破滅の閃光
「きりが、ないっ! マナ・ボルト!」
エリーの叫びとともに、弧を描く光弾が解き放たれる。
狙いは違わず、魔獣ども、その間にいる騎士達へと降り注いでいく。
強力な『出力補正』がかかったマナ・ボルトは、キマイラすら撃ち抜いていく。
それ以上に、騎士達が倒れ制御を失った魔獣達の暴走で、現場はさらに混乱が激しくなっていた。
だが、それでもその混乱を回避して南門へと向かうことを選択することができるような騎士達だ。
エリーの攻撃すら、魔獣を盾にして防御する連中も少なからずいる。
じわり、じわり、こちらへと押し寄せられてくる。凌げるか、どうか。
もしもの時は、と覚悟を決めた時だった。
「エリー、壁は任せろ、撃つことだけ考えな!」
背後から、ゲオルグの声がする。
彼と、大振りな、タワーシールドと呼ばれる重厚な盾を携えた歩兵がずらり。
彼らはすぐにエリーの左右に配置され、射線を邪魔せず、しかしいざとなればすぐに割って入れる位置につく。
流れるような移動を見せる練度は、流石としか言いようがない。
「ゲオルグ、助かった」
「なぁに、ここまでこっちが助けられてるからな、こんなもん利子にすらなんねーよ!」
ゲオルグの軽口に、思わずレティもエリーも笑みをこぼした。
実際のところ、すでにエリー一人で数千の魔獣を落としている。
それはもはや、戦術兵器どころか戦略兵器級の活躍と言っていい。
そこまで助けられておいて、平気な顔をしていられる程ゲオルグの面の皮は厚くなかった。
「でも実際のところ、助かりますっ!」
光弾を放つ合間に、エリーも口をはさむ余裕が生まれた。
もし押し切られた場合、レティが白兵戦を担当することになったはずだ。
確かに今のレティであれば、魔獣相手でも十分な攻撃力を発揮できるだろうが……それは、あくまでも一対一の場合。
多数の魔獣が襲い掛かってくる状況であれば、回避するのが精一杯だろう。
その可能性がなくなった、というだけでも随分と余裕は違うものだ。
「これもエリーが踏ん張ってくれたおかげだ!
ああ後、イグレット、お前が教えてくれたおかげで、他の壁に余裕ができたってのもあるな」
「やっぱり理解してくれたんだね、流石」
「流石、じゃねぇよ、ったく」
こうして軽口を叩きあえるのも、なんとかなる、と思えるところまで来たからだ。
だが、あくまでもまだ、なんとかなる、かもしれない程度。
「ここを凌げばなんとかなる! やるぞ、野郎共!!」
ゲオルグの檄に、兵士達が「おお!!」と力強い声で答えた。
「おい、どういうことだ、これは」
ガシュナート軍本陣に、不機嫌で冷たい声が響いた。
聞こえた声に、その場にいた全員が慌てて振り返る。
「こ、これは、陛下! な、なぜこのような場所に!」
狼狽えた将軍が、慌てて男へと駆け寄る。
陛下、と呼ばれた男、つまりガシュナート国王ゴラーダは、ギロリ、凍てつくように冷たい視線で将軍を睨みつけた。
「なぜ、じゃねぇだろうが。
予定よりも進軍が遅ぇから様子を見に来たら、ワイバーン共は影も形もねぇ上に、魔獣共は停滞させられてるときたもんだ。
これで、何が起こってるのか気にならない奴がどうかしてる」
呆れた……というよりは、うんざりとした様子で吐き捨てると、ゾクリと将軍の背筋に冷たいものが走る。
まずい、まずい、まずい。
その言葉だけが脳裏を駆け巡り、まともな思考ができない。
そんな将軍のことを睨みつけていたゴラーダが、口を開いた。
「で。報告しろ。何が、起こっている」
「はっ、そ、それが、ですね……え、ええ、現在鋭意情報収集中でございまして」
将軍の言葉に、ゴラーダの目が細められる。
それだけで、将軍の口から小さな悲鳴が漏れた。
「ほう。つまり、こんだけの損害を出しといて、未だに何が起こっているのか把握してないわけか。
おまけに、その状況で、兵を引くでなく、ただ浪費して」
「い、いやしかし、現在魔獣達が城壁に取り付き、攻撃をしております!
抵抗の激しい南門も押し込みだしており、もう間もなく、攻略完了のご報告ができるかと!」
男の弁明に、ゴラーダは大きく息を吐き出した。
「言い訳にしても、もうちっとましなのを考えろや」
吐き捨てるように言うと。ゴラーダの右手が、動く。
あっと言う間もなく抜剣すると、それを振り下ろし……将軍の頭を、かち割ってしまった。
ここまでの会話の流れでそうなることを予想していた周囲は、驚きもせず沈黙を守っている。
頭を割られ崩れ落ちた将軍に駆け寄るものも一人もいない。
彼の不興を買った者がこうやってゴラーダ自身の手によって処断されることは、珍しいことではなく、うかつに動いて自身にも火の粉が飛ぶことを恐れているのだ。
そんな周囲の反応を気にした様子もなく、つまらなさそうな顔になったゴラーダは無雑作に剣を拭い、鞘に納めながら周囲を軽く見渡した。
「何か文句がある奴はいるか?」
「ございません!」
ゴラーダの問いかけに、口々に従順な姿勢を見せる。
それに対して一度だけ小さく頷いて見せると、すぐに。
「角笛で撤退の合図を送れ」
「はっ、かしこまりました!」
これ以上の力攻めをするべきか否か。
それを判断する材料がない以上、ここまで無駄に魔獣を損耗している状況をそのままにはしておけない。
ゴラーダはそう考え、撤退の合図を送らせたのだが。
「……なんで撤退を開始しやがらねえ?」
撤退の角笛が幾度も響いているというのに、撤退してきたのは南門へと向かっていた一部のみ。
それ以外の魔獣達は、特に東西の壁に張り付いた魔獣達はぴくりとも動かなかった。
「状況が把握できておらず申し訳ございません!
先程から急に魔獣共の動きが悪くなることがあり、そのせいかとは思われるのですが……」
「あん?」
近くにいた騎士の言葉に、ゴラーダの目が細くなる。
睨みつけるような、推し量るようなそんな視線で戦場を見つめることしばし。
「まさか、カラクリに気づいた奴がいるってのか?
だったら……あいつらもう、使い物にならねぇじゃねぇか」
まるで、槍が折れた程度の軽い口調でこぼす。
あれだけの数の魔獣が、最早使い物にならない、とわかったというのに、だ。
ゴラーダは背後を振り返り、小さな人影に声を掛ける。
「しかたねぇ。おい、行ってこい」
「了解」
答えた声は、やけに無機質だった。
「とりあえずは、凌げた、か……?」
響き渡る角笛の音は、ガシュナートの合図では撤退を意味するはず。
そのことを知っているゲオルグは、大きく息を吐き出した。
あの後、キマイラとマンティコアが数体だけ抜けてきたが、流石にその程度では、これだけの兵士の壁を抜くことなどできず打ち倒されている。
そして、撤退の合図……制御を失った魔獣達はその場に取り残され、無事な魔獣だけが撤退していく。
当初五千程度と見られたその数は、すでに数百程度にまで激減していた。
敵方の損耗は、魔獣に限って言えば九割近い。その結果だけ見れば、緒戦は勝利したと言っていいだろう。
だが、ゲオルグはまだ、嫌なものを感じていた。
まだ、油断できない。何か、違和感がある。
「……今のうちに壁の中に戻るぞ。まだ、終わっちゃいねぇ」
勝利に喜びそうになっていた兵士達に声をかけると、すぐに表情が改まった。
ゲオルグの指示に従って、各部隊整然と並んで撤収を開始する。
「私達も一度戻ろう」
「はい、レティさん」
レティ達も戻ろうとした、その時だった。
直感、としか思えない何かが、レティの脳裏を走った。
すぐさま、『動的探査』を全力で放つ。
「レティさん?」
「……変な反応……何これ……。
エリーと同じか、それ以上の魔力反応……?」
その言葉に、エリーが慌ててレティの手を取る。
そして、共有される感覚に……エリーは、背筋が泡立つような恐怖を覚えた。
すぐさま前に出て、前方を睨みつける。
「この感じ……まさか!!」
それからすぐにゲオルグ達を振り返った。
「ゲオルグさん、急いで!! 早く、城壁の中へ!」
「何!? わかった! 総員、全速で撤収! 急げ!!」
エリーの言葉に、ゲオルグは疑うことすらせず直ぐに指示を出す。
それに応えて、兵士たちが全力で移動を始めた、が。
「だめ、間に合わない……伏せてください!!
レティさんは私の後ろに!」
エリーの叫びは、届いただろうか。
それを確認する余裕もなく、エリーはまた前方を睨みつけて……全力で、結界を発動する。
次の瞬間。
エリーのマナ・ブラスターすら比較にならない程の強烈な光が、エリー達を、全てを飲み込まんと襲い掛かってきた。
「くぅぅぅぅ!!!」
エリーは全力で結界に全エネルギーを注ぎ込む。
少しでも気を抜けば、一瞬で消し飛ぶことは間違いない。
結界が軋み、たわむ。
必死にそれを制御して立て直すのに情報処理回路を全開で走らせ、魔力伝達回路に無理をさせてエネルギーを供給して、耐えに耐え忍んだ。
永遠とも思える、数秒。
「し、しのい、だ……」
光が収まり、それに気づいたエリーは、がくりと膝をつく。
「エリー!」
愛しいマスターの声がかかり、後ろから抱き留められた。
良かった、無事だ。
「レティさん、良かった……無事で……」
そう言いながら、後ろを振り返る。
後ろでは、伏せていたゲオルグ達が、よろよろと体を起こしていた。
恐らく、ほとんどは、無事だ。
そして、さらにその背後……コルドバの街は。
城壁に被害が出ているものの、なんとか街自体は無事。
城壁の上にいた兵士達は……祈るしかないが。
「よ、良かった……」
「ありがとう、エリーのおかげ。
でも、今のは……」
二人して、光が放たれた方向へと目を向けた。
制御を失って混乱し、暴走していた魔獣達は跡形もなく消え去っており。
その、さらに向こうに。
一人の、小柄な少女がいた。
「あれ、まさか……」
「……はい」
エリーは、ごくり、と唾を飲み込む。
その姿は、良く知っていた。
かつていくつかの戦場で共に戦ったこともある、彼女は。
「戦略級マナ・ドール、ジェノサイダー。
ジェニー、どうして、あなたが……」
1500年を経ての再会に、エリーは茫然と呟くことしかできなかった。
駆使した戦術。積み上げた労力。掴みかけた勝機。
その全てが、一人の少女によって覆された。
荒れ狂う光の奔流が収まったその先には、更なる悪夢が待っている。
次回:二体目のマナ・ドール
時に絶望は、不意に訪れる。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
下にリンクが出ているはずです!
1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




