乾く生命
「見ろよ! 前進したって無駄死にだ、あいつらを突破なんてできっこねぇだろ!」
一人の騎士が、戦場を指さす。
その先では、前進しては次々と打ち倒されていく、友軍の兵士達。
いや、彼らを友軍といっていいのか、それも怪しいところだが。
複数の国から出された兵士達による連合軍は、質も士気もばらつきがある。
この騎士の軍は練度が高く、だからこそ、士気が低い。
ある意味残念なことに、この戦闘の意義を見いだせない程度には戦況が把握できる者が、それなりの数いるのだ。
その彼らから教えられ、さらに士気の低下は蔓延していく。
一度撤退してから立て直すべき、という意見で固まったところに督戦隊がやって来ても、そう簡単に持ち直せるものではない。
だがそう聞いて、はいそうですかと引き下がるような者が督戦隊なぞやっているわけもなかった。
「貴殿の意見は聞いていない。主は前へ進み戦えとおっしゃっておられる。
それに逆らう者は背教者である」
「それこそ聞いてねぇっての、主のお言葉なんてどうやって聞いてんだよ!」
「教皇様のお言葉はすなわち主のお言葉である。
教皇様は、前へ進め、さすれば勝利は我らのものであるとおっしゃられた。
よって、我々は前へ進み勝利するのみである」
「あれを見て、まだそんなこと言えんのか!?」
また一人、兵士が打ち倒された。
先ほどから突出した部隊は瞬く間に数を減らし、いまや半数以上が打ち倒されている。
だというのに、誰一人引こうとしない。ひるみもしない。
一歩、また一歩、とものも言わずひたすら突き進むのみ。
その光景は、改めて見て寒気が、あるいは吐き気がするものだった。
「言える。あんな攻撃が、いつまでも続くわけがない。
我らは前へ進み、友軍の盾となり、屍を踏み越えて前進するのみである」
「そりゃま、あんな攻撃を維持しようってんなら相当だが……だったら、お前らこそ先にいけよ!」
「我らの役目は、信徒達が正しく前へ進み、正しく戦うよう見守ることである。
ゆえに、我らが戦場へ赴くは最後の手段である」
「結局そうなるってのか、うらやましくて反吐が出るぜ」
淡々とした督戦隊の男の言葉に、騎士は吐き捨てた。
もちろん皮肉なのだが、通じたのか通じていないのか、その表情からは判断がつきにくい。
何しろ、先ほどからこれっぽっちも表情が動いていないのだから。
「うらやましいのならば、戦功をあげ、教皇様にお褒めの言葉をいただくがいい」
「本気で言ってんだったら大したもんだぜ、ほんとによ」
やはり、通じていなかった。それどころか、これである。
騎士の彼がため息を吐くのも、致し方のないところだった。
「私は常に本気であり、真剣である。なぜならば、主と教皇様がそうお望みだからだ」
「……へぇへぇ、お流石なこって」
この男相手に会話は通じない、そのことがこの僅かなやり取りだけで痛烈にわかってしまった。
であれば、自分は何をすべきか。
目の前の男を斬り捨てる、それができれば一番楽だが、残念ながら、彼一人を殺したところで状況は変わらない。
督戦隊の人間はまだまだ、同じような顔をして何人も控えているのだから。
ある考えに至り、男はまたため息を吐いた。
「んじゃぁ、俺らもあいつらにならって突撃すればいいんだな?」
「無論。さすれば勝利に間違いはない」
「そうかい、そうだといいんだがね」
微塵も疑っていない男と、まるっきり信じていない騎士。
元より会話が成立するはずもなかった、それだけのことだ。
そして、それがわかるまでの間に、突出した部隊はほぼ全滅と言って良い打撃を受けている。
この男の目についている目玉はガラス玉か何かだろうかとすら思うが、それを口に出したところで何が変わるわけでもない、ということもわかってしまった。
であれば、彼がやるべきこと、できることなど限られている。
「わかったよ、そこまで言うってんなら、やってやろうじゃねぇか」
「当然です。さすれば神のご加護がありましょう」
そんなものが果たしてあるだろうか、と言いたいところを飲み込みながら、騎士は背中を向け、部下たちを指揮するために自陣へと戻っていった。
「……一段落ついた、と思ったらまたですか……」
最初に突出してきた部隊をあらかた打倒して一息ついていたエリーは、またさらに出て来た部隊を見て、うんざりとした顔になる。
手早く焼き菓子ひとかけらを水で流し込み、虚空炉へと送り込んで魔力を再充填。
射程距離に入ってくるまで待ち受ける。
「……何かおかしいような」
「……ですね、なんで騎士が歩兵置いて先行してるんでしょう」
ジェニーの疑問に、振り返ることなく疑問で返す。
今回のように強力な魔術師の射程へと入るのであれば、歩兵を盾替わりに前へ押し出すか、騎兵のみで一気に駆け抜けるかどちからが多いのだが、相手の取っている移動は、どうにも中途半端なものだ。
「おまけに、先頭の人、多分上級騎士ですよ? 何を考えているんでしょう」
まだ距離が遠くてよく見えないが、着ている鎧や兜の飾りからすれば、恐らくそうだろう。
そんな、指揮官にも見える上級騎士が先頭など、自殺行為も甚だしい。
「ヤケになったとか」
「まさかそんな……あ、でも」
明らかにおかしな突撃のさせかた、掲げていたアマーティア教団の旗。
それらが『もしかして』という疑念を呼ぶ。
「教団の人が口出ししてきて、意に沿わない戦い方をさせられてる可能性は、ありますね」
「なぜそんな戦い方が採用されるのか理解できない」
「それがまあ、人間の合理的でない部分の、悪い面と言いますか……」
言葉を選びながら、そろそろ射程距離に入る、と見て先頭の騎士に集中する。
……もはや、彼一人が突出しているような状況だ。
「まさか」
エリーがつぶやいたのと同時に、彼が兜のバイザーを跳ね上げた。
何かを諦めたような笑顔、右手で自身の胸を二回叩く仕草。
それを見たエリーが一瞬で何かを悟り、ぐ、と唇を噛み締める。
一瞬、躊躇して。
「マナ・ボルト」
一発だけ放たれた光弾が、彼の胸板を貫いた。
にやりと顔を歪ませた彼が馬上から落ちると、それが合図だったかのように、彼が率いていた部隊が途端に散り散りになっていく。
「え、何、どういうこと」
「おそらく、ですけど……彼、本当に死にに来たみたいです。
指揮官が討たれて、部隊が潰走したっていう言い訳づくりのために」
「つまり、味方を逃がすために?」
「ええ。……人間って、合理的で理不尽なところあるんですよ」
「……ますます、よくわからない」
散っていく彼らを追いかけることもなく、エリーとジェニーは複雑な表情でそれを見送った。
「おや、情けない。やはり不信心者の軍勢など、このようなものか」
あっという間に蹴散らされた様子を見ていた督戦隊の指揮官は、嘲るようにつぶやいた。
鎧袖一触、ものの数秒で全員が臆病風に吹かれて逃げ出したようにしか、彼には見えない。
そう、見えないことまで計算に入れて彼が散ったことなど、気づきもせずに。
「では我々が本当の戦いというものを見せてあげましょう」
そして、彼らの部隊が前進を始める。
彼は、敬虔な信徒だった。
特に、南部においてアマーティア教団の暗躍にいくつも絡み、そのたびに『神託』の、奇跡としか言いようのない正確さに触れて、心酔しきっていた。
教皇の言うことに間違いはない。
言われるままに行えば、必ず成功する。
そんな成功体験ばかり積んでいた。
だから、『神託』を疑うことも、細かな内容を確認することもしていない。
わずかでも聞いていれば、この状況がすでに『神託』の内容から大きくずれていることに気が付いただろう。
彼は、敬虔な信徒だった。
率いた部隊もろとも、ジェニーの放つ光に飲み込まれたその瞬間までも。
人は、己の目でしか物が見えない。
己の耳でしか聞こえない。
人が生まれてより、距離が妨げでなかった試しなどない。
だからこそ人は、知恵と経験でそれを克服してきた。
次回:秘蔵の飛び道具
もしもそれが、なくなるとしたら。




