コルドバ攻防戦
「何が、一体、何が……」
上空に展開していたワイバーンを主力とする飛行魔獣部隊は全滅。
それも、開戦から僅か十数分、それも一方的な蹂躙とも言える超長射程魔術攻撃によって。
軍団を率いる将軍は、そのことを理解できずにいた。
いや、理解することを拒否していた。
「閣下! 何か想定外の異常事態が起こっております!
ここは一度軍を引き、情報の確認を優先された方が!」
参謀として配属された男からの諫言がやけに耳に障る。
引く? 撤退する? この状況で?
「ふざけるな! 撤退などできるか!」
この男は何もわかっていない。この状況で撤退などできるわけがない。
これだけの、必勝を期した、むしろ圧勝して然るべき軍勢を与えられた状況で。
逆に言えば、撤退だ敗北だのを報告すれば、自分の首が物理的に飛ぶ状況で。
撤退など、できるわけがない。
つまり、将軍にとっての状況とは、己の状況でしかなかった。
ガシュナート王ゴラーダは有能な配下には寛容で無能には冷酷だ。
結果さえ出せば、多少のことは目をつぶってくれる。
しかし結果が出せなければ、容赦はない。
例え、王の親戚筋に当たるこの将軍であろうとも。
ならば、なんとしてでもコルドバを落とす以外に道はない。
「そ、そうだ、あの魔術の発射角度からすれば、敵の魔術師部隊は城壁ではなく地上に展開しているはず!
であるならば、地上部隊で押しつぶすことも可能だ!」
確かに、敵の魔術師部隊は強大な魔術と底知れない魔力を持っていた。
だが、いくらなんでもこれ以上はもつまい。
であれば、あわよくば撤退に乗じて押し込むこともできよう。
そうでなくとも、城壁に張り付きさえすれば、あの魔獣どもを押しとどめられる戦力はコルドバにあるはずがない。
「いける、いけるぞ!
このまま全速で前進させろ、憎き魔術師どもを踏みつぶさせるのだ!」
「……は、かしこまりました……」
中途半端な能力を持つ者が指揮官である場合、往々にしてこんな悲劇が起こる。
例えば、愚かな指揮に根拠を与えるだけの分析はできてしまう場合。
大本は自己保身から来ているが、事実も多少は踏まえてはいるため、その場で即座に否定することが難しい。
命がけで諫言してくれるだけの忠実な部下がいればまた話は違うが、そもそもそんな忠臣がいるような指揮官であれば、こんな判断は下さない。
「では私は、閣下のご指示を各方面に伝達してまいります」
「うむ、任せたぞ!」
やたらと頭が良いだけで身分の低い男が自分の指示に従った。
そのことに満足感を覚えていた将軍は、彼の表情を見逃した。
だから、彼が指示を伝えるだけは伝えた後、行方をくらましたことなど、気付くことはなかった。永遠に。
「エリー、魔力は大丈夫?」
「は、はい、大丈夫、ですけど……今のうちに、補給します、ねっ」
さすがにあれだけ連続してマナ・ボルトを使用すれば、エリーの消耗も大きかった。
飛行部隊に比べて侵攻の遅い地上部隊はまだ交戦距離になく、少しだけ休憩ができる。
もちろん、少しだけ、だが。
なのでエリーは、持ってきていた糧食を急いで口に入れ、水で流し込んだ。
碌に味わうこともなく口に入れ、水と共に飲み下す。
供給された質量が『虚空炉』に送り込まれ、圧縮され、魔力となって取り出された。
それはまずエリーの身体の疲労回復に使われ、ついで攻撃用魔力の供給に回される。
『情報処理回路の機能回復』
『魔力伝達回路の消耗回復』
そんな情報が、エリーの視界には表示されていた。
かつては感覚的にわかっていた状態情報が明示されるのは、ありがたいような面倒なような。
そんな贅沢な悩みを抱えながら、エリーは糧食をまた口に詰め込んだ。
消費しきれなかった分が攻撃用としてプールされ、飲み込んだ糧食の一部は処理前の質量として残される。
これで、また十分に戦える。そうエリーが気合を入れた時だった。
「ごめんね、エリーにばかり無理させて」
謝りながら、レティが背後からエリーを抱きしめた。
途端に、情報処理回路の状態が一気に120%まで上がり、魔力伝達回路の消耗は完全になくなった。
どれだけ都合のいい身体にされてしまったのだろうか、なんて場違いなことを思う。
「大丈夫です、問題ありません。
それに、私だけじゃないですよ。レティさんだって、危ないとこにいるんですから」
こうして、敵と最初に接触するであろう場所に。
彼女一人であれば、それこそ『跳躍』で逃げることも簡単ではあろうが……多分、エリーを置いてそうはしないだろう、と思っていた。
「エリーだけ危険な目に遭わせるわけないじゃない」
「……うん、ほんっと、そういうとこですよ、レティさん」
おかげで、さらにやる気になってしまったではないか。
絶対に、この愛しいマスターを死なせはしない。少しでも危ない目には合わせない。
心の中から、さらにエネルギーが湧きだしてくるような感覚を覚える。
「……もうすぐで、射程距離に入るね」
「そうですねぇ、あれで引いてくれたら良かったんですが」
きっと、ゲオルグなら引かせていた。リオハルトも、バトバヤルもそうだろう。
率いているのが誰かは知らないが、安直なものだ。
「そんなやり方で、ここを抜けると思わないでくださいね……」
エリーのつぶやきに、レティが腕を解き、また肩に手を添える体勢に戻った。
それでも十二分に、エリーのやる気は、性能は維持されたまま。
魔力を、再び左手に集める。
できるだけ多く、できるだけ細く圧縮して。
「『動的探査』」
そして再び放たれる探知魔術。
その情報がエリーにも共有され、敵の位置が捕捉されていく。
今用意しているのは、マナ・ブラスター。
マナ・ボルトと違い、自動照準は為されない。
しかし、こうしてレティの能力と組み合わせれば、まったく問題はなかった。
「……変なの」
「え、どうかしました?」
不意に、レティが声を出した。
その言葉に、エリーが不思議そうに小首を傾げる。
「魔獣達の間に、騎兵がバラバラに配置されてる」
「え? ……魔獣の戦い方と騎兵の戦い方って、違いますよね?」
「むしろ、いたら魔獣の邪魔だと思う」
騎兵は、列を揃えての『騎兵槍突撃』が戦法の花形だ。
そうでなく、例えば機動力を生かした戦術を取るにしても、同じ兵種同士で揃えねば意味は激減する。
対して魔獣達は、恐らくその耐久力と破壊力を活かしての強襲が最も効果を発揮するはずだ。
一言で言えば、好き勝手に暴れさせるのが一番強い。
何しろ、人間など触れただけで吹き飛ばすだけの腕力があるのだから。
その間に人間の騎兵を配置しては、同士討ちをしてくださいと言わんばかりなのだが。
だからこの配置は、お互いの良さを潰し合っている、ようにしか見えない。
「……向こうの狙いはわからないけど、やるべきことは変わらない、か」
「ですね、まずは……」
いずれにせよ、騎兵も魔獣も、白兵戦が真骨頂。
であれば、接敵する前に、できるだけ数を減らすべきだ。
魔力を集めた左手を、目の前にかざして。
「マナ・ブラスター!」
全力の魔力を籠めた、細く収束させたマナ・ブラスターを、敵を薙ぎ払うように振るう。
一瞬の後、次々と弾け飛ぶ魔獣、騎兵。
一度に数十は吹き飛んだだろうか。
その戦果を確認することもなく、また魔力を充填して……解き放つ。
光が走り、爆音が轟き、敵が吹き飛ぶ。
一体でも多く、撃ち落とす。そのことだけを考えて、エリーはマナ・ブラスターを連射していた。
だから、気付かなかった。
視界の隅で『出力補正+500%』という文字が表示されていたことを。
光が走り、薙ぎ払う。
恐るべき膂力を誇る魔獣を、磨き上げられた鎧に身を包む騎兵を。
それを誇るでもなく、彼女はひたすらに、ひたむきに。
それでも、守り切れるものばかりではなく。
次回:閃光と、鮮血と
いつだって戦場には、血がありふれている。




