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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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剣呑武闘

 キン、と冷たい金属の音が響く。

 一瞬で間合いを詰めたレティの突きが、老人……ベルモンドの抜き放った長剣に止められた。

 即座に離れたレティへと向かって横払いの一撃が向けられるが、空しく空を斬る。


 一瞬の攻防に、老人は実に満足そうだ。


「いやはや、さすがカーチスをも打ち倒したお方、実に素晴らしい動きだ」

「あなたに言われるのはどうにも複雑なのだけれど」


 対するレティは、ふぅ、とため息を吐く。

 今までドミニクとカーチス以外には止められたことのない最速の突きが、またしても止められた。

 それ自体は予想の範囲内だが、それだけに気が重い。

 つまりは、予想通りの強敵、ということだ。


 気の重さとは裏腹に、軽やかなステップで一度距離を取る。

 ベルモンドが手にしているのは、やや細身の長剣。

 どちらかと言えば刺突向きだが、斬撃でも十分な殺傷力があるように見える。

 構え方は、こちらに正対し、剣をぶらりと下げた無手勝流、だろうか。

 だが先程の防御は、カーチスのような粗雑さのない洗練されたものだった。

 見た目通りに、随分場数を踏んでいる。

 そして、身体能力は見た目通りではなく。


 そう考えを巡らしていた時に。

 老人が、にこりと笑った。


 次の瞬間、また響く、金属音。

 今度は、ベルモンドの突きをレティが小剣で捌いた。

 老人が剣を引くのに合わせて攻め込もうとするも、とん、と軽い跳躍で距離を取られる。


「……さっきのあなたの言葉、そっくりそのままあなたにお返しする」

「いやはや、恐縮ですな。それこそ、私も複雑なのですが」


 低く下げた剣が唐突に跳ね上がり、一気に喉元へと迫ったところを小剣で払った、という攻防。

 速さだけならば相手の方に分があるだろうか。

 今見せた動きは直線的だった。

 だが、この老獪な人物が、そのままだとも思えない。


 つまりは、最大限に警戒して臨むしかないのだ。


 覚悟を決めたところで、レティは一つだけ問いを発した。


「少し気になったのだけど、カーチスと剣を交わしたことは?」

「もちろんございますよ、一度だけですが。

 あの剣は、実に荒々しく私好みでした。

 あれを二度と味わえないのは残念ですが」


 にこやかな笑顔で、そう答えるベルモンド。

 なるほど、彼の剣を楽しむくらいはやってのけるのか、とそう脳裏に刻み込む。


「そして、少なくともあなたは負けなかった、と。

 もし負けてたら、ここにいないだろうしね」

「でしょうな、食らえば最後、私とて命はありますまい」


 さて、それは本当かどうか。

 どうにも彼の本音は読めない。

 そして、その本音を探るつもりもない。恐らく無駄だからだ。


「食らわなかったから言える台詞だね」

「潜り抜けた者として、それくらいは言っても構わないでしょう?」

「なるほど、それも道理だ」


 互いにあの剣を潜り抜けた者同士、視線を交わして。

 だからこそ、互いが容易ならざる相手と認識して。


 また、間合いを詰めた。


 そして、剣が交わる、その瞬間。

 レティの姿が、ベルモンドの視界から消えた。

 途端、ベルモンドは先程までレティがいた空間へと飛び込み、前転。

 くるりと身体を翻して、大きく距離を取った。


 さすがに、そこまでされてはレティの剣も届かない。

 油断なく構えなおしたまま、レティは小さくため息を吐いた。


「また、随分と大胆だね」

「ははっ、生き汚い老人ですからな、生き延びる術は色々と知っているものなのですよ。

 例えば、消えたように移動されたのならば、元居た場所こそが一番の安全地帯、だとかね」

「なるほど、道理は道理。

 今度から活用させてもらおう」

「ええ、どうぞどうぞ。次があれば、ですが」


 互いに軽口を応酬させながら、また距離を測る。

 ベルモンドの長剣の方が長く、間合いはレティ不利。

 もっとも、そんな状況の訓練は幾度もしてきたのだ、それこそ、この世で一番と認める師匠相手に。

 大口を叩いた手前、ドミニク以外に不覚を取るわけにもいかない、と自身に言い聞かせながら、ベルモンドと三度対峙する。


 ここまでは互いに探り合い。どちらも本気では全くない。

 おおよそ、相手の技量も見えてきた。

 動き、判断力、いずれを取っても油断ならざる相手。

 気を抜けば恐らく一瞬で狩られてしまうだろう。


 となれば。


「もちろん、次もあるに決まってる。そう、決めたもの」


 そしてまた、間合いを詰めた。

 今度は、一気に間合いを詰めて……しかし、今度は左、相手から見れば右、剣を持つ側へと敢えて動く。

 二度目とあって目が慣れたか、今度は反応された。

 救い上げるような一撃を受け止めずに受け流せば、リィンと鈴が鳴るような音。

 天井へと向けて一撃を流し、間合いを詰めて……しかし、即座に剣が振り下ろされ、それをまた流れてかわし。

 また跳ね上がった剣を、今度は受け取めて、その勢いを利用して飛び、距離を取る。


 互いに、息はまるで乱れていない。


「うん、大体わかった」

「おやおや、随分と自信ありげなことで」


 そう言いながら、今度はベルモンドが距離を詰めてきた。

 相手の間合いになってしまえば、下げられた剣先はどうにも見にくい。

 しかし、レティはベルモンドの剣を見ていなかった。


 間合い、呼吸、体幹の動き……それらが見せる、攻撃の意図。

 一撃目はフェイント、掬い上げるような動きから肩に担ぎ、タイミングをずらしてからの斜めの斬り下ろし。

 それらは目にもとまらぬ速さだというのに、まるで予測していたかのように身体が動き、斬り下ろしを受け止める。

 その勢いを利用して、今度は前へ、相手の懐へと踏み込んで。

 横薙ぎの一撃を、入れようと見せて、右へと流れる。

 

 それを防ごうと立てられたベルモンドの剣の側面に沿わせるようにしながらの、突き。

 反応され、逸らされはしたが……浅く、彼の左肩を捉えた。


 防御に間に合わなかった長剣が倒れ、お返しとばかりに突きが放たれるも、それを引き戻した小剣で横へと逸らし、さらにステップを踏む。

 ベルモンドの背後を取った、と思った瞬間。

 ゆらり、ベルモンドの姿が揺れた。


 何かまずい、と直感的に感じて、ぱっと飛び退る。


 そんなレティの反応に、ベルモンドはくっくっく、と喉を鳴らした。


「やれやれ、本当に素晴らしい腕をお持ちだ。

 まさか、気付かれるとは思いませんでした」

「……なるほど、それがあなたの本気」


 軽口で応じながら、レティの背中に冷たいものが走る。

 距離を取って観察したベルモンドの身体は、ブレていた。錯覚でもなんでもなく。

 そして、ブレた身体が、片方は左、片方は右へと踏み出す。

 つまり。

 彼は、分身していた。


「さっき、剣士と自称していたように思うのだけど」

「もちろん、剣士ですとも。攻撃手段は剣だけですからね」

「なるほど……微妙に、否定も肯定もしがたいところだね……」


 事実上の1対2。もちろん片方の剣は本物ではないが、どちらが本物か見分けられなければ、ほとんど意味は変わるまい。

 さてどうしたものか、と平然とした顔の裏で思案していると、ベルモンドがさらに顔を歪ませる。


「そして、これで終わりではないのですよ」


 言葉と共に、左右に分かれた二体が、先程と同じ動きを見せた。

 つまり、左右にそれぞれ踏み出し分かれる。それが、二組同時に。

 

 そして。

 レティの目の前に、四体のベルモンドが出現した。

先を読み、描き、実現する。それこそが肝要なのだと師は言った。

読むために、描くために。敵を知らねば話にならぬ。

そして数える己の手数と打開策。

それが次への布石となる。


次回:口数手数限りなく


敵を知り、己を知れば。

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