表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
181/256

噛み合わない歯車

「で、どうなんだ、こいつの状態は」


 時刻は少し遡り、ゴラーダが本陣へと帰還した直後、小さな天幕の中でのこと。

 ジェニーと呼ばれたマナ・ドールを見やりながら問いかける。

 その声は平板で、ジェニーを心配した様子もなく、かといって苛立った様子もなく冷たかった。


 問いかけられたのは、この戦場間近の場にそぐわない、華奢でたおやかな少女。

 腰まである艶やかで滑らかな黒髪、彫りの深い顔立ちの中央に輝くのは、穏やかな知性を感じさせる瞳。

 表情を読み取らせない表情が褐色の肌とあいまって、何ともエキゾチックな雰囲気を纏っている。

 ジェニーの前に跪き、何やら呪文のようなものを唱えてから、しばし目を閉じて集中する。

 一分にも満たない時間、彼女はそうして。それから、目を開けた。


「魔力伝達回路の損耗はありますが、一日二日で自動修復するかと思われます。

 ですが……制御回路の方で、出力制御弁が二つ破損したようです。

 これだと予備部品が足りませんから、一度王都に取りに戻りませんと……」

「ちっ、馬鹿でけぇ威力の代償ってことか。次は余分に持ってこねぇとだな。

 で、こっちのはどうだ」


 ゴラーダが示したマナ・ドール、つまりエリーに向かって、少女は同じように呪文を唱えた。

 今度は、先程よりも随分と長く、慎重に探っていく。

 集中のあまり、額に幾粒もの玉の汗が浮かんで、流れ落ち。

 目を開ける頃には、集中のあまり小さく息切れすらしていた。


「こちらは、損耗が激しいです。その上、自動修復機能もかなり低下していますね……。

 ジェニー、このマナ・ドールが戦闘戦術級、というのは間違いないですか?」

「肯定。幾度か見かけたことがある」


 即座に、淡々とした機械的な声が返ってくる。

 聞き慣れない人間からすれば相当に違和感があるが、この場にいる人間は気にも留めていない。

 返答に、少女はこくりと一つ頷き。


「戦闘戦術級というには、先程見せた戦闘力は強大過ぎました。

 恐らく、各種回路に相当負担がかかったのでしょう。

 その上、その損耗のせいか、自動修復機能が大幅に低下していますから、完全回復、というのならば、二週間程はかかるでしょうか……」


 その返答に、ゴラーダは眉を寄せ、若干不機嫌な表情になった。

 それだけで、周囲の側近や護衛は身をすくませる。

 ただ一人、正対する少女だけがその視線を平然と受け止めていた。


「なんでそんなに傷んでんだ?」

「それは、まあ……言うなれば、攻城弓(バリスタ)の矢を、クロスボウで、攻城弓(バリスタ)と同じ威力で何度も撃っていた状態、と考えましたら」

「……くっそ、納得しちまったじゃねぇか」

「恐縮です」


 淡々と、あるいはぶっきらぼうに続くやりとりに、傍で見ている者達は背筋が凍る思いで、しかしこの場から逃げることもできない。

 そんなことをすれば、それこそ首から上が軽くなる。

 自分達が直接ゴラーダと会話する必要がない、ただそれだけでもありがたいくらいの緊張感があった。


「ってことは、王都まで一度戻ってまた進軍して、で時間的には丁度間に合う感じか?」

「できれば王都で三日ほど時間をいただければ。慎重に作業をしたく思います」

「……二日だ。二日で終わらせろ」

「少々考える時間をいただけますか。……かしこまりました、なんとかしてみます」


 ゴラーダの無茶な要求に、目を閉じて考えることしばし。

 部品の在庫、ジェニーの状態、一週間という時間で自動修復される範囲。

 それらを考慮して、不可能ではない、と結論付ける。

 確実にできる、とも思わないが。この場合は、それを言っても無駄だろう。


「よし、じゃあそれでやれ。

 ……しっかし、我が娘ながら可愛げがねぇな、ナディア」


 ゴラーダが、呆れたような表情を見せる。それは、滅多に見せない顔だ。

 その言葉に、ナディアと呼ばれた少女は困ったような表情になって。


「可愛げ、が陛下の要求する成果に繋がるのでしたら、身に付けますが」

「くくっ、確かにそりゃぁ、必要ねぇわな。

 まあいい、成果さえ出してくれりゃよ」

「かしこまりました、それは、必ず」


 そう言って恭しく頭を下げるナディアを一瞥すると、ふ、と軽く笑い。


「そいつは頼もしいがな。言ったからには、わかってるな?」

「もちろん。仮にも陛下の娘でございますゆえ」


 部下達から見れば獰猛に見える笑みを、軽く受け止める。

 その豪胆さが面白いのか、ゴラーダはにやりと唇を歪めた。


「お前の肝の太さを、こいつらにも分けてやりたいぜ」

「ご冗談を。こう見えても私、繊細ですから」

「はっ、繊細な奴が、俺相手にそんな冗談言えるかっての」


 そう笑い飛ばすと、ゴラーダはくるりと背を向けた。


「おっし、話は決まった。一度王都まで戻って諸々立て直す。

 道中に見張りと連絡係を適宜配置しとけ。十分な金と酒を持たせてな」


 そう言いながら、ゴラーダは天幕の外へと出て行く。

 その背中へと向かってナディアは頭を深々と下げて見送る。

 しばらくすれば、ゴラーダの声は随分と遠くへ行き。それに付き従う側近たちの足音も気配も、遠くへ行った。


 それを確認してなお、一分近く頭を下げ続け。

 やっと顔を上げて、天井を見上げて……ふぅ……と、ナディアは長い息を吐き出した。


「姫様、体調に問題が?」

「大丈夫です、ジェニー。これは、不調などではないのです」


 かけられた声に、微笑みながら答える。

 若干ではあるが、ジェニーの声が先程までよりも柔らかい。

 少なくともナディアはそう思っているし、そのことが心の支えにもなっている。

 ゴラーダと対峙して消耗した分は、かなり回復した。

 仮にも親子だ、多少の耐性もある。少なくとも、側近達よりは大分ましだろう。


 それよりも、とナディアは顔を動かす。

 視線を、エリーへと向けて。


「……仮にも親子ですからね。流石に陛下も、この天幕に密偵を張りつかせたりはしていません。

 特にこの状況でしたら、身内よりも外の情報収集に躍起になっているでしょうし」


 誰にともなく、という体で、呟く。

 傍にいるジェニーも、言葉を向けられたエリーも、答えない。

 数秒、沈黙が落ちて。


「そうですね、まだ私のことなど信頼できないでしょうしね。

 お話しするのは、信頼してもらってからにしましょう」


 くすり、小さく笑みをこぼす。

 その表情に、ジェニーは理解しきれないのか小首を傾げ。

 エリーは、表情を動かさない。


「あんな人の娘として、この歳まで生き抜いてきたんです。

 人の顔色を伺うのは得意なんですよ。だから……いえ、これ以上はやめておきましょう」


 そう言うと、エリーに背中を向けて、天幕内の荷物を片付け始めた。

 ゴラーダがああ言ったからには、今日中に王都へ向けて動き出すだろう。

 侍女も無しに、ゴラーダの娘、つまり王女が、自分で天幕の中を片付け、あまつさえ天幕自体を片付け始める。

 さすがに、天幕はジェニーも手伝ってはいるが。

 

 その光景を、無表情にエリーは見ていた。

 一瞬だけ、困ったような表情になって。

手入れの悪い車輪は軋み、転がる馬車に隙間を生む。

時にそこからネズミが入り、穴を開けていく。

大したことはない。普通であれば、大したことは。


次回:隙間と軋み


もし内側に、穴を広げるものが居れば?



※派生作品始めました!

「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」

下にリンクが出ているはずです!


1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。

公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ