知りたくなかった事情
馬車が王城へと着き、ゴラーダをはじめ軍の面々は事後処理にかかりきりになった。
そんな中ナディアは、夕方にもう一度報告に行くとゴラーダに告げ、先にその場を退出。
ジェニーとエリーを伴って、そそくさと自室兼研究室へ移動する。
案内された部屋は、エリーの目から見てもまだ使えなくはない、そんな魔道具がいくつかあった。
この時代に、『いくつかある』時点でかなり特異な状況だ、ということはここのところの見聞でわかっている。
「これ……随分、集めたものですね……」
感心したような呆れたようなエリーの声に、ナディアが小さく笑う。
「ええ、ちょっとしたものでしょう?
陛下が、随分と入れ上げているもので」
その言葉の響きからは、感情が読み取れない。
何か色々思うところはあるようだが……こんな親子関係だ、言いにくいこともあるのだろう。
エリーの思うところを知ってか知らずか、ナディアは言葉を続ける。
「最初は、古代遺跡から古代皇国時代の道具がいくつか発見されたことがきっかけでした。
ほとんどはガラクタでしたが、中にはいくつか使い物になるものもありまして」
言葉とともに、一つの道具を手にする。
確かあれは、魔力の収束装置。
魔術師の魔力を収束して一時的に威力を上げることができるものだったはずだ。
ただし、状態はかなり悪く、元の性能の半分も出なさそうだが。
「陛下はご覧の通りの性格です。使える、珍しい道具には目がありません。
その執着の仕方は、どこか子供みたいなところがあります」
良くも悪くも、とは聞こえないように小さく。
しかし、エリーの耳と目は、その言葉を捉えていた。
なるほど、とちいさく頷いてみせる。
「そして遺跡に執着した結果、冒険者やならずものの類を動員して大規模な探索を行ったりしました。
かなり犠牲を出しながら、でしたが……」
不意に言葉を切り、ナディアは少しだけ俯いた。
わずかに沈鬱な色をにじませたのは、犠牲者を思ってのことだろうか。
「その犠牲者、の中に……口封じのために、という者は?」
「……わかりません。もしかしたら、と思うことはありましたが、私はその現場にいなかったので、はっきりとは」
エリーの問いに、ナディアは首を横に振る。
魔術師ではあるが、やはり王女は王女。さすがにナディアを探索に出したりなどはしなかったらしい。
それがかえって申し訳なさを生んでいるのかも知れないが。
「話を戻しますね。その大規模な探索の結果発見されたのが、ジェニーでした。
もっとも、発見した当初は眠っているような状態で、起こすこともできなかったのですが」
「当時は休眠状態に入っていた。長期間、作戦行動予定がなかったから」
ナディアの言葉に続けて、ジェニーの補足が入る。
……エリーからすれば、ジェニーがそんな配慮をすること自体が驚きではあるのだが。
ジェニーのような戦略級の場合、後期になればなるほど使われる場面は限定されてしまう。
エリーが知る限りでも、あまり使われていなかったのは間違いない。
そして休眠状態に入ったまま、皇国崩壊を迎えてしまったのだろう。
「休眠状態のジェニーを起こす手がかりを探して、探索はさらに広げられ、資料が集められました。
コルドール王都の遺跡から発見された物を買い集め始めたのもこの頃ですね」
しかし、役に立つ資料は全く見つからなかった。
周辺情報や補足資料などは見つかるものの、起動のための手順や施設は全く、だ。
「確かに、軍事機密と言えば軍事機密ですし、簡単には見つからないか、崩壊当時に破棄されたか、でしょうか」
「恐らくそういうことだと思います。時間とお金をかけても見つからない、そのことに陛下もかなり焦れておりました。
そんな時でした。あの杖がもたらされたのは」
強制的に起動させるだけなら、マスター・キーがあればできる。
そのことはエリーも知っていただけに、ここまでは予想できた、のだが。
「もたらされた、ということは、誰かが持ってきたのですか?」
「ええ、それも意外なことに……教団を通じて、アマーティアから」
アマーティア。
久しぶりに聞いたその単語に、思わずエリーは目を見張る。
うっかり驚きの声を上げずに済んだことに、自分で自分を誉めてあげたいくらいだ。
もっとも、そんな動揺はナディアにはお見通しなのだが。
「……アマーティアに、何か心当たりが?」
「あ~……いえ、なんでもないです」
まさか、バランディアやコルドールでのことをうかつにしゃべるわけにもいかない。
そんなエリーの心情をくみ取ったのか、ナディアはそれ以上は追及してこなかった。
こほん、と一つ咳ばらいをすると、話を続けていく。
「杖、マスター・キーと言いましたか、あれと引き換えに、アマーティアは軍事同盟を要求してきました。
……陛下は一も二もなく飛びつきましたね、あんな道具を見せられれば」
実際に見た姿、そしてここまでの話から、その姿は想像に難くない。
その時のことを思い出したのか、ナディアは小さくため息をつく。
「軍事同盟と言いましても、不平等、と言っていいのか微妙なものなんです。
アマーティアは大量の物資を提供してきました。
マスター・キーだけでなく、大量の魔獣と、その制御装置。
それらを養うに足る食料や今回の遠征のための食料。これは南部諸国から送られてきています。
その見返りとして、アマーティアの指示に従って軍事行動を起こすように、と。
今回の遠征は、その指示によるものでした。何を意図してのものかはわかりませんが……」
「ええと……そんな指示に、よく陛下は従いましたね?」
エリーの目から見ても、感情的でプライドも高そうな男だった。
そんな男が簡単に従うものだろうか。
だが、ナディアは小さく首を横に振る。
「使いたくてたまらなかったおもちゃがやっと使える。
それも、新しいおもちゃと一緒に、心配事もさほどではなく。
そんなところだったのではないかと思います」
「なんというか……無茶苦茶ですね……」
まさかそんなことで軍事行動を起こす王がいるなど、エリーにはにわかに信じがたかった。
だが同時に、彼ならやりかねない……そうも、思ってしまう。
「陛下にとっては、軍事行動も国民の命を浪費することも、些末なことなのかも知れません。
この頃から、遺跡探索に使ったならず者達の口封じを、野盗の取り締まりに見せかけて始めていますし」
「探索の人手がもう必要なくなったから、ですか?」
呆れたようなエリーの言葉に、こくり、ナディアは頷いた。
コルドールに野盗たちが逃れてきていたのは、そのせいだったのか、と理解はしたが納得はできない。
そんなエリーの内心を知ってか知らずか、ナディアは説明を続ける。
「その通りです。この時は明確に口封じでした。
困ったことに、陛下は実行力だけはあるのです。
今回の遠征も、アマーティアの指示が来てから、本当に短期間で準備を終えてしまいましたし」
その説明に、エリーは思わず額を抑えてしまう。
実行力のある、サイコパス気味のエゴイスト。
恐らく国王になってはいけない類の人間だ。
「ただ……ジェニーが起動された時、私も陛下の血を引いてしまっているのだな、と痛感しました」
「はい? え、一体、それは、なぜです?」
腹芸に長け、裏も色々持っているであろうことは伺えるが、善人か悪人かで聞かれたらナディアは善人と言っていいだろう。
そんなナディアが一体? とエリーは不思議に思ったのだが。
ナディアは、少しはにかんだような笑みを見せる。
「私も、随分なエゴイストだからです。
何しろ……ジェニーを見た瞬間に、もう彼女のことしか考えられませんでした。
ジェニーのためならなんでもしよう、と」
唐突な告白に、エリーはしばし絶句した。
賽は投げられ、伸るか反るかの丁半博打。
賭けるは己が身一つ、進むも退くも、一寸先は闇の向こう。
微かな糸を手繰り寄せ、賭ける札へとにじり寄る
次回:ささやかな大勝負
この勝負、我に勝算あり。
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「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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