいくつかあるが、一番大きくて品ぞろえの豊富そうな道具屋へと足を向ける。
中に入ると様々な道具が積まれていて、それらの間を縫うようにして歩きながら吟味していった。
「……毛布は二人で一つで良いと思うんですけどぉ」
「あれは、緊急事態だったから……」
何やら妙なところで抵抗されつつも、エリーの分の毛布や水袋、背負い袋などを買いそろえていく。
道のりを考えると、雨を凌ぐための簡単なテントも欲しいところだが。
……自分一人の旅ならこんなことは考えないのに、と不思議な気分になる。
「あ、レティさん、この鍋買いましょう!
これ、使いやすいんですよ、煮るも焼くもできて、背負えば持ち運びも意外と邪魔にならないんです」
そう言いながらレティが指さしたのは、大きめの鉄鍋だった。
円筒型ではなく、緩やかなカーブを描く、深めのラウンドシールドのような形をしていた。
「……いいけど……本当に料理する気なんだ……」
「もちろん!ふふふ、これで絶対に飢えさせませんからね!」
「その情熱は一体……」
やや呆れながらも、エリーが持つのならば大して問題はないだろうと了承する。
その他、木製の深皿と匙といった食器の類、火付け用の魔法石。
保存食としていつものパンと木の実に加え、芋や干し肉なども買わされた。
自分が必要と思うよりも多く買わされたのだが。
意外と、不快な気分ではなかった。
人との縁は名残も生む。
それでも人は人、自分は自分。
歩く道が分かれる時が来た。
次回:そして、旅立ちの朝
いつか、交わる時も来る。




