見送られる日
そして、翌朝。
出立の準備を終えたレティとエリーは、もう一度王城に、別れの挨拶に来た。
「お二人とも、本当にお世話になりました。
またいつかお会いしましょうね?」
見送りにと門前まで出てきたツェレンは涙ぐみながらも、花のような笑顔を見せ。
その傍らにいるドミニクは対照的に涼し気な顔だ。
「ま、あんたら二人ならそうそう問題もないだろ。達者でな。
ああそうだイグレット、ここでお別れだからって、気を抜くんじゃないよ?」
「もちろん。みっともないことしてたら、ドミニクが飛んできそう」
「そりゃね、弟子の不始末は師匠の責任、だからねぇ」
「何それ」
などと冗談を言いかわすレティとドミニクを楽し気に目を細めていたエリーの側に、ツェレンが寄ってくる。
「エリー様も、どうかお気をつけて。
それから……またいらした際には、是非イグレット様との色々なお話聞かせてくださいね」
「ええ、もちろんです!
でも、きっと長くなりますから……ふふ、お泊り会でもしながらになるかも知れませんね~」
「あら、お泊り会だなんて……私、とても楽しみです」
そして二人は、互いに顔を見合わせ、笑い合った。
とりとめのない談笑は続き、名残も尽きず。
それは公務で遅れていたバトバヤルが来るまで続いた。
「おう、すまねぇ、待たせちまってよ!」
「いや、忙しいのはわかってるのだし、無理はしなくても」
「そんなわけにもいくかい。
命の、そんで国の恩人の見送りを欠かすなんて不義理ができるかってんだ」
豪快に笑いながら、バトバヤルがばしんとレティの肩を叩く。
こういった感覚は、コルドールとジュラスティンでは随分と違うのだろう。
そして、こういった感覚は嫌いではない、と思ったりしているあたり、自分も随分と変わったようだ。
そんなことを、ふと思う。
「つーわけで、イグレット、エリー、お前さんらはこの国の恩人だ。
何かあったらいつでも来な、恩返しの一つや二つ、させてもらうぜ」
豪快な笑顔でこんなことを言われるのだ、まあ、嫌いになれるわけもなかろう。
だから、エリーと顔を見合わせ、苦笑しあう。
それでも、その気持ちは嬉しいものだから。
「ありがとう。いつかまた、きっと」
「こちらこそ色々とお世話になりました。またいつか、伺いますね」
二人してそう告げると、二人は王城を後にした。
その姿が見えなくなるまで、ずっとツェレンは手を振って見送り、バトバヤルとドミニクも門前から動かなかった。
王城を辞してから、預けていた馬を引き取り、街の外へと向かう。
ただそれだけのことなのに、来た時とは随分変わってしまった。
「……見られてる……」
「あはは、それは、仕方ないとは思いますけど」
街行く人達は、レティに気が付くと全員が全員、振り返っていた。
しばらくそちらを見ながら、何やらひそひそ。
ほぼ全員が好意的な顔だったから、まあ陰口などは言われていないのだろう。
それでも、これだけ注目を浴びるのは落ち着かない。
「バトバヤル陛下は、この国に住んだら、とか言ってくれたけど……これは、無理」
「ふふ、レティさんの性格だと、そうですよね~。
色々おまけしてもらえたりとか、メリットもありそうですけど」
「それはそれで、どうなんだろう……悪くはない、と思うけれど」
もしかしたら、こんな空気にも慣れるのだろうか。
それとも、街の人の方がレティに慣れるのだろうか。
それは、過ごしてみないとわからないけれど。
「あ~、イグレットだ~!」
そう言いながら、レティに向かって手を振ってくる女の子がいた。
六歳くらいだろうか、頬を紅潮させ、ぶんぶんと元気よく手を振る様子に、思わず笑みを零しながら小さく手を振り返す。
振り返された女の子は、満面の笑顔になって「きゃ~!」と悲鳴にも似た歓喜の声を上げて駆け出し、すぐ近くにいた母親に抱き着いた。
女の子を抱き留めた母親は、困ったような顔で娘の頭を撫で、ついでレティに申し訳なさそうな顔を向ける。
その表情に、大丈夫、とばかりに小さく首を振って応えた。
途端、母親もほっとした顔になる。
そして、母親に抱き着いたまま、またレティへと手を振る女の子に、振り返しながら。
「……悪くはない、とは思う」
「もうちょっと素直になってもいいんですよ?」
意地悪な笑顔で顔を覗き込んでくるエリーの顔を見ないように、視線を逸らした。
そんなやり取りを周囲で見ていた他の子供達が大人しくしているはずもなく。
レティに向かってほとんど全員の子供が手を振ってきて、レティもそれに振り返して。
街から出る東門に辿り着くころには、2時間近く経っていた。
「……まいった、思ったよりも時間を食った」
「ここまで、町中の子供全員が出てきたんじゃ、ってくらいでしたもんねぇ」
そう言いながら二人は騎乗し、背後を振り返る。
ここまでついて来てしまった子供達、その親達……それ以外の、野次馬達。
剣術大会優勝者の旅立ちを見送ろうと、随分と多くの人間が詰めかけてきていた。
口々に、「かっこよかったぞ!」だとか、「また来いよ!」だとか言っているのが、なんだかおかしかった。
所詮よそ者でしかないはずの自分に、ここまで言ってくれる。
その心情が不思議でもあり……ありがたくも、あった。
だから、軽く手を振って。
「ありがとう。きっとまた、来るから」
笑顔で、別れを告げた。
王都を出てから、しばらく。
もうすっかり門も、そこで見送っていた人たちも見えなくなってしまった頃。
「……何だか、変なの」
「どうしたんですか、急に」
「ちょっと、ね。この街を出る時に、アザールともクオーツとも違う感じがしたから」
「ああ……それは、そうでしょうね~」
何しろ、あれだけの見送りなど初めて受けたのだ、気分も違おうというもの。
でも、きっとそれだけでなく。
「……私を私と、他人に認識されて……見送られるなんて、初めて」
「……ですよね、今迄は」
今迄は、なんのかんの言いながら、結局は裏方だった。
むしろ表に出てきてはいけない立場だった。
それが、こうして表舞台で派手に活躍し、多くの人に認識されるようになってしまった。
それを改めて実感して……その感覚は、何とも言い難い。
「何だか、色々変わってしまって、頭が追い付かない気がする」
「大丈夫ですよ。一つだけ変わらないことがありますから」
ちょっと疲れたように言うレティへと、エリーが自信満々な笑顔を向ける。
はて、何だろうと小首を傾げると。
「私が、レティさんの傍にいるってことです!」
きっぱりと、自信たっぷりに言い切られた。
その様子に数度瞬きをして。それから、思わず吹き出してしまう。
「ふふ、そう、だね……うん、エリーは、そうだよね」
「ええ、そうなんです、決まってますから!」
頷くレティに、胸を張って見せて。
……それから、急に声を少し落とす。
「もちろん、今夜のベッドでもですからね?」
「あ~……まあ、仕事とかも終わったし、ね……」
言いたいことは伝わってくるし、それは確かにもっともだ。
だけれど。
「でも、どちらかと言えば……下、じゃない?」
「その辺りはレティさんのお好みにお任せします。私はどんなのでも大丈夫ですから!」
「いや、その……まあ、うん」
なんだか、ニコニコとした笑顔の裏に、ギラギラ、が見えた気がした。
それ自体はまあ、レティとて我慢していたところはあったのだから。
「うふふふふ、楽しみですね~♪」
「あ、うん、そう、だね……」
色々と溢れさせ始めたエリーへと、曖昧に頷いて見せた。
もっとも、翌朝のエリーを馬に乗るのがやっとな状態にしてしまうのだが。
そのことはまだ、どちらもあずかり知らぬことだった。
抜けるような晴天が続く日ばかりではない、そんなことはわかっている。
だが、急速に掻き曇る空は風雲急を告げるかのよう。
予兆は予感を呼び、予感は現実を招く。
次回:暗雲
そう、未来は常に五里霧中。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
下にリンクが出ているはずです!
1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




