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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
5章:暗殺少女と戦乱
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決意

 戦勝に沸くコルドバの街で、そこだけが沈鬱な空気に満ちていた。

 

 戦勝、と言っていいだろう。

 圧倒的な戦力を誇る相手に一歩も譲らず、最終的には兵を引かせた。

 ゴラーダの表情からして、完全な撤退ではなく一時的なものだろうが、それでも、兵は引かれた。

 この事象だけを見れば、撃退した、勝った、と言っていい。


 しかし、浮かれることができるのは、事情を知らない多くの人々だけ。

 何が起こったか、を知っている一部の人間は、暗く沈んでいた。


 中でもレティは、魂が抜けたかのように椅子に沈み込んでいる。

 そんな彼女に、声を掛けられる者など、一人もいなかった。


 そんな重い空気の中、扉が開き、ゲオルグやその参謀達が中へと入ってくる。

 各々、席へとついて。

 ゲオルグはレティへと視線を送り……何か言おうとして、言葉を飲みこんだ。


 それから、その場にいる全員を見渡し。


「全員いるな。これから、今後の対策会議を始める」


 その言葉に、全員が頷く。レティも、少しだけ首を縦に動かした。


「で、初めに、決定事項から伝える。

 イグレット。悪いが頼まれてくれ。エリーを追っかけて、奪還してこい」

「……え……?」


 いきなりの発言に、レティから声が漏れた。

 エリーが連れ去られてから、レティが声を発したのは、これが初めてのこと。

 それほどまでに、打ちひしがれていた。


「いや、え、じゃねぇよ。お前以外できそうな奴がいねぇんだし。

 何より、これが最重要なことなんだからよ」


 そう言いながら、ゲオルグが唇の端を上げた。

 笑った、というには硬い表情だったが。


「まず状況を説明しよう。

 こちらの損害は1割にも届いていない。怪我人も、魔術の治療で恐らく数日中に復帰できるのが大半だ。

 対して、あちらは魔獣の大半を損耗、大半はあの光で消し飛んだ。

 仮にまた魔獣共が来ても、対策はわかってる」


 そこまで言うと、ゲオルグは側にいた魔術師へと視線を向けた。

 それを受けた魔術師は、こくりと頷き立ち上がる。

 一同に見えるように、小さな板のようなものを掲げて。


「戦場を検証した結果、敵方の騎士の傍に、このような魔道具が落ちておりました。

 これは、極めて限定的な対象に、狭い範囲で、それゆえ強力な精神操作を発するもののようです。

 恐らく、これを用いて魔獣を操っていたのでしょう」

「この辺りは、騎士共を落としたら魔獣共も動きを止めたってことの説明がつくやな」


 ゲオルグの相槌に、他の者も頷く。

 だが、同時にそれは、相手方、ガシュナートのただならぬ脅威を物語るものでもあった。


「そのような魔道具が、千だとかそれ以上の数を揃えられるものなのでしょうか?」

「事実揃えられてんだから、受け入れるしかねぇだろ……むかつくが」


 信じがたいことだが、数千単位でこの魔道具は落ちていた。

 恐らくこの道具一つで一体から三体程度まで魔獣を操れるのだろう、というのが魔術師達の見解だ。


「もう一つ、結構な範囲を砂漠が占めるガシュナートが、あんな大量の魔獣をどっから集めてきた、ってのもそうだが……。

 あの魔獣共の餌をどっから集めてきた? ってのも探らないとだろうな」


 例えば、肉食動物であるライオンは一日に数kgから10数kg、下手すればそれ以上を必要とするという。

 それ以上の肉体を持つキマイラ達、ましてドラゴンなど、どれほどの食料を必要とするのか。

 そして、数千体居たそれらの腹を満たすだけの食糧を、決して豊かではないガシュナートがどうやって用意したのか。

 これは把握しておくべきだし、そこに干渉できれば再度侵攻してきた時にも有利に働くだろう。


 彼らが、まだ魔獣を主力としていれば、だが。


「今最大の脅威は……あの、ジェニーって呼ばれた女だ。

 あれが、本当に伝説のマナ・ドールだってんなら……エリーのいない今、俺たちに打てる手はねぇ」


 たまたま、エリーがこの街にいて、たまたま、最前線にいた。

 そして、たまたま、耐えられる結界を張ることができた。

 それらの偶然が重なってやっと、のことだったし、もうその偶然はありえない。


「あのマナ・ドールは、なぜ追撃をかけてこなかったのでしょうか?」

「恐らく、あの一撃の負荷が大きすぎたのではないかと思われます。

 攻撃直後、あの近辺に相当な魔力の乱れが観測されました」

「ってことは、あのゴラーダのやろう、大した役者だった、ってわけだ」


 つまり、次の一撃がある、と見せかけるブラフ。

 それにより、あの場を支配されていたのだ。それに気づいたゲオルグは、相当に悔しがったものだが。


 そこまで説明がなされたところで、しばし沈黙が訪れる。

 どれくらいそうしていただろうか、ゲオルグが申し訳なさそうに口を開いた。


「で、そのゴラーダがマナ・ドールを操る道具を持っていて、だ……。

 エリーも、操られた、と。

 すまん、イグレット。エリーもマナ・ドールだったんだな?」


 その問いかけに、レティは口を開くことができず。

 迷いに迷って、首を縦に振った。


「となると……連中が態勢を整えて再度侵攻してくる時には、今度こそあのジェニーとやらと、エリーが向こうの戦力になるわけだ。

 そして、それを防ぐことは、間違いなくできねぇ」


 ジェニーはもちろん、あの獅子奮迅の活躍を見せたエリーを止められる魔術師など、いるはずもない。

 騎士達も、たどり着く前に打ち倒されるだろう。

 弓が効かないことは、皮肉にもかつてのクーデターで証明済みだ。


 以上から、エリーを無力化するには。


「だからイグレット、お前がエリーを連れ帰るしか、手段はねぇ。

 何かトラブルでもあったのか、連中の本隊は王都に戻ろうとしてるみてぇだ。

 そこにエリーがいることも確認している。つまり、すぐにエリーが敵に回ることはない」


 その言葉に、ぴくり、とレティの肩が揺れた。

 エリーを敵に回すなど、考えられない。それが、ゲオルグ達を裏切らなくても達成できるかも知れない。

 そのことは、レティの心を、少しだけ軽くした。


「お前がなんとかしてエリーを連れ帰れたら、めでたしめでたしってわけだ。

 まあ、あの道具がどんなもんなのか、にもよるが……こっちの密偵も送って、できるだけ協力する。

 お前にしかできないことだ、頼む、引き受けてくれ」


 ゲオルグに言われて、ゆっくりと顔を上げる。

 

 エリーがいなくなって、目の前が真っ暗になった気がしていた。

 もう、どうしたらいいのかわからない。何もすることができない。

 そんなことすら思う程に、あの時のエリーの手は、冷たかった。


 だが、目の前のこの男は、状況を整理して、やるべきことを提示してくれた。

 背負ったものを考えれば、自分以上に絶望的な気分であろうに。

 それを、おくびにも出さない。


 であるならば。


「わかった。

 絶対に、エリーを連れ帰る」


 まだ、力は戻り切っていないが。

 それでも、瞳は前を向き出していた。

奪われた痛みは、胸に突き刺さったまま。

だがその傷は、歩き出すことで薄まっていく。

未だ傷口は塞がらずとも、やるべきことを見据えていれば。


次回:一人の旅路


奪われたものを、取り返すために。



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