表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
191/256

人形の奥底

「……すみません、今夜一晩考えさせていただけませんか?

 さすがに、あれでも私の実の父ですから……」


 思考していたナディアは、不意に顔を上げそう告げた。

 その返答自体は予想の範囲内だし、何より人として当然の反応だろう、とも思う。

 そして、ここでさらに答えを追求するのは愚策だとエリーは判断した。

 何しろ、移動日である今日を除き、明日、明後日までは王都での作業日に当てられているのだから。


「もちろんです。私もまだ、どうするのが最善なのか、わかっていませんし」


 恐らく間違いなくレティはここまで来る。

 そこでどう接触するか、そもそも今の自分で会うことは大丈夫なのか。

 仕様書を確認しないとはっきりしないが、一度ゴラーダの手により、レティを敵だと認識させられてしまった。

 となると、何もしないうちに再会してしまった場合、敵とみなして攻撃してしまう可能性は捨てきれない。


 お互いのために、ここは一度時間を置くべきなのだろう。

 そう、思っていたところだった。


「姫様、日が暮れてきた。

 陛下に報告に行った方が良い」

「あっ、た、確かにそうですね……。

 ありがとうございますジェニー、助かりました」


 ジェニーの言葉にはっと窓を見れば、確かに日も陰り、街並みが赤く染まり始めている。

 もっとも、それに合わせて街のあちこちで明かりが焚かれ始め、さほど暗いという感覚はないが。


 そして時刻に気づいたナディアは、ほっと一息。

 それから、感謝の言葉と共に、ジェニーの頭を抱きしめるようにしながら撫でまわす。

 ジェニーはその間、一切の抵抗を見せない。


「それでは、一度陛下に報告してきますね。

 ああ、もしかしたらそれで一度様子を見に来るかも知れませんから、気を付けてくださいね」

「あ、はい、わかりました」


 ナディアの言葉に、エリーはこくりと頷く。

 ここまで気を回してくれるのは、同盟者として認められたからだろうか。

 確かに、今のナディアの目的を考えれば、エリーの自由意思が奪われるのは百害あって一利なしだろう。

 そしてエリーとしても、ナディアの自由が奪われるのは同じく、だ。


 であればここは、大人しくしているのが吉というものだろう。


「ジェニーも、エリーと一緒にここで待っていてくださいね」

「了解。いってらっしゃい」


 そう答えたジェニーが、小さく手を振った。

 そのことにも、エリーは驚きを隠せない。

 戦略兵器として、明らかに不要な行動の数々。

 それもまた、違和感があり……同時に、どこか安心してしまうものがある。


 ナディアが報告へと向かうのを見送って、しばし。

 手を下ろしたジェニーを、まじまじと見つめる。

 ナディアが居ない今は待機状態、とでもいうのだろうか、直立不動の姿勢を取っていた。

 その姿勢、様子の方が見慣れているせいか、かえって落ち着く気がしてしまう。


 とはいえ、何もせずに待っているわけにもいかないので、エリーは情報を集めようと資料を手にした。

 いくつか手にして腰かけた時、ふとジェニーの様子が目に入った。

 その表情、視線は、無表情に見えていた、のだが。

 一瞬、切なそうなものが写った、気がした。


 しばしの逡巡の後、エリーは口を開く。


「ジェニー、質問してもいいですか?」

「問題ない」


 そっけない返答に、むしろほっとしてしまうのはどうしたものか。

 ともあれ、質問を許可されたのであれば、聞きたいことを聞いてしまわなければ、と気を取り直す。


「まず、あなたは、自分が改修前と違う自覚はありますか?」

「肯定。記録にある私の行動、反応と今の私は明らかに違う」


 返答に、エリーは一瞬だけ眉を動かした。

 『記録』。ジェニーは確かに、そう言った。『記憶』ではなく。

 それが、何故だか心にちくりと、刺さる感覚がある。

 自分がここで苛立つ必要も、心を痛める必要もない、はずなのに。

 なぜだかジェニーの言葉は、エリーのどこかを刺激した。


「では、次に……今のあなたは、前と違うことに違和感や不快感はありますか?」

「否定。違和感も不快感もない。

 ……むしろ、快い感覚があるかも知れない」


 ジェニーのその返答に、エリーは内心でまた驚く。

 聞かれた以上のことを付け加える。そんな返答をするジェノサイダーは見たことがない。

 だが、今まさに目の前のジェニーは、必要と判断したのか、自発的に答えを付け加えた。


 これが改修の影響なのだとすれば、それは何を目的としたものなのか。

 その答えは、資料の中にもだが、ジェニーの中にもあるような気がした。


「そう、ですか。

 ……後、もう一つ。先程、ナディア様に対してこう……おべっかやお世辞ではないのですが……褒めるような言葉を使っていましたよね。

 あれは、自分で考えての行動ですか?」


 その問いかけに、初めてジェニーは一瞬の躊躇を見せた。

 しかし、それもほんのわずか。すぐに口を開く。


「……否定。姫様が、ああいうやりとりを望み、私はそれを覚えた。

 それを実行しているだけ」


 何とも言いにくそうに答えるジェニー。

 ふむ、とエリーはしばし考え込む。

 

 つまり、ジェニーは、あのやり取りがナディア発案だと人に告げることが、あまり良くないことだと考えている。

 ナディアの外聞だとかそういったものが傷つく可能性がある、と理解しているのだ。

 それはつまり、人の機微だとかそういったものを多少理解している、ということではないのか?


 エリーはそう考えて、さらに問いを重ねる。


「では、ジェニーはあの行動に、不快感や抵抗感を感じていますか?」

「否定。私は、あのやりとりに不快感は感じていない」


 若干食い気味に、ジェニーの答えが返ってくる。

 そのことに、エリーはなんとなく、安堵のようなものを感じてしまった。

 決して嫌がってはいない。

 むしろこの反応は。


「あのやりとりで、ナディア様が喜んでらっしゃるのを見て、こう、胸の奥が暖かくなるような感覚はありますか?」

「肯定。……この感覚は、私だけではなかったの。

 ……少し、ほっとした」


 ふと、言葉が漏れた。そんな、刹那の反応。

 だが確かに、ジェニーの表情が、弛んだ。どこか、嬉しそうに。

 情報系回路を強化されていたエリーはその表情を逃すことなく捉え、そのことに、少し喜びのような感情を覚えていた。

望むものは、その場で手を伸ばしても届かない。

一つ、一つ、石段を積み上げて上っていくかのような先に、やっと掴めるのが世の常だ。

今積み上げるべきは、さて何か。

そこにこそ、人の何たるかが現れる。


次回:将を射んとすれば


射貫くべきは、馬か人か。



※派生作品始めました!


「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」


下にリンクが出ているはずです!

1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。

公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ