掃討
レティからのハンドサインを受け取り、返事を返すとエリーはギルドの扉の前へと立った。
聞いた話では入ってすぐのところは広間のようになっている、とのことだったが、その中から扉越しにも飲んで騒いでいる男たちの声が漏れ聞こえてくる。
ここに大勢人がいることは、レティの探知魔術で確認済みだ。
扉の前で、両手に魔力を集める。
右手に少しだけ、左手には多めに。
ちらり、と扉の蝶番に視線をやって、照準。
ひゅぼっ、と小さな音を立てて光弾が二発飛び、蝶番を打ち抜く。
と、がんっ!!と大きな音を立てながら扉を蹴り飛ばす。
中へと、一気に踏み込んで。
「こんばんはーっ!!」
大きな声で、ご挨拶。
は? と男たちが固まった瞬間に視線を走らせて、照準を完了。
「シュート!!」
左手に溜めていた魔力を解放。
十数人いた男たちが次々と光弾に胸を、頭を撃ち抜かれて倒れ伏していく。
「なんだ、何がっ、何だお前っ!」
仕留めきれなかったうちの一人が、ようやっと声を上げた。
それに答えることなく生き残りを確認するために視線を走らせ、照準。
再び、光が走った。
「……動体センサに反応なし。
この部屋の制圧を確認」
レティとしゃべっている時とはまるで違う、機械的な表情、声で淡々と状況を確認。
あまりに呆気ない勝利を、まるで当然と言わんばかりに味わいもせず。
物音に気付いたのか、ばたばたと二階から降りてくる足音が聞こえた。
「敵の増援を確認。殲滅します」
再び、魔力を両手に溜める。
今度は両方ともに、それなり……十数人ずつ打ち倒せる量だ。
足音から推測される人数を考えれば、それは過剰なまでの火力なのだが、エリーは気にも留めない。
「マスターがこちらを任せてくれたんです、万に一つもとりこぼしませんっ」
少しだけ、普段の表情が戻る。
つまりは、それだけやる気なのだ。
今回の作戦、四階にあるギルドマスターの部屋へレティが潜入、ハンスを排除。
合図によりエリーが突入、一階から上へと向かって制圧をかけていく。
レティは逆に上から降りて行き、逃げてくる連中を切り伏せる。
挟み撃ちによる殲滅、が今回の目的だ。一人も逃すつもりはない。
センサーの感度を上げ、動体反応を逃さないようにしながら、迎撃のため階段へと向かう。
ふと、倒れ伏している男達の中に一人だけ、身なりが少し上等な男がいた。
「あれがゴルドでしょうか。まあ、後で確認しましょう」
大した執着も見せず、改めて階段へと向かった。
……毎晩手下と酒盛りを楽しんでいたゴルド。
それゆえに急襲に巻き込まれ抵抗する暇もなくその命を落としたことは、後から確認された。
ギルドマスターの部屋を出たレティは、四階に居た連中を始末し、制圧した。
ほとんどは下で宴会に参加していたのだろう、数は少なく。
また、残っていたほとんどは泥酔しており、ろくな抵抗もみせずに片付けられた。
「……やり返される、とは思ってなかったんだ……」
ふぅ、とため息を付く。
そんな連中にしてやられたのも、後釜に収まることができると思われたことも、いい気はしない。
また、その詰めの甘さにも呆れてしまう。
「まあ……甘かったのは、私も、グレッグも、か……」
ハンスの裏切り。それを察知することも防ぐこともできなかった。
偏にそれは、身内への甘さ、油断以外の何物でもなかっただろう。
あるいは、このギルドのもつ力、金といったものの魅力への鈍感さか。
先日の500枚を抜いても、ミスリル銀貨1000枚程度は軽くため込んでいたはず。
さらには暗殺の能力、顧客の情報……使おうと思えばいくらでも使い道のあるものだ。
一から築いたゆえに、それらの価値をわかっているようでわかっていなかったのかも知れない。
「……うん……?
それは、ハンスも似たようなもの、では……?」
ふとした疑問。
と、階下からまた響いた音が考えを中断させる。
「エリー、張り切ってる……こちらも、働かないと」
そう呟くと、三階へと降りていった。
エリーの制圧射撃とレティの白兵戦により、制圧は瞬く間に終わってしまった。
全員で40人ほどの人数だったのだが、奇襲が完全にはまり、ろくな抵抗もないままに。
「エリー、お疲れ様」
「レティさんこそ、お疲れ様です♪」
20人以上を撃ち倒してきたというのに息一つ切らさず、にこやかな笑顔でエリーが合流する。
息一つ切らしていないのは、レティも同じこと、だが。
「さて、と後は……地下を確認しておこう」
そういうと、地下へと向かって階段を下りていく。
地下は倉庫や牢があり、普段はほとんど人はいない。
連中も、そんなじめじめした場所を嫌ったのか、全員地上にいた。
……だが。
「リタ?」
「……え?
あ、ご、ゴースト? なんで、あんた……。
助けに、来てくれたの……?」
「……いや、その……偶然、というか……捕まってたの、知らなかった……」
牢には、一人の女が入れられていた。
二十歳過ぎくらいだろうか、短く切りそろえられた茶色の髪、大きく愛嬌のある瞳、妖艶な色気のある顔。
豊満で柔らかそうな肉体は、ぼろきれのような服をまとわされていた。
「ええと……生きてて、良かった、と言っていいのかな……」
「……良いに決まってるじゃない、何よ変な気を使っちゃって。
あたしはこれくらい、平気だってば。
わかってるでしょ?」
この場所で、殺されずに、この格好。
……何が起こったかは、想像に難くない。
困ったように眉を寄せるレティに、リタは笑いかけた。
……さすがに、疲労や憔悴は隠せていなかったが。
リタもまた暗殺者。
彼女はその美貌と肉体を使い、男に取り入り……夜のうちに、仕事を済ませる。
そういう手段を用いるため、体の交わりの経験は恐ろしく豊富だ。
……だが、それとこれとは同じでは決してないであろうに。
気遣うようなレティの視線はそれゆえだったのだが、リタはそれを理解し、笑顔で受け止める。
「……とりあえず、出すね……」
そういうと、牢の扉の前に跪く。
腰のポーチから取り出した針金を器用に使い、あっという間にカギを開けてしまった。
「ありがと……とと……」
礼を言いながら立ち上がったリタが、ふらついた。
するりと傍に寄ったレティがそれを支える。
「やっぱり……無理しないの……」
「あはは、ごめん、ごめん……ちょっと、膝に来てる、なぁ……」
やはり無理をしていたのだろう、力なく呟く。
そうして牢から出てきた二人へと、エリーが声をかけた。
「あの、レティさん、こちらの方は?」
……若干、声が硬くなっているのは気のせいだろうか。
その声に、エリーの存在に気づいたリタが顔を上げた。
「ゴースト、このお嬢さんは? なんでこんなところに?」
「ああ、ええと……説明、するね……」
そうして、また、お互いの情報を交換しあった。
エリーの存在にリタは盛大に驚いたものだが、それ以上に。
「……そんなことが、あったの?」
「うん、ちゃんとは見れてないけど、多分間違いない」
違和感を埋めるピースが、見つかった。
仕事は仕事。終われば払うべきものは払ってもらう。
払うべきものが増えたら督促する。それは至極当たり前で。
次回:『仕事』の終わり
その代償は、あまりにも高く。




