舌戦と舌禍
「ほう、随分と突拍子もない話ですね」
謁見の間で神官を迎えたリオハルトは、平坦な声で応えた。
この場には、レティはもとより、バトバヤルもナディアもいない。
神官は、リオハルトへの謁見を要求してきた。
つまり、バトバヤルやナディアがいることを把握していない可能性がある。
となれば、彼らがいることなど教えてやる必要はないだろう。
一民間人であるレティはなおのこといる必然性はなかった。
そして、聞かされたよもやの言葉に、苦笑が漏れそうになるのを押さえ込みながら、リオハルトは言葉を続けた。
「そのイグレットなる女性が、『神罰対象者』となる程の大罪を犯したと。
少なくとも我が国内では、そのような話を聞いたことはありませんが」
不思議そうに尋ねるリオハルトへと、神官は尊大な表情と態度を崩さない。
むしろ胸を張り、朗々たる声で答えを返してきた。
「それも致し方ありますまい、何しろ彼奴めの犯した罪は教団の秘儀に触れるもの。
いかな国王陛下といえど、易々と知られていてはむしろ困ります。
そして、だからこそ彼女はすぐにでも捕らえねばならぬのです」
どこかリオハルトを見下すような顔で得意げに言い切った彼を、リオハルトは随分と呆れたような目で見ていた。
ふぅ、と小さく吐息をこぼしてから、小さく首を振った。
「話になりませんな」
「……なんですと?」
完全に虚を突かれたらしい神官は、口を半開きにした間の抜けた顔で問い返す。
まさか、そんな反応をされるとは微塵も思っていなかったらしい。
彼ら神官の対人交渉のお粗末さは知っていたが、まさかここまでとはと呆れながら、リオハルトは言葉を重ねた。
「話にならないと言ったのですよ。
古来より『神罰対象者』の指定は、悪逆なる為政者や強欲なる商人、悪名高い犯罪者に対して行われてきました。
それは、俗世の法や秩序では対処しきれない存在へ、教団という俗世を超越した権力が介入する、言わば救済措置。
広く世間のために振るわれる最後の手段でした。
だというのに、どんな罪かも話せぬ教団内部のことに使うなど、権力を私するにも程がある。
『神罰対象者』も、随分と俗っぽい使われ方をされるようになったものですね」
最後に向けた視線に含まれていた蔑みの色に、神官は敏感に反応し激高する。
「な、何を言いますか!
これには深遠なる神の思慮があってのこと、それに対してそのような不敬な物言いなど!」
神官の剣幕に、しかしリオハルトは涼しい顔だ。
この程度で、などと随分安く見られたものだ、とリオハルトは思ってしまう。
「不敬なのはそちらの方でしょう。
慎重に振るわれるべき神の裁きを、そんな軽々に扱うなど。
あなた方こそ、神の威光を軽んじた不敬な行いをしていませんか?」
言葉とともに、静かに視線を向ける。
睨むだとかそんな強さはない。それなのに、反論の言葉が出てこない程の圧迫感。
渇く喉に、思わず神官は唾を飲み込む。
ここまでの威、あるいは彼の王を前にした時かそれ以上。
などと思い至ったことに自身で気がついて慌てて首を振り、そんな考えを打ち払う。
それこそ不敬ではないか、と主への忠誠心を奮い起こす。
「神を軽んじるなどと、なんと失敬な!
あなたのその物言い、教団の決定への、つまりは神のご意思への反逆と見なされますぞ!」
びし、と音がする程にリオハルトへと指を突きつけた彼は、得意げな顔を取り戻していた。
そうだ、そもそも彼にはこの切り札があったのだ。
こう言われて膝を屈しなかった者など、例え王であっても居はしない。
今までは、そうだったのだ。
「至極当然の指摘を神への反逆と取るなど、片腹痛い。
我らが神は、そのように不寛容なお方ではありますまいに。
それとも、あなたにとって神とは、理を軽んじ無理を通すをよしとする存在だと?」
とても不思議そうに。
なんの他意も無く、ただ不思議そうに問われて、目を見張った。
反論されるなど予想もできず、そしてそれに対する言葉も持ち合わせていない。
何か足下が崩されてしまったような感覚に、彼の思考は停止してしまったのか、言葉は返ってこなかった。
「ふむ、ここまでのようですね。
そちらがイグレットなる女性を『神罰対象者』として指定したことは認識しました。
ですが、その決定には疑問が残る。それがこちらの立場になります」
淡々としたリオハルトの言葉に、神官の顔が歪む。
それは怒りなのか、恐怖なのか、あるいはその両方か。
高ぶった感情のまま、彼は叫んだ。
「そっ、そのようなことをおっしゃって、よろしいのですな!
であれば、このバランディアにも神罰が下りましょうぞ!」
「おや、神罰が。少なくとも今この瞬間に、私は何も下されていないようですが」
彼の脅し文句は、どうにも一々リオハルトには響かない。
それがまた神官の焦りを生み、感情を煽っていく。
「遠からず下されましょう!
ガシュナートを見ているがよろしい、神に逆らった者の末路として!
そして、その次はバランディアです!」
高ぶった結果、つい、口走ってしまったことだったろう。
だがそれを聞いたリオハルトは、少しばかり目を細めた。
まるで、補足した獲物を逃がすまいとする肉食獣のように。
「ほう。つまりガシュナートに何かが起こり、それはつまり教団によるものだと」
「そうですとも、その神罰の恐ろしさに震えるがいいでしょう!」
得意げに言い放った、つもりだったのだろう。
だがどうにもその姿には、虚勢しか感じられない。
それが若干哀れでもあるが、同情してやるほど、リオハルトは優しくなかった。
「なるほど。書記官、今の発言をしかと記録しておくように」
謁見の間、その隅に控えていた書記官へとそう告げる。
その発言の意味を、神官は理解できていなかった。
無知が罪だとすれば、その罪で振るわれた牙もまた罪なのだろう。
罪には罰を、牙には牙を。
振るってきたものは、やがて自分へと返りくる。
次回:反抗計画
抗う相手は、神かそれとも。




