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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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口数手数限りなく

 距離を取ったままレティは、小さく喉を動かし唾を飲み込んだ。

 相手に幻覚を見せる魔術があるとは聞いたことがある。

 だが、それは魔術の中でも高度な部類であり、おいそれと使えるものではない、とも聞く。

 何しろ相手の知覚に干渉するのだ、魔術抵抗を上回り続けなければ維持できない。

 また、明確なイメージを持ち、それを維持する精神力も必要となる。

 結果として、実用に耐えうる幻術を使える魔術師など、数えるほどしかいないはずだ。

 

 それをこの老人は、剣での戦闘の最中、それも背後を取られた危機的な状況で使って見せたのだ。

 どれだけの魔力と精神力を持ち、どれだけ習熟してきたのか、想像もつかない。


「なるほど、面白い手品だね」

「ははは、この程度ではまだまだ。手品の本番はこれからです」


 集中が揺らがないかと言葉で挑発してみるも、涼しい表情で流された。

 外見通りの老獪さに、小さくため息を吐く。

 身体能力では劣るものの、技術だけならカーチス以上、精神面は比べるべくもない。

 そこへきて、この幻術である。

 状況は、想定よりもよろしくない。


「これから、ね……次は鳩でも出してくれるの?」

「なるほど、それは面白い。今度練習しておきましょう」


 にこり、とベルモンドが笑みを見せて。

 刹那、レティは大きく横へと飛んだ。

 振り返れば、一瞬前までレティがいた場所へと、四本の剣が同時に突き出されている。


「いやはや、いい判断ですな。この程度では不意打ちにもならない」

「先に十分驚いているからね……」


 内心の冷や汗を隠しながら、レティは軽口で応じつつ剣を構え直す。

 四人のベルモンドはにこやかに笑いながら、そろった動きで剣を下ろし、レティへと向き直った。

 それを見たレティがぴくり、と一瞬だけ眉を動かし、すぐにいつもの表情へと戻る。

 さて、この考えは合っているのかどうか、確かめるには。


「じゃあ次は、私の番、かな」


 そう宣言して。策も何もなく、まっすぐに四人へと向かって突進する。

 ベルモンド達が怪訝な表情を見せた瞬間、急速な方向転換。

 四人並んだうち、右端のベルモンドへと肉薄する。


「なるほど、考えましたな!」


 並びに対して正面から対峙すれば、四人同時に相手をしなければならない。

 しかし、こうやって側面から接近すれば、一度に相手をするのは一人だけ。

 もちろん一瞬で勝負をつけなければいけない、というハンデはあるが、四人同時よりはよほど目があるだろう。

 

 ただし、四人が同じ動きしかしないのであれば、だが。


 にこやかな笑みを貼り付けたベルモンドの目が、獣のようにギラついた危険な光を宿す。

 次の瞬間。

 レティと対峙したベルモンドの背後から、二体が左右に分かれて飛び出してきた。

 そしてそれぞれが、レティの左足を払い、胴へと突きを入れ、右腕へと切りつける。

 

 ……正確には、一瞬前までレティがいた場所を。


「これはこれは……本当に、驚きましたな……」


 必殺の奇襲を完全にかわされたベルモンドは、今度こそ本気で驚愕の表情を見せていた。

 いや、それでもまだ、ブラフの可能性は残っているが。

 少なくとも、先ほどまでの余裕は感じられない。


「……悪いけど、少しわざとらしすぎた、ね。

 あなたが、そんな不完全な技を、得意げに見せるわけがない」

「なんと? ……ふ、ふふふふ……なるほど、なるほど!!」


 レティの返答に、ベルモンドは虚を突かれたような表情になる。

 それから、しばしの沈黙の後……実に楽しげに……どこか狂気じみたほどに楽しげに、笑い出した。


「まさか、まさかまさか! なるほど、そんな境地がありましたか!!

 相手を強敵と認めて、だからこそこれくらいはしてくるだろうと想定する!

 言わば、敵を信頼するというわけですな!

 よもやそんなものが戦術として効果的でありうるとは……いやはや、この年でも学ぶことはあるものですなぁ!」


 紳士然とした風体、口調はそのままに、語る言葉のみが狂おしい熱を吐き出してくる。

 さすがにこの時ばかりは、四人が四人とも同じ動き。

 なるほど、と思いながらも、油断なくベルモンドを見やりながら、口にするのは軽口のような言葉。


「勉強熱心なことだね。おかげで苦労させられてるのだけれど」

「何、ご心配は要りません。すぐにその苦労も終わります」

「なるほど、あなたを倒したら、この苦労もなくなるね」

「ははっ、本当に愉快なお方だ」


 交わす言葉の軽さに比べて、この場に淀む空気の重さは息も詰まるほど。

 互いに修羅場慣れした二人は意にも介さないが、この場に第三者がいれば、居合わせただけで卒倒しかねない空気。

 それぞれの技量と手はおおよそ見えた。

 であれば、それを踏まえて、いかに決着へと持って行くべきか。


「愉快なのは、多分あなたの方だけれどね。

 手品のできるピエロは、きっと面白がられるよ?」

「いやいや、いつの時代でも悲劇のヒロインは耳目を集めるものですよ?」


 冗談めかした言葉を言いながら、二人の目は笑っていない。いや、五人の目、と言うべきだろうか。

 つまりは、互いに向けた死の宣告。

 底冷えするような殺気が、場を満たしていく。


「墓碑にはなんと刻めばよろしいですかな?」

「その気遣いは無用だよ。必要ないもの」


 その言葉に続けて、彼の名は聞くまでもない、と言いかけて口をつぐむ。

 万が一この場に密偵の類いでもいれば、ナディアとの関係が疑われるかも知れない。

 それに気づいて敢えて無視しているのか、そうでないのか。

 伺うこともできない相変わらずの表情で、ベルモンドは一つうなずいて見せた。


「なるほど、そこまで言われるのならば、結構。

 せめて、あなたとの戦いを歌った詩でも刻んで差し上げましょう!」

「勉強家な上に詩人ときたか……多才なものだね、魔族も」


 このタイミングで、放り込む。

 今更ではあったが、それでも、ベルモンドの眉はぴくんと跳ねる。


「もちろん、時間だけは有り余っておりますからな、詩の一つも練る時間もありましょう」

「世知辛い人間からすれば、随分とうらやましいことだけれど、ね」


 もちろん、うらやましいなどとは欠片も思っていないのだけれど。

 挑発合戦の末に、見えたものもあり、決まった覚悟もある。


 であれば後は、決着をつけるのみ。


「その世知辛さから、是非とも解放して差し上げましょう」

「お断り。これはこれで、楽しんでいるから」


 そう。辛いこともある。苦しいこともある。悲しいこともあった。

 それでも、生きていくと決めたのだから。


 覚悟を決めて。

 レティは、また間合いを詰めた。 

夜の闇の中、二人の影が踊る。

丁々発止と口で、剣でやり合いながら、さながら舞踏のように。

目くるめくような時間は、しかし永遠ではなく。

僅かな差が、決定的なものを生み出してしまう。


次回:見える影、見えない技


いざ、決着の時。

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