隙間と軋み
ガタン、ゴトンと馬車が揺れる。
王都へと一度戻ることになったガシュナート軍の戦列、その真ん中あたり。
ナディア王女とジェニーが乗る馬車に、エリーも乗せられていた。
どうやらマナ・ドールの調整ができるのは王女だけらしく、今もジェニーに対して細かくヒアリングをしている最中だった。
……ジェニーに向けるその視線は、正直なところ、道具扱いしているそれではないように見える。
『敵対する』ガシュナート軍の、軍人、ではなく軍属扱いのようではあるが。
ナディア王女のジェニーに対する態度は、少し微笑ましいものすらあった。
エリーの向ける視線に気づいたのか、ナディアが視線を向けて、微笑んでくる。
それに対してエリーは、何も反応を返さない。
指一本、わずかの表情も動かしていないはず、なのだが。
なぜか、彼女には見透かされているような気がする。
『よほど、周囲の顔色を窺わないと生きていけない世界だったのでしょうか。
あの国王の下だと、それも仕方ない、ようにも思いますが』
そんな考えを、内心でだけ呟く。
1500年前にも、『マスター・キー』を使われたことはあった。
大規模な戦闘に複数のマナ・ドールで構成された部隊が一人の指揮官で動かされたことが何度か。
あの時の状態、様子を完璧にトレースしているはずなのだが、この王女には見抜かれているようだ。
そしてその上で、彼女は国王ゴラーダに、エリーの状態を報告していない。
ただそれだけで彼女を信頼することはしないが……彼女の狙い、目的は何なのか。
目的によっては、この状況から抜け出すために彼女に協力することも、なしではない。
もっとも、仮に協力するとしても、言い出すのは今ではない、が。
『……来ちゃいましたね』
休憩時間が来たのだろうか、馬車がゆっくりと減速を始め、止まった。
それからしばらくして、急に、エリーの身体の制御が奪われようとする感覚。
すぐに制御を手放し、もう一つの人格へと明け渡した。
……恐らく、異常は検出されていない。それを確認すると、少しだけほっとする。
検出されてしまえば、マスター・キーを持つゴラーダにも気づかれてしまうからだ。
そして、明け渡してからほんのしばらくして、当のゴラーダが馬車の中に顔を出す。
「おう、状況はどうだ」
「これは陛下、このようなところにご足労いただきまして。
御用がございましたら、こちらから伺いましたのに。
それはともかく、状況ですね。ジェノサイダー、エリミネイターともに見立て通りです。
ジェノサイダーはほぼ完治し、後は部品の交換さえできれば問題ないかと」
恭しく頭を下げるナディア王女。
しかしゴラーダはそのことに何の感慨を受けた様子もなく、むしろ顔をしかめた。
「ってことは、エリミネイターはまだ碌に修復されてない状態、か」
「申し訳ございませんが、そちらも見立て通りでございます、ね……。
修復機能の修復もまだ終わってない状態、でして……」
「そんなにかよ。なんでそんなことになってんだ?」
ゴラーダの問いかけに、ナディアはしばし考え込み。
それから、顔を上げた。
「私の推測ですが……そもそも、戦闘戦術級で戦略級の出力を受け止めること自体が無理だったのではないかと」
「ふむ。お前の意見はどうだ、ジェノサイダー」
「王女殿下の意見に同意。
本来、私のマナ・ブラスターの出力を受け止めるには、エリミネイターの結界の5倍の出力が必要」
「てことは、原形をとどめてるのが不思議なくらい、か。
ち、しゃぁねぇな……」
二人の意見に、ガリ、とゴラーダは頭を掻きむしる。
思い通りにはいっていない。しかし事前に言われた通りであり、理屈も通っている。
ゴラーダは粗野で横暴な男だが、理屈で考えるだけの理性がないわけでもなかった。
不満を飲み込んだゴラーダは、くるりと二人に、いや三人に背中を向けた。
その背中に向けて、ナディアがふと、声をかける。
「陛下、失礼ながら申し上げます。随分とこのマナ・ドールを気になさっておられるようで」
「そりゃそうだろ、新しい剣が手に入れば斬ってみたいもんだ。
さっさとそいつを使いたくてしょうがねぇんだよ」
振り返ったゴラーダは、ニヤリとした笑みを見せる。
剥き出しの暴力的な言動に、しかしジェニーとエリーは反応を見せることもなく、ナディアは小さく頷いて受け止めた。
「なるほど、そういうものでしたか。
殿方のお考えに、私はどうも疎いものでして……。
でしたら、休憩の度にご報告に上がりましょうか。何か好転した際にもすぐお伝えできますし」
「ほう、気が利くじゃねぇか。じゃあ次の休憩からそうしな」
「かしこまりました、そのようにいたします」
そしてナディアが頭を下げると、今度こそゴラーダは馬車の外へと去って行った。
その姿が見えなくなるまで頭を下げていたナディアは、顔上げるとため息をそっと吐く。
「子供のよう、という表現は、悪くも使えるものなんですね」
「国王陛下は、成人しているのでは」
ナディアのつぶやきにジェニーが不思議そうに答え、そんなジェニーに対してナディアは微笑みを向けた。
そっと手を伸ばし、頭を撫でながら。
「そうですね、陛下は成人しています。だからこそ、ですよ。
子供に、子供みたい、とは言わないでしょう?」
「なるほど。姫様は賢い」
頭を撫でられながら、ジェニーは感心したように答える。
どことなく、その表情が緩んでいる気がするのは気のせいだろうか。
そうしてしばらくジェニーの頭を撫でていたナディアは、手を離して一瞬だけちらり、エリーの方を見た。
「これで、急に陛下がいらっしゃることはないでしょう。
私が報告を怠らなければ、ですが」
身体の制御を取り戻したエリーは、表情を動かさないようにしていた。
だが、それでもやはり見抜かれているような気がする。
あの時。
マスター・キーに支配されようとしていたエリーは、抵抗する振りをしていた。
抵抗は、無駄だとわかっていたからだ。
エリーの情報処理能力程度では、あの支配力に逆らうことはできない。
そんな無駄なことに処理能力を使わずに、あの瞬間エリーがしたことは、『自分を逃がす』ことだった。
記憶領域の中に、自分の意識や記憶といったもののバックアップを作り、格納。
マスター・キー所有者が近くに居てその支配権が強くなる間は、そちらに意識を避難させている。
支配された人格が身体を制御している間は、身体を動かすこともできず、視覚や聴覚などを介しての外界から情報もノイズが多い。
その他、所有者から一定以上の距離離れることができないなど制限もある。
が、完全に自由が利かないよりはいくらかまし、というものだろう。
もちろん、そういう状態にあることを検知されれば、上書きされてしまうのは間違いない。
だから。
「いつ陛下が来るかわからない状態だと、気が休まりませんし、ね」
ナディアの言葉に、やはりばれてる、と思わずにはいられない。
「姫様、国王陛下は苦手か?」
ジェニーは全く気付いていないようだが。
「ふふ、さて、どうでしょうね?」
ナディアがジェニーと戯れる様子を見ながら、エリーはこの王女相手にどう出るべきか、思案していた。
噂は千里を駆け、煙は万里に飛ぶ。
火のないところに煙を立てて、飛ばす合図は『異常なし』
万事平穏その影で、ひっそり駆ける者が居る。
次回:烽火は走るか
人が見えねば煙も揺るがず。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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