信仰と侵攻と
その日も、ただナディアとレティの帰りを待ち、何事もなく過ぎるはずだった。
「……? 城内が、なにやら慌ただしいですね」
最初に気づいたのは、エリーだった。
それにつられて耳を澄ませたジェニーも、しばらくして頷く。
「確かに、人が普段よりばたばた行き交ってる音がする」
二人顔を見合わせ、訝しげな視線を交わした。
停戦交渉のためコルドバにナディアが赴いている現在、何かあればまずナディアと、誰よりレティが帰還しているはずだ。
だが、二人が戻る様子も、帰還を告げる先触れも来ていない。
となれば、北方、バランディアとの国境方面で何かあったのではない。
東西方向は砂漠が多く、人の往来はほとんど無い。であれば。
「南方から、何かあった……?」
つぶやき、エリーは考える。
そういえば、ガシュナートの遠征を支えた物資は南方から来ていたと、ナディアが言っていた。
そして、その物資はアマーティア教主国の手配によるものだ、とも。
「まさか。ジェニー、先日の戦で使われた魔獣、あれも南方から運ばれてきましたか?」
「肯定。南方から、物資とともに送られてきた」
ジェニーの言葉に、背中に冷たいものが走る。
まさか、という思いと、否定する材料がないという考えと。
だが、それらはあくまでも想像に過ぎない。
「ジェニーはここで待機していてください、私、ちょっと確認してきます」
「了解。……行ってらっしゃい、エリーお姉ちゃん」
「はぅっ! い、行ってきます、ジェニー!」
見送るジェニーの言葉に、衝撃と元気をもらいながら、エリーは部屋の外へと出た。
まずは、と手近なところにいた侍女へと話しかけ、何かあったのかと聞く。
「すみません、それが、よくわからないのですが……何やら、早馬が来たとか、どうとか。
ただ、すぐに軍の方々が箝口令を敷かれて」
「なるほど……ありがとうございます、それだけわかれば十分です」
侍女へと礼を言うと、足早にその場を去る。
まずい、どうやら、悪い予想が当たっているようだ。
そんな焦りを押し込めながら、顔見知りの衛士、その上司、騎士、上級騎士へと話を繋いでいく。
……たかだか二週間あまりの間にどうやってそこまで人脈を広げているのか、レティがこの場にいれば驚きとともに突っ込みの一つも入れていただろう。
ともあれ、エリーはたどり着くべき情報へとたどり着けた。
「なるほど、南方から敵軍が」
「ああ、それも歩兵中心の構成ながら、魔獣の類いも多数らしい。
敵に回せばこうも恐ろしいものかと思うよ」
軽口を叩く騎士の、その表情は笑みを作ろうとして失敗している。
先の戦で魔獣の力をよく知っているだけに、そうなるのも無理からぬところだろう。
「あの、魔獣の数はこちらのものより多いのですか?」
「ああ、むしろ勝負にならん。おまけに、こちらの魔獣はナディア殿下がいらっしゃらないと、まともに動かんからな……」
騒動の後、マスターキーの所有者はナディアへと移された。
もちろんエリーの支配権は放棄されているし、今後それが使われることはないだろう。
そしてその際に、魔獣の制御装置がマスターキーの支配下に置かれていることも判明した。
そのことは停戦交渉の場でリオハルトとバトバヤルにも伝えられ、それを前提として戦後処理が話し合われたところもある。
つまり、その支配者であるナディアがこの場にいない今、魔獣が動くかは疑わしい。
「さらに悪いことがあってな」
「これ以上あるんですか?」
実戦へは軍属としての帯同のみ、とはいえ、ある程度戦場がわかっている国王代理ナディアの不在。
頼みの魔獣が戦力として数えられず、軍の再編が完了していない。
思いつくだけでも、最悪と言って良い状況に、この上何が、と首を傾げたエリーに、追い打ちがかけられた。
「……連中、アマーティア教の御旗を掲げているらしい」
「はい? え、まさか、そんなものを持ち出してきたんですか!?」
思わず声を上げてしまうのも無理はない。
宗教的なお墨付きを与えられた、そのことは、エリーにはまるで関係ないが、それと相対する兵士には、あるいはそれを掲げる兵士には、相当な影響があることは想像に難くない。
つまりガシュナート国軍は、開戦前から敗北感を持ちかねない状況にあったのだ。
「ああ、そんな状況だから、軍議もまず、抗戦するか降伏するか、から入ることになるだろうよ」
「その選択肢だと……降伏も視野に入ってますよねぇ……」
大人しく降伏した方が、と思う者がいても不思議ではない。
だが、エリーが見聞きしてきたアマーティア教団のやり口を考えるに、降伏しても無事に終わるわけがない、と断言できる。
であれば、エリーが今できることは。
「あの。すみません、私もその軍議に参加させていただけませんか?」
「うん? あ、いや、そう、だな……確かに、ナディア殿下からは、何かあった場合には君を参加させるように言われてはいた、な」
そう言いながら彼は、エリーの姿を見る。
どう見ても年若いただの少女だ。
だが、この差し迫った状況において、まるで動じた様子がない。
さながら、幾多の修羅場をくぐり抜けた戦士であるかのように。
彼女がジェニーと同じくマナ・ドールであることは聞いているが、なぜか、納得してしまった。
しばし観察していた彼は、ふぅ、と一つ息を吐く。
「わかった、参加できるよう根回しはする。
ナディア殿下からも言われているから、拒否はされんだろう」
「ありがとうございます、きっと、お手を煩わせた分のことはさせていただきますよ」
そう言うとエリーは、にっこりとした微笑みを見せた。
そして軍議は始まったが、予想通りの展開を見せる。
「兵力とこの城壁があれば、ひとまず防ぐことは十分に可能だ!」
「だが、あの御旗があるのだ、いつ内側から崩れたものか、わかったものではない!」
どちらも、それぞれに一理ある。
また、決して宗教熱心ではないガシュナートの民、その兵士が簡単に崩れるかと言われると疑問もある。
あるが、しかし絶対とは言えない。
極めて特異な状況の中、確証など無いままに言葉だけが交わされる。
確証どころか、役に立つ経験則もないこの状況、せめてと縋る王の言葉もない。
そんな中、エリーが発言を求めて手を挙げた。
「あの、ということは皆さん、降伏をしたくはない、というところは一致しているということでよろしいでしょうか。
したくはない、だから防戦する。
したくはない、けれど抵抗する戦力に不安がある、とおっしゃっているように見えますが」
その言葉に、会議室が静まりかえった。
確かに彼女の言う通り、降伏したくはない。
それが共通していることは、間違いなかった。
「ああ、君の言う通りだ。
ろくな宣戦布告もなく、錦の御旗を掲げて攻め込んでくるような連中だ、降伏してもまともな扱いはされんだろう。
であればこそ、抵抗するしかない、と私は考えた」
「まともな扱いをされんだろうというところまでは同感だ。
だが、抵抗が現実的に可能かどうかと言われれば、私は疑問に思う」
「お二人とも、ありがとうございます。
降伏はすべきでない、そのことが共有できたのであれば、後は方法論になりますよね」
エリーはそこで一度言葉を切り、一同を見渡す。
次は何を言い出すのだろう、と身構える彼らの視線を十分に引きつけたところで、言葉を紡いだ。
「アマーティア教の御旗を相手が掲げている以上、正規軍で交戦すれば、教団を、ひいては周辺諸国を敵に回すことになりかねない。
そこもまた、難しいところだと思うのですが、いかがでしょう」
問いかけに、沈鬱な、あるいは苦々しい表情で、いずれも首肯が返された。
それに大して一つうなずき返すと、エリーは満面の笑顔を見せる。
「でしたら、勝手に動いた人形が、勝手に暴れたら、問題ないですよね?」
その言葉に。
今度こそ、その場にいた全員が、絶句した。
照りつける日差しは刺さるよう。
吹き抜ける風の向こう、砂塵を巻き上げ彼らが迫る。
それに対峙する彼女達は、あまりに自然で、普段通りに。
その内側に、凶暴なるものを宿しながら。
次回:姉妹共闘
結果もまた、普段通りに。




