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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
1章:暗殺少女は夢をみるか
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小悪党の末路

「ははっ……いい気分だ、実にいい気分だ」


 かつてのギルドマスター、グレッグの部屋。

 その椅子に座り、ハンスは独り言をつぶやいていた。

 階下からは、騒々しい笑い声や暴れるような音、酒瓶が割れる音もたまに聞こえてくる。

 ゴルドやその部下達が機嫌良くやっているのだろう。


 彼らには貯えから端金をちょいと渡してやれば、簡単に扱える。

 自分を見下していた男が、金に釣られて言うことを聞いている様は、実に愉快だった。


 手元の書類を確認する。

 彼らに渡した金などほんの一部、貯えはまだまだたんとあった。

 それを元手に、今度は自分が成り上がる番だ。そう、心から信じていた。


「それにはまず、ゴーストがいないとな……」


 彼女さえ確保できれば、最早邪魔となったゴルド達も始末できる。

 精々今のうちに楽しんでいるがいい、と暗い笑みを浮かべながら、机の上に置いたグラスに手を伸ばす。

 邪魔と言えば、ギルドのメンバーのうち、自分の言うことを聞かない連中はほとんど始末できた。

 ……それは全メンバーの大半に及んだのだが……それが意味することには気付かないようにしていた。

『それがお前の器だ』と嘲る声が聞こえた気がして、それを振り払うように酒を煽る。


「何が器だ……そういうお前はどうだってんだ!」


 そう、虚空に向かって声を荒げる。それを聞くものはどこにもいなかった……はずだった。


「……随分と荒れてるね」


 静かな声が響く。

 慌ててそちらへ視線をやると、細く黒い人影。

 月明かりが差し込めば、その姿が見えて……無表情な顔、長い黒髪、黒ずくめの服……。


「ご、ゴースト!? なんでここに!!」


 ゴルドの部下は失敗したのか! と内心で慌てる。

 だからあれだけ気をつけろと言ったのに、と恨み言を飲み込みながら、何とか表情を取り繕おうとする、が……一つも上手くいかない。


「なんで、ね……あなたが組む相手を間違えたから、かな」


 淡々と告げられる皮肉に、ひくひくと唇の端が震える。

 こんな奴にまで馬鹿にされている、そのことが酷く苛立たしい。


「はっ、なんとでも言え、どうせお前は僕に逆らえない!」


 彼女が連れ戻された時のことは、今まで何度も妄想していた。

 その時のためにとセリフまで考えていた。

 指輪を付ける練習すら、していた。

 練習通り、指輪はするっと簡単にハンスの指へと収まった。


「さあ、僕の言うことを聞け!」


 そう叫びながら、指輪を突き出す。

 彼女は言葉を発しなくなり、動きを止めた。

 その様子に、満足そうな笑みを浮かべ、力を抜いたように椅子の背もたれに体を預ける。


「どうだ、これでお前は僕の言いなりだ、さあ、何からさせてやろうか……」


 くくっ、くくっ、くふっと嫌らしい笑みが漏れる。

 貧相な体だが、遊んでやるくらいはしてやるか、などと下卑た考えをしていると。


「……気は済んだ?」


 とてもつまらなさそうに。

 感情をほとんど見せない彼女にしては珍しく、とてもつまらなそうにそう声をかけた。


「……は?」


 ハンスはがばっと体を起こし、信じられないものを見るような顔で、彼女を見つめる。

 その感情はよく読み取れない、が……明らかに、自分に服従している顔ではなかった。

 そのことに気づくと、ハンスの体が小刻みに震え始める。


 何が、起こっている……?

 指輪を見、彼女を見、無意味に周囲を見回し……視線は、彼女へと戻った。


「それはね、グレッグの仕掛け。

 私は、彼からこう言われている……。

 『俺がいないところでその指輪を付けている奴がいたら、そいつが裏切り者だ。必ず始末しろ』とね……」


 すぅ……と音も無く、短剣が抜かれた。

 光が反射しないよう煤を塗り付けられたそれは、純粋な暗殺用のそれ。

 彼女が自分を標的と認識し、殺そうとしている、というメッセージ。

 体の震えは大きくなり、顔色は青を通り越して真っ白だ。


「く、来るな、来るなっ」

「あなたの命令を聞く義理はない」


 命を奪いに近づいてくる。なのに音がしない。

 これは現実なのか? 夢なのではないか? 逃避しそうになるハンスの足に、何かが触れた。

 それが、彼を現実に引き戻す。

 慎重に、その位置を確かめて……手をかけた。


「……無駄な抵抗だと思うのだけど」


 明らかに変わった顔色、何かを探る仕草……隠そうと努力はしていたが、彼女にとっては駄々洩れだ。

 呆れたようにため息を付きながら、さらに歩み寄り。


「ははっ、黙れよ、これでもかっ!」


 ……狂気の滲んだ笑みと声、ばっと取り出したのは、小型のクロスボウ。

 護身用にと置いていたのを、今の今まで忘れていた。

 それほどに、テンパっていたのだと……彼自身は気づく余裕もない。

 ただ、これで何とかなる、死なずに済む……それが、彼を震い立たせる。


 狙いをつける。

 自分から近づいてきたため、すでに距離は5mもない……外すわけがない、距離。

 矢が放たれ、彼女が『居た』空間を射抜いた。


 そう、過去形だ。


「……は?」


 何が、起こった?

 理解することもできずに。


 すとん。


「はひっ」


 後頭部に、冷たい短剣が滑り込まされた。

 自分の体から自由が奪われる感覚、呼吸ができず、血が頭に巡ってこない。


「あなたは、何も知らされていなかった。

 指輪のことも、私のことも……」


 声が、聞こえる。

 目の前にいたはずの彼女の声が、なぜか自分の後ろから。

 振りむこうとして体に力が入らず、椅子の背もたれに崩れ落ちる。


「知らなかったのに、何も不思議に思わなかった。探らなかった。

 なのに勇み足をしたら……この稼業でそれは、こういうことに、なるでしょう……?」


 何故あんなにも彼女は依頼を達成できるのか。

 何故グレッグはあそこまでの信頼を寄せていたのか。

 ……考えたことも、なかった。


「さようなら」


 冷たい声。

 呼吸もままならず白濁し始めた意識が、さらに押し込まれた刃によって、完全に断たれた。




 ハンスの息の根を完全に止めたと確認すると。

 するり、と何の抵抗も感じさせない自然さで短剣を抜き出す。

 乱雑にハンスの服で刃を拭いてから鞘に納め、窓辺へと向かった。


 蝶番の金具を触り、仕掛けを解除。

 音も無く、窓が開いた。

 侵入者対策として、知らずに開ければ酷い金切り音がするように仕掛けがされていたのだ。

 そのことはハンスも知っていたはずなのだが。


 ハンスは気づかなかった。


 扉は当然開かなかった。

 窓から忍び込んだ、としたら……なぜ音がしなかったのか。

 つまりは、どうやってこの部屋に彼女が入ったのか。

 その違和感に気付けなかったのが、彼という器だったのだろう。


 窓から顔を出して下を見ると、エリーと目が合った。

 ハンドサインで指示を出すと、了解のサインが返され、打ち合わせ通りに動き出す。

 それを見届けると、レティ自身も扉へと向かい。


「さて、掃除、しなきゃ……ね……」


 そう呟きながら、小剣を抜き放った。

酒池肉林の宴は、惨劇へと変わる。

淡々と、あまりにも淡々と刈り取られていくものたち。

しかしそれも、自業自得。


次回:掃討


ここは、お前たちの場所ではない。

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