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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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熱狂の残滓

 聞き慣れない歓声と、何よりも、向けられたことのない感情をこれでもかと浴びせられ、レティは困惑していた。

 この人達は、なぜこんなに興奮しているのだろう。

 自分は自分のためにここに出て、予選を突破した。

 ただそれだけのこと、だというのに。


 この闘技場の観衆は、まるで自分のことのように喜び、歓声を上げている。

 どうやら、レティへと向けて。

 それが不思議でならなかった。

 

 そして何よりも。

 この歓声を浴びて、自分の感情にも動きがあることが、不思議でならない。

 

 心臓が、ドキドキと脈打っている。

 体温が高くなっているのか、頬が赤らんでいるのが、わかる。


 単に見知らぬ人達から声をかけられているだけだ。

 ただ、千や二千を軽く超える人達ではあるが。

 関係のない人達から声をかけられているだけのなのに、どうして自分はこんなにも影響を受けているのだろう。


 そう困惑していたところに、審判係の一人が歩み寄ってきた。


「折角だから歓声に応えてやるといい」

「歓声に応える、って言われても、どうしたらいいのか……」


 かけられた言葉に、困ったような顔で返す。

 その表情に審判係は小さく吹き出し、笑いながら教えてくれた。


「簡単さ、片手を挙げて、あちこちに向かって振ってやればいい。

 それだけで観客も満足するさ」

「そ、そう、なの……?」


 半信半疑ながらも、他に方法もわからない。

 しばらく自分の手に視線を落としていたが、意を決して、片手を挙げて見せた。

 そして、適当な方向へと向かって手を振る。


 途端。収まりかけていた歓声が、どわぁっ! とまた膨れ上がった。

 その反応に、思わずびくっと手を引っ込めかけて。

 堪えながら、おずおずと四方に向かって手を振ってみせる。

 向けられた方からの歓声が一層大きくなり、それに押されるように、気付いたら二回り程手を振ってしまった。


 そこで恥ずかしさのようなものが限界に達してきてしまい、そそくさと退場していく。

 その姿にもまた、好意的な反応が多かった。


 なんだろう。

 この反応は。

 

 なんだろう、自分のこの感情は。

 

 困惑しながらも。決してそれは、不快なものではなかった。





「あらあら……イグレット様ったら、ああいう可愛らしいところもおありなんですね~」

「うふふ~、そうでしょうそうでしょう! レティさんはとっても素敵なんです!」


 王族専用席で、エリーが相変わらず惚気ていた。

 うんうんと頷いていたツェレンが、ふと気が付いたかのような表情になって言葉を発するまでは。


「でもこれですと、色んな方面から人気が出すぎちゃいそうですね~」

「……え。……そ、それは、そう、ですね……?」


 圧倒的な剣術の腕を持つ美人剣士、というだけでも受けるであろうに、そこにギャップ萌え要素まで追加である。

 これで人気が出ないわけがない。

 レティの性格的に浮気などしないだろうが、しかし人がわんさと寄ってきたら、何が起こるかわからない。

 

 と、勝手に悲観的な妄想をしているところに、レティが戻ってきた。


「ただいま……あれ、エリーはどうしたの?」

「レ、レティさん!」


 普段なら足音を聞きつけて入り口付近で待機していそうなエリーが、茫然と席に座ったまま。

 訝しんでいると、声に反応したエリーが即座にかけつけ、縋りついてきた。


「レティさん、私のこと捨てないでくださいね!?」

「まって、本当にどうしたの、なんのこと?

 私がエリーを捨てるなんて、そんなことあるわけないでしょうに……」

「すみませんイグレット様、実は……」


 困惑するレティに、申し訳なさそうにツェレンが事情を説明する。

 話を聞いたレティは、なるほど、と小さく頷いて。


「状況はわかったし、私もあれには困惑したけど……私にはエリーしかいないんだから、大丈夫」

「レティさん……うう、ありがとうございますっ」


 ひし、と抱き着いてくるエリーを、ぎゅっと抱きしめ返す。

 そんな光景をうんうんと何度もうなずきながら、ツェレンは安心したように見ていて。


 その傍らで、ドミニクとバトバヤルが何とも言えない顔で見ていた。


「なあ姐さん、酒のあてにゃぁ甘すぎんか、これは」

「まあ、仕方ないんじゃないですかねぇ、若い娘が集まれば」


 苦笑しながらドミニクがグラスを傾け、ぐいっと飲み干す。

 そしてもう一杯、手酌で注ぎ直して。


「そんじゃイグレット、ちょっとこっちにおいで。

 悪くはなかったが、直すべきとこを言ってくよ」

「あ、うん、わかった。お願いする」


 こくりと頷くとレティはエリーを離し、ドミニクの方へと向かった。





 予選を突破したレティは、その後も順調に勝ちを重ねていく。

 一戦、また一戦と勝ち上がる度にドミニクからの指摘が入り、さらにまた腕を上げながら。

 一撃も食らうことなく、決勝まで上がってきた。


 対戦相手は、予想通り例の鎧男。

 予選で見せた猛威をトーナメント戦でも振るい、対戦相手をものの数秒で蹴散らしてきた。

 準決勝だけは、一太刀目を止められた。が、そこまでしか相手の腕が持たず。

 苛立ったような荒々しい二太刀目で、あっさりと薙ぎ払われた。


「……なるほど。ドミニクの言ってたことがわかった」


 しんと静まり返った場内、試合を見ていたレティがぽつりとつぶやく。

 ここまでの、彼の全試合を見てきた。

 そして、徐々に見えてきたことがある。


「あいつは、あの時のあいつだ」


 確信めいた口調で、そう言い切った。

地獄から戻ってきた身を、突き動かすのは怨念にも似た執着。

薙ぎ払い、蹴散らし、ついに舞台は整った。

念願の相手を前に、獰猛なる牙が振るわれる。


次回:激突・人外対人間


研ぎ澄まされた刃がそれを、迎え撃つ。



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