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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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決意の夜

 エリーの元から『跳び』去り、一度来たことのある路地裏へと瞬間移動したレティもまた、その場に崩れ落ちた。

 会えたこと、なんとかなるとわかったこと、それでも、今はどうしようもないこと。

 それらが今更になって、どっと押し寄せてきた。

 崩れ落ちたまま、小さくうめき声をあげる。


 痛い。痛い。痛い。


 身体のどこも痛くないのに、ひたすらに、心が痛い。

 その痛みに耐えきれず、堪えきれず、立ち上がれない。

 じわり、涙が滲んできたことを止めることもできない。

 何とか抑え込んでいた感情が、今更ながらに溢れ出し、止めることなどできもしない。

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 それでも、立ち上がらねばならない。

 そのこともよくわかっているから。

 ぐい、と乱暴に顔を袖で拭い、立ち上がる。

 途端に感じる、疲労感。

 ここまで全速力で走ってきたのだ、疲労が無い方がどうかしている。

 だとすれば。


「……まずは、休まないと……」


 ここから、何が待っているかわからない。

 であれば、身体を休めて、万事に備えるべきだ。

 そう自分に言い聞かせ、大きく息を吐き出し、歩き出す。

 ファムに斡旋してもらった宿までは、ここからそう遠くない。

 まずは、と足をそちらへと向ける。





 たどり着いた宿は、裏稼業向けの胡散臭いもの。

 そういう稼業向けだけに、寂れてはいるものの、同時に口も堅い。

 うっかり口を滑らせでもしようものなら、次の日には息の根が止まっているだろうから。

 

 通された部屋は、今迄泊まっていた部屋と比べて格段に落ちるもの。

 同時にそれは、かつてのあの頃に馴染んだもの。

 粗末なベッドに腰かけたレティは、小さく呟く。


「……まずい、かな……」


 その感覚が、そして千々に乱れた感情が。

 あの頃の感覚まで、呼び戻しそうで。

 全てを、丹念に調べ上げた上で問答無用の方法で闇に葬る、あの感覚。

 何年も馴染んだ感覚だけに、こうも簡単に戻ってきそうになるものかと愕然ともする。


「落ち着こう……問答無用、で解決するかはわからないのだから」


 そもそも、情報がまだまだ不十分だ。

 エリーを取り戻すための条件の確認。

 そのための手段の確立。

 何よりも。


「あの、剣呑な空気……あれは、かなり、まずい」


 ややもすれば、カーチスをも凌ぐ危険度。

 そんな存在を、あの時確かに感じ取った。


「……向こうにバレてなければいいのだけれど」


 恐らく、気付かれてはいなかった。

 気づかれていれば、エリーとのあの会話の最中に乱入されたであろうから。

 けれども。


「けれど……二度目はない、かな」


 恐らく、二度近づけば、気付かれる。

 であれば……早々にエリーの居場所を特定できたことは幸運だった。

 明日、明後日は、『跳躍』で訪ねることができるのだから。


「探れるなら、探っておきたいけれど……厳しい、か」


 恐らく、あの杖、マスター・キーの効果を排除するには、ガシュナート王ゴラーダをどうにかする必要があるのだろう。

 であれば、そうしようとした時に、間違いなくあの存在は邪魔になる。

 可能ならば、情報を集めたかったのだが……それは、色々な意味で難しいだろう。

 そう考えたところで、ふと思い立った。


「……情報屋のファムなら、何か知ってないかな……」


 あれだけの相手だ、望みは薄いだろうが、手を打つに越したことはない。

 無理だったなら、それはそれでまた考えればいい。


 ……なんとも前向きになったものだと気づいて、少し自分に驚いてしまったりもするが。


「自分で考えられるようになったことは、悪いことじゃない、かな……?」


 その分、辛いこと、しんどいことも多いが。


 あの頃は、グレッグの言うことに従っていれば間違いはなかった。

 今は……全て自分で考え、自分で決めなければいけない。

 特に、自分で決めなければいけない、というのが重苦しい。

 グレッグは当たり前のように考え、決断していたが……それがどれだけ凄いことだったのか、今更ながらに実感してしまう。


「……考えよう。

 何をすべきか、どうすべきか。

 私は、何を得たいのか」


 もちろん、言うまでもなくエリーの身柄の確保だ。

 しかしそれは、当面の、だ。


 これから先のことを考えたら、どうすべきか?

 最優先事項は言うまでもないが、それがクリアできたとして、どこまで求めるべきか。


「王殺し、はこれで二度目、か……。

 ナディア王女が、王位を継ぐ決意をしてくれたら、問題はないのだけれど」


 かつてグレッグが、避けていたもの。

 条件を満たさねば受け入れることのなかった依頼を、今こうして、自発的に実行しようとしている。

 最悪の場合、ガシュナートという国そのものを敵に回す行為、ではあるのだが。


「先に喧嘩を売ってきたのはあちらだもの……私は、それを買うだけのこと」


 色々考えてはいたが、とっくに覚悟ができていた。

 後はそれを、どのタイミングでどう行うか、だけ。

 もちろん、成功へと至る計算は仕込んだ上で、だ。


「あちらだって、覚悟はしている、よね……?」


 ころり、とベッドに横になりながら。


 浮かべた表情は、酷薄なものだった。

闇に潜み、虎視眈々とこちらを狙う影。

底知れぬ深淵の向こうに待つそれは、不吉なる予感。

少しでも闇を払い、その輪郭を朧気ながらにでも掴んだその向こうに勝機はある。


次回:滲みだす影


虎穴で待つのはさてはたして。



※派生作品始めました!


「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」


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1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。

公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!

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