探り合い・晒し合い
「ふふ、やっと話してくれましたね。
ありがとうございます、エリミネイター。
ええと……略称のエリーで呼んでも構いませんか?」
エリーの言葉を受けて、ナディアはどこかほっとしたような口調で応じる。
そして、早速距離を詰めてきたことに、内心で感心し、同時に呆れる。
そのやり口は、どこか自分のそれに近いものがあったから。
「はい、それは構いませんが……。
ジェニーだけでなく、私の略称までご存じなのですね」
確認するように、慎重に問いかける。
ジェニー自身から聞いたのか、何某かの資料か何かから情報を得たのか。
明らかにナディアの持つ情報は、この時代の一般的なものを遥かに凌駕している。
それは、どこから来ているのか。それは同時に、ジェニーとの信頼関係がどこまでなのかを知る物差しにもなるだろう。
……いや、今更確認するまでもないのかも知れないが。
「ええ、ジェニーが教えてくれましたから。
……最初にジェニーが、自身の略称を教えてくれた時は驚きました」
その時のことを思いだしていたのか、ナディアはどこか懐かしむような微笑みを浮かべる。
当のジェニーは、素知らぬ顔だが……恐らく、あれが彼女の素なのだろう。
「ジェニーが、教えてくれたのですか。
初期に作られたジェニーが……」
最初期の実験段階を経た後のマナ・ドールはひたすら出力だけを求められた。
その追究が一定の成果となったのが、ジェニーのような初期型戦略級マナ・ドールである。
後に、その高すぎる威力により持て余され、使われることは稀になってしまったのだが。
当然、出力だけを求められたため、感情だとかコミュニケーション能力だとかは二の次だったはず。
エリーの知るジェノサイダー達は軒並み、指揮官の言うことに忠実に従うだけの戦闘機械でしかなかった。
だが、ここにいる彼女は……明らかに、それらとは違う。
感情の片鱗らしきものがあり、自分の意志らしきものがある。
盲目的に従うだけの機械では、ない。
そのことが、どうにもエリーの感覚と合致しない。
「やはり、ジェニーは初期に作られたのですね。
あなたの方が後期型だとは聞いていましたし、納得もいたします。
こう言う言い方が適切かはわかりませんが……あなたは、なんとも人間に近しい……いえ、ほとんど人間と遜色ない印象を受けます」
あっさりと受け入れて納得したナディアの様子に、エリーは苦笑を浮かべてしまう。
情報収集を怠らず、かつ、新しい情報にも拒否反応を示さず、適切に対応しようとしている姿の印象は悪くない。残念ながら。
「私のような戦闘戦術級は、人間の指揮官とのコミュニケーション能力が不可欠ですから。
それもあって、人間に近しい知能を与えられているようです」
そして、そのおかげで何にも代えがたい幸せを手にすることができた。
そのことはどれだけ感謝しても足りないし、手放すわけにはいかないと思っている。
こんな状況、絶対なんとかしてみせる。
心の中でそう誓っているエリーの表情を見ていたナディアは、ふぅ、とため息を吐いた。
「やはり、ジェニーをあなたのようにするには、まだまだ足りないものが多いようですね……」
「それは、その通りでございますが……お言葉ですが殿下、むしろジェニーにこれだけ感情的な行動があるだけで、驚嘆に値します。
一体、何をどのようになさったのですか?」
言いながら、ジェニーを見やる。
視線を向けられたジェニーは、怪訝そうに小首を傾げた。
こんな反応が返ってくる時点で、エリーの覚えている彼女達とはまるで違う、と言っていい。
それがナディア王女のやったことであれば。
そう思っての問いかけだったのだが。
「いえ、私は何も……ジェニーと出会った時には、すでにこうでした。
その後手に入れた資料を基に、冒険者達から部品を買い集めはしましたが……。
資料を読んで予想はしていましたが、やはり、ジェニーはあなたの知っているジェニーとは違うのですね?」
ナディア王女の問いかけに、こくりと頷く。
むしろ、エリーの知っているジェニーに比べれば、驚くほどに感情豊かだ、とすら言えるのだから。
「はい、まるで違う、と申し上げてもいいでしょう。
同系統と何度か会ったことはありますが、明らかに違います。
彼女達は、もっと機械的な反応しかありませんでした」
となれば、考えられることは、そう多くない。
ジェニーへと顔を向け、エリーは問いかける。
「ジェニー、もしかしてあなたは、大規模な修理や改修を受けたことがありますか?」
その問いかけに……ジェニーはこくりと頷いた。
「肯定。一度事故で大破したことがあり、その際に大規模な修理を受けた。
その際に情報処理回路が更新された記録がある」
「やっぱり、そうだったんですね……」
ジェニーの返答に、エリーは頷き返す。
であれば、理解できる部分もある。できない部分も、あるのだが。
「なるほど、だからジェニーはこういう反応ができるのですね。
……ですが……なぜ、このような回路があるのでしょう……?
ジェニーやあなたの前で言うのも申し訳ないのですが、マナ・ドールは兵器として作られたのですよね?」
さすが、と言っていいのだろう。
ナディアは、エリーがかつて抱いた疑問へと即座に辿り着いた。
なぜ、このような感情があるのか。その意味、とは。
「はい、私達は兵器として作られています。
私の場合、コミュニケーションを取る意味において、感情があった方がいいから、と思っていました。
……ですが、どうも違う気がするのです」
「ごめんなさい、エリー。あなたにも、それはわからないのですか?」
その事実には落胆してもいいだろうに、ナディアはそのことをおくびにも出さない。
あの感情的に見えるゴラーダの娘としては、どうにも対照的だ。
「はい、はっきりとは。
ですが……先日、手掛かりのようなものに触れることができました」
唐突に脳裏に浮かぶ、あの時の記憶。
情報処理回路の交換作業中に見た、夢のような何か。
あれが、何かの鍵になるに違いない。
なぜだか、確信めいたものを感じている。
「とはいえ、まだ確信にいたるものではございません。
ですから……ナディア殿下、お持ちの資料を、私にも見せていただけませんか?」
もしかしたら、何か見つかるかも知れない。
……同時に、ナディアがどこまでマナ・ドールについて把握しているかもわかるかも伺える。
ここまで情報交換をしていながら、エリーはまだ王女を完全には信じていない。
そのことを知ってか知らずか、ナディアはあっさりと頷いてみせた。
「ええ、もちろんです。
あなたから意見をいただければ、大変心強いです」
あまりにあっさりと頷かれたものだから、エリーの方が面食らってしまった。
元々の性格なのか、計算なのか。
委ねられてしまい、拒否することが心情的に難しくなってしまったことに、苦笑する。
「かしこまりました、では、資料を拝見させていただけますでしょうか」
しかし、こうなってしまえば、やるしかない。
そう腹を括り、エリーは笑顔を見せた。
結果があれば原因がある。
全て因果の果てにあるのが浮世ならば、その出会いも因果なのだろう。
流れに身をゆだね、その中でつかみ取るのが人生ならば、彼女がつかんだこれは。
次回:知りたくなかった事情
それもまた、人のエゴ。
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