発つ鳥は跡を濁さない
それぞれに仲間たちを送ったその翌日から、彼女達は動き出した。
ボブじいさんはエリーのギルドカード発行を働きかけ。
その間に、レティとエリーは近隣の街を二人で巡り、無事だった元メンバーへと退職金を渡していった。
突然のあぶく銭に喜ぶ者、ギルド崩壊の顛末に怒りを露わにする者…それぞれの反応。
いずれにせよ、レティ、というかゴーストに対して直接的に何かしようとする度胸のある者はおらず。
ひとまずは無事に渡し歩くことができていた。
ちなみにリタは、就職活動のためにボブ爺さんに斡旋された貴族の元へ何度か赴いていた。
そして。
「じゃ~ん♪ どうですか、私のギルドカードですよ、ギルドカード♪」
ずずぃっと、発行されたばかりのカードを突きつけるようにしながら、喜色満面のエリーが迎えた。
その勢いに押されるようにややのけ反りながらも、こくん、と頷いてみせて。
「そう、おめでとう、でいいのかな……?」
「いいんです! 何しろこれで、やっと……レティさんと旅に出られるんですから! レティさんと!」
大事なことなので二回言いながら。力強くエリーは頷いてみせた。
その勢いに、レティは視線をあちらこちらにさまよわせる。
どうにも、視線を合わせるのがくすぐったい。
「はは、すっかり懐かれとるのお、イグレット。
どうじゃ、今日も無事に終わったか?」
「ボブじいさん……その、からかわないで……。
ん、無事に終わった、よ。
これで東の方は大体終わった、かな……」
笑いながら出てきたボブじいさんへと、困ったように眉を寄せた顔を見せながらレティは返答する。
それから、ふと何かに気が付いたように真顔になり、ボブじいさんへと向き直る。
「ありがとう、ボブじいさん。
おかげで、エリーにカードが発行できた」
「なんじゃ、今更改まって。これくらいお安い御用じゃよ」
深々と頭を下げるレティへと、じいさんは笑いながら手を振った。
顔を上げたレティは、ゆっくりと首を横に振って。
「ううん、ちゃんと、言いたかった。
その、私はエリーのマスターなんだし」
「そうか……それなら、礼を受け取っておこう。
何というか、変わったのぉ、イグレット」
時折考えるように言葉に詰まり、視線をあちこちにさまよわせながら。
自分が言いたかった言葉を探し出し、伝える。
そんな様子を見せたレティを、じいさんは目を細めて眺めた。
「レティさん……私のために、そんなことを!」
「……エリー、そんな大したことしてないから……」
感極まったような声を上げると、エリーはレティに抱き着く。
困ったような顔になりながらも、レティは抱き着かれるままだ。
「そんなこと、あります、私のために。私のために! 私のために!!」
「……お酒がまだ残ってるとか、ないよね……?」
昨日もリタに付き合わされてお酒を飲んでいた。
アルコールの分解能力はそれなりにあるらしく、朝にはケロッとしたものだったが……このハイテンションはどうなのだろう。
「ほれほれ、こんなところでじゃれあっとらんで、まずは部屋に行かんかい」
「そうだね……ほら、エリー」
「はぁい……あ、荷物お持ちします、レティさん♪」
ぱんぱんと大きな音を立ててじいさんが手を叩くと、こくんとレティがうなずく。
エリーもしぶしぶ離れるが、すぐにレティの傍に寄る。
レティが背負っていた荷物を片手で軽々と持つと、店の二階に間借りしている部屋へと向かった。
そんな二人を見送ったボブじいさんは、カウンターに肘を付きながら目を細める。
「……イグレットにとっては、良い機会じゃったかも知れんなぁ……」
感情のない機械のようだった少女が、エリーに振り回されることで随分印象が変わった。
そのことに、驚きと微笑ましさと……少しばかり、苦い物を感じる。
「あいつをああいう風にしとったのは、わしらのせいでもあるんじゃろうのぉ……」
ボブじいさんがギルドに組み込まれた時には、すでに彼女は道具として完成していた。
そのことに思うところはあったが、年は食っていても新参者、外様の彼には何かを言うことができなかった。…というのが言い訳だとはわかっている。
こうして二人の旅立ちのために協力しているのは、罪滅ぼしのつもりも多少はあった。
「あいつのことじゃから、そんなことは気にしとらんのじゃろうが……いや、じゃからこそ尚更、か」
だからこそ。彼女にとってこの旅が良いものであるようにと、祈らざるを得なかった。
「さあレティさん、準備です、早速出発の!」
「……エリー、落ち着いて」
そう言われると、すとん、とエリーはベッドに座り、待ちの姿勢。
わくわく、じぃ、と見つめてくる視線の圧力にたじろぎそうになり、こほんと一つ咳払い。
「今日はもう遅いから、休もう。
準備は明日ゆっくりやって、出発は明後日。
……そんな顔しないの……」
告げられた言葉に、覿面に悲しそうになる。
どうしたものか、と思案した時にふと思いついて。
「ほら、ね……?」
そう言いながら、エリーの頭を撫でた。
リタが自分の頭を撫でた時のエリーの様子から、ふと思いついたのだが。
……どうやら、効果的だったようだ。
「も、もう、しょうがないですね、レティさんも疲れてるでしょうし、今日はもう寝ましょう!」
「……う、うん」
こんなに簡単で、大丈夫なんだろうか。
宥めておきながら、そんな心配をしてしまうレティだった。
いつも、一人で旅をしていた。旅、ではなく移動だったかも知れない。
二人で、旅をする。準備すら勝手が違うものかと改めて思う。
次回:旅立ちの準備は入念に
それは、決して不快ではなく。




