閃光と鮮血と
「うっわ~……ひっでぇな、こりゃ」
城壁から見ていたゲオルグは、呆れたような声で呟いた。
南門前に陣取るエリーが光を放つ度に、彼方で爆音が響き、人が、魔獣が吹き飛んでいく。
その有様は、一方的な蹂躙、と言って差し支えなかった。
しかし、さすがにあちらも、ただやられているだけ、ではない。
「段々、じわじわと前に押し込んできてやがるな……」
時速60㎞を越えるようなスピードで駆け寄ってくる魔獣の速度に、じわじわと着弾点が前にずれてきていた。
この分では、いずれ接敵される、か。あるいは……。
「伝令、東西に一人ずつ走れ!魔獣がそろそろ来るってな!
角笛、二度、一度、三度!」
東西の指揮官の元に伝令が走り、迎撃準備を伝える角笛が吹き鳴らされる。
茫然とエリーの一方的な攻撃を眺めていた、あるいは何が起こっているのか見えずに困惑していた兵士達がそれぞれに表情を引き締め、武器を確認しそれぞれの持ち場を確認する。
それらの準備が終わったところで、押し寄せてきた魔獣達が、左右に分かれた。
押し込み、攻撃できる範囲が狭まってきたところでの展開に、さすがのエリーも全てを追いきることができない。
それを見たゲオルグが、城壁から大声を張り上げる。
「エリー! イグレット! 撃ち漏らしは気にするな、十分だ!
お前らは直進してくるのだけ狙い撃て!!」
その言葉が聞こえたのだろうか、レティが剣を振って、了解したとの合図を送ってきた。
エリーにも伝わったのだろう、先程と変わらないテンポ、攻撃範囲で攻撃している。
いかな魔獣と言えど、ワイバーンによる攪乱もなく分散して各個に突撃してくるのならば、この城壁と配置した兵士達で十分戦える。
もちろん、相当数の被害は出るだろうが……十分に希望はある。
「後は……すまん、もうちょっとだけ頼むぜ、エリー、イグレット」
一番の圧力がかかるであろう南門。ここを死守できれば、勝敗はわからない、というところまで持っていける。
そのためには……孤軍奮闘しているエリーに、できるだけ頑張ってもらうしかない。
それがどうにも歯がゆかった。
「聞こえた? エリーは無理せず、今迄と同じように」
「はいっ、わかりました!」
レティの声にエリーが答え、またマナ・ブラスターを解き放った。
もう、どれほどに薙ぎ払っただろうか。
さすがに空を飛ぶワイバーンに比べて頑丈なキマイラやマンティコアは、全力のマナ・ブラスターでも薙ぎ払うのがやっとだ。
まあ、そもそも薙ぎ払えること自体がおかしいのだが。
「……次、エルダードラゴンが来る。情報、送るね」
「こちらでも確認しました。……マナ・ブラスター!!」
レティの『動的探査』にエルダードラゴンが検知された。
それを告げれば、エリーが構えなおし……『感覚共有』された情報を基に、エルダードラゴンへと向けてマナ・ブラスターを放つ。
そう、一体にだけ向けて。
いかなエリーのマナ・ブラスターと言えど、エルダードラゴン相手では、一体に集中して放たねば、落とすことができなかった。
つまりは、その間に敵の大幅な進行を許してしまうわけで。ぐい、と一気に押し込まれ、背筋に冷や汗が流れる。
「このままだと、まずい、ね……」
「そうですね……でも、打つ手が……」
情報では、後二体エルダードラゴンがいるはずだ。
となれば、その投入タイミングによっては押し切られてしまいかねない。
たった一発薙ぎ払わなかっただけで、そう懸念されるだけ、押し込まれてしまった。
かといって、エルダードラゴンを一発で落とせずに近寄られて、ブレス攻撃でもされようものなら、一気に守勢に転じてしまうことになる。
そうなれば、南門へと魔獣が殺到してしまうことだろう。
そう考えながら、もう一度エリーが薙ぎ払った。
その瞬間に見えた光景に、レティはしばし考える。
列の端に居た魔獣が、急に動きを止めたのだ。
何かを、きっかけに。
何が。どうして。そもそも、何か他に違和感は。
急に、脳裏に閃くものがあった。
「ごめん、エリー。ちょっと試したいことがあるのだけど、いいかな」
「もちろんです、レティさんの言うことなら、なんでも従います!」
その即答ぶりに、くすりと笑ってしまう。
全幅の信頼を寄せ過ぎではないだろうか。
でるならば、なんとしても応えねば、とも思う。
「次、ブラスターじゃなくてマナ・ボルトで攻撃して欲しいの。
対象、送るね」
「え? あ、はい、わかりました……。
うん? わかりました! マナ・ボルト!!」
送られてきた情報に、一瞬だけ小首を傾げる。
しかし、もとよりレティの言葉を疑うことなど考えもしないエリーは、すぐに頷き、マナ・ボルトを放った。
過たず光の矢は目標を貫き……そして。
「え? ……い、一体、何が??」
予想外の光景に、ぱちくりと瞬きを幾度も見せた。
「やっぱり、か……エリー、もう一度マナ・ボルト。
今度は、私が合図を送るタイミングで」
「はい、わかりました!」
エリーが頷くのを聞くと、レティはくるりと振り返り、城壁を振り仰いだ。
「うん? イグレットの奴、何してんだ?」
何故か急に攻撃をマナ・ボルトに切り替えたことを訝しんでいたゲオルグは、続くレティの行動に、また首を傾げた。
こちらを振り返り、小剣をかざして、幾度か振って見せる。
ゲオルグが視線を向けたことに気づいたのだろうか、こくり、一回頷いて見せて。
それから、改めて敵の方へと向き直り、敵へと向けて小剣を振り下ろした。
応じるようにエリーから光の矢が再び放たれ、魔獣達の間へと吸いこまれていった。
そう、魔獣達には、一本も当たらず、その間へ。
だというのに、一瞬の後、魔獣達が動きを止めた。
そこに後続が勢いを失うことなく突っ込んできたため、あちこちで衝突が起きる。
攻撃を受けたと判断したのか、同士討ちを始める魔獣すらいる始末だ。
ともあれ、マナ・ボルトを撃ちこまれたその場所を中心に、敵方の混乱が起こっている。
「なんだ、何が、起こった……?」
目を凝らし、観察する。
魔獣達の間に、何がある、何があった?
ほんの数瞬の観察で、ゲオルグはそれに思い至った。
「伝令! 東西に走れ、指揮官に厳命!
魔獣ではなく、その中にいる騎士どもを狙え!
あいつらが魔獣どもを操ってやがるんだ!」
理屈はわからない。しかし、そうとしか考えられない。
エリーのマナ・ボルトは騎士達だけを撃ち抜いたというのに、その直後に魔獣達が動きを止め、あまつさえ制御を失って同士討ちまで始めた。
つまり、騎士達が何かの手段を使って魔獣達を制御していたのだろう。
そして、恐らくイグレットの先程のパフォーマンスは、それを観察しろということだったのだ。
「ったく、それで俺がわかんなかったらどうすんだっての」
ゲオルグならわかるだろう、という信頼のもとにされたこと。
それがわかるからこそ、照れ隠しに悪態をつく。
程なくして東西の壁に迫った魔獣達が、騎士を討たれてやはり制御を失っていく。
あちこちで混乱が生じ、東西が一気に押し切られることだけは回避できた。
とは言え、まだまだ予断は許さない。
魔獣が一体でも抜けてくれば、そこから大混乱が始まることも十分に考えられるからだ。
その上……。
「ちっ、混乱させて進行速度こそ落とせたが……抜けてくるのも出てきたか」
同士討ちで混乱している場を避け、南門へと向かってくる連中も出始めた。
それらは、エリーのマナボルトで迎撃されてはいるが……進軍の蓋をしているところを薙ぎ払うわけにはいかないため、どうしても落とせる数は減ってしまう。
ここでエリーに何かあっては、折角勝機が見えてきたこの戦が一気にひっくり返る。
「ああくっそ、騎士500、歩兵3000で編成、下に降りろ!
打って出る、エリーの直衛に入るぞ!」
そう言いながら後を副官に託し、ゲオルグも下へと降りていった。
勝機は見え、段取りも問題ない。
そんな時にこそ、転機は訪れる。
まさかの出来事、襲い来る悪夢。
次回:破滅の閃光
風雲、急を告げる
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