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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
1章:暗殺少女は夢をみるか
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『仕事』の終わり

「奴が出立してから九日、そろそろ遺跡の最深部に着いたころ、か?」


 彼の頭を悩ませる跡取り息子が出立してから、常にふわふわとした現実味のない不安のような、足のつかない感情の中にいた。

 それを表に出すことなく普段の業務を遂行する辺り、彼も優秀な人物ではあるのだが。

 流石に神経は疲れ、夜になれば自室で深酒に浸る日々になっていた。


「本当に、大丈夫なんだろうな? ……いや、信じるしかないか……」


 ランプ一つに照らされた薄暗い部屋の中、幾度か首を振る。

 親しくしている、某伯爵家の家令から教えてもらった情報。

 それを信じるならば、十分成功の目はあるはずだ。

 如何に奴が人間離れしていようとも。


 人間離れしているのならば、人間離れしたモノで始末すればいい。

 そう心に決めた日から、彼の暗躍は始まった。


「これでいいんだ、これでジェラール様が跡取りになれば、エンドルク公爵家は安泰……それがあるべき姿なんだ……」


 家令。執事やメイド達を取りまとめ、雑務はもちろん事務も取り仕切る、貴族の家の裏の支配者。

 エンドルク家の家令を父に持つ彼は執事として仕え、いずれは次期家令となるべく修行をしていた。


 その日々の中で、彼は特に次男のジェラールと懇意になった。

 ……というよりも、カーチスがあまりに、取り入るには危険な男だったためにジェラールに取り入った、というのが正しいのだが。

 ともあれ、ジェラールは彼と親しくしている。とても素直で、優しい子だ。

 そう、彼の言うことであれば何でも疑いなく信じるほどに。


「ジェラール様から旦那様にお願いさせれば、大抵のことは何とでもなる……。

 このまま上手くいけば、あいつがいなくなって、ジェラール様が当主、そうすれば俺の時代が、来る」


 グラスを持つ手を震わせながら、自分自身に言い聞かせるように。

 今回の依頼も、ジェラールに様々なことを吹き込み、公爵へと嘆願するよう唆した結果報酬を調達できた。

 そして。


「大丈夫だ、ここまで仕込んだんだ、上手く、やれる……」


 すでに一番の障害であるグレッグはいない。後は彼女を支配下におくだけだ。

 そう嘯くと、グラスを煽った。


 ことん。


 窓を閉め切った部屋、テーブルに置いたグラスの音がやけに響く。


「……こんばんは」

「は?

 ……な、何?! 誰だ?!」


 唐突に聞こえる、静かな声。

 慌てて周囲を見回すと、窓辺に黒い人影。

 差し込む月の青い光を吸収するような黒い服、長い黒髪。

 薄闇に隠れたその表情は、読めない。


「……暗殺ギルドから。依頼の達成報告と、後金の請求に」


 小さな声でそうささやくと、何かを放った。

 狙いたがわずテーブルに落ちると、つぅ……と滑って男の目の前に流れていく。


「これは……聖印か、カーチス様の……ということは……」

「ええ、依頼は達成した。それは、その証拠に指定されたもの」


 その言葉に、震える指を聖印へと伸ばす。

 恐る恐る指先でつつき、ゆっくりと指をかけて、感触を確かめる。

 手に取り、表を見、裏を返し……幾度も幾度も、その証拠を食い入るように見つめ。


「ははっ、ははははははは!!!

 やった、やったぞ! ついにやったんだ!」

「うるさい。

 確認できたのなら、後金を」


 快哉を叫んだところに、冷たい声が水を差す。

 興が削がれたのか不機嫌そうな顔になると、しっしっと手を振った。


「馬鹿を言うな、詳しくはハンスに確認しろ」

「ふぅん……なぜ、ハンスなの?」

「は?」


 予想外の反応に、動きが止まる。

 この女は何を言っているんだ? とばかりにその顔を凝視していると。


「うちのギルドマスターはグレッグ。それは知っているはずなのに、なぜ、ハンス?」

「は!? いや、ちょ、ちょっと待て、お前は何を言っている!?

 お前は……お前は、ゴーストじゃないのか!?」

「ああ、そんなことまでしゃべったの、あいつは」


 おかしい、ハンスとの打ち合わせとまるで違う。


「お前は、あいつの言いなりになってるはずじゃ!」

「……そんな旨い話があると思う?」


 小さなため息に、理解してはいけないことを理解して、冷や汗が噴き出す。

 まさか。まさか。まさか。


「……ハンスだけじゃあんなことはしないと思って探って、ね……。

 目星がついて、最後の確認に来たら、これだもの」


 カタカタと小刻みに震える音がする。

 彼は、自身が震えていることに、いまだ気づけていなかった。


「どこで知り合ったのかは知らないし、知るつもりもないけど……。

 あなたはハンスを、ハンスはあなたを利用した。

 それぞれに邪魔な者を排除するために……おあつらえ向きの依頼を用意して」


 ゴロツキを集め、それぞれに各地のアジトへ向かわせる。

 数日で準備できるようなことではなかったはずだ。

 依頼があってから慌てて準備したのでは遅すぎる。


 つまりは、前々から仕組まれたことだった。

 とはいえ、時間は十分ではなく、仕込みにほつれもあったのだが。


「ち、違う、私は、あいつに騙されてっ」

「うん、それは嘘。

 ……ああ、これは聞いてないの……私に嘘は通じないって」


 淡々と告げられる言葉に、愕然とする。

 言い逃れはできない。そう、宣言された。


「グレッグが殺された直後、あなたがギルドを訪れて、ハンスと何か話していたのはわかってる。

 大方、後金を山分けして着服したんじゃない?

 ……沈黙は、肯定とみなすけど」


 答えられるわけがない。

 視線が、泳ぐ。その視線を追った彼女が、小さく何かを呟いた。

 しばらく、彼女の声にならない声だけが響いて。


「ミスリル銀の反応を確認。……あの柱の中に隠してるんだね」

「なっ、そんなことまで?!」


 もはや何度目かもわからない驚愕。

 完全に、丸裸にされた。

……凍てつく真冬の夜風が吹き付けてきたかのような、悪寒がする。


「さ、確認は終了。

 ……回収の、時間だよ。依頼の達成報酬と……裏切りの代価との」


 最早言葉を発することもできない彼の目の前で、鈍く光る煤けた短剣が抜かれた。




 翌朝、エンドルク家の執事が自室で刺殺されているのが発見される。

 窓も扉も閉まっている完全な密室。

 その傍に置かれた、血に汚れた聖印。


 全てを察した公爵は、その事件を隠蔽した。

あまりにも多くのものが失われた。

それでも、残された者は立ち止まれない。

明日は来るし、腹は減るのだから。


次回:それぞれの、それから


生きていかねば、ならぬのだから。

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