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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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魔が差す時

 その後も探索は続けたが、それ以上のものは見つからなかった。


「他の施設にだったら、何かあるのかも知れませんけど……」

「それはまた今度、かな。このまま続行するのは準備が足りないから」


 まだ未練のあるエリーに、レティは首を横に振る。

 持ってきている携帯食料にはまだ余裕はあるが、せいぜいが後二日分。

 ここから元来た道を戻る分には十分すぎるが、この奥にさらに進むには明らかに足りなかった。


「そうですね、大会も近いですし、終わってからでも」

「ん、申し訳ないけれど……出ないわけにもいかないし」


 何しろ国王であるバトバヤルが調整してくれたのだ、出場しないわけにはいかない。

 彼なら笑って済ませるかも知れないが、だからと言って、やっていいことと悪いことがある。


 それに。


「それに、私にかっこいいところ見せてくれるんですよね?」

「うん、もちろん」


 ひょこんと顔を覗き込んで来るエリーに、笑みを返す。

 当然、そう都合よく勝てるものでもあるまいが、と内心で自分を戒めながら。


「そのためにも、まずはちゃんと帰らないとね」

「そう、ですね」


 言いながらレティが小剣を抜き、エリーが両手に魔力を溜める。

 曲がり角から顔を出したゴーレムが一撃で撃ち抜かれ、その背後から飛び出してきた魔物がレティに切り裂かれた。





 その後の遭遇戦も特に問題になるような魔物はおらず。

 夕方頃には、無事王都に戻ってくることができた。


「ふぅ……さすがに、ちょっと安心する」

「そうですね~やっぱり遺跡の中に比べると」


 二人並び歩きながら、そんなやりとり。

 日が傾き、徐々に赤く染まり始めた街並みは冬の弱い日差しもあってか、どこか寒々しい空気もあるが。

 それでも、家路を急ぐのか夕飯の買い出しなのか、忙しなく行きかう人々の賑わいにはどこかほっとする。

 その流れを縫うようにしながら、二人は歩いていた。


「じゃあ、宿に、とも思ったけれど。その前に、ドミニクのとこに行っていい?」

「え、もちろん構いませんけど、どうしたんです?」


 歩きながらの提案に、頷きながらもエリーは不思議そうだった。

 てっきりさっさと帰るのかと思っていたのだが。


「帰ってきたことの報告と、明日は一日休みにして、明後日から訓練を再開したいって伝えようかと」

「あ、そっか、ドミニクさんには数日、としか言ってなかったんでしたっけ」

「うん、まさか二日で終わるとは思ってなかったし……」


 遺跡の探索に数日、あるいは一週間以上かかるのは、わりと良くあること。

 だからかなり余裕をもって食料なども用意していたのだが……終わってみれば、随分とあっさりしたものだった。

 まあそれもこれも、エリー様様ではあるのだが。


「ドミニクさんにだって予定があるかも知れないですしね。

 ……でもそういえばドミニクさんって、一人の時何してるんでしょうね」

「言われてみれば謎だね……一人でふらふらしてそうなイメージがあるけれど」


 出会ってから常に行動を共にしていはいたが、それはつまり、護衛だったり稽古だったりを共にしていたということである。

 仕事仲間であり剣術の師匠という間柄であれば、それも当然といえば当然なのだが。


「明け透けな割に、謎だよね、ドミニクって」

「そう言われたら、あの言動もカモフラージュに見えてきました……」


 顔を見合わせて互いに苦笑する。

 あるいは、聞けば答えてもくれるのだろうか。

 いや、なんだか煙に巻かれそうな気もする。

 

「聞いたら、『詮索なんて野暮な真似するんじゃないよ』とか言いそう」

「あはは、今の言い方似てましたよ、結構」

「それはそれで複雑な気がするね、なぜだか……」


 もちろん、ドミニクのことは決して嫌いではないのだが。

 同じようになってしまうのは、なんだか微妙な気分になってしまうのはなぜだろう。

 そんな失礼なことを思いながら、あるいは言い合いながら、ドミニクの泊まる宿へと向かった。




「おや、もう帰ってきたのかい。随分早かったね」

「うん、思ったよりも近くにあって」

「おかげさまで、無事帰って来れました」


 宿の下に併設されている酒場で飲んでいたドミニクへと帰還の挨拶をする。

 そして、ちらりと周囲に視線をやって。


「ところでドミニク……いつから飲んでたの?」

「うん? そんなに大して飲んじゃいないよ?」


 軽く返すドミニクは、確かに大して酔っているようには見えないのだが。

 レティは冷めた目で周囲を見回した。


「なら、この周囲に転がる、一緒に飲んでたっぽい人達は、何」

「ああ、こいつらねぇ、あたしが飲んでたら寄ってきてさ、なんだかんだ盛り上がってたら一人つぶれ二人つぶれ、ってねぇ。

 まったく、若いくせにだらしないったらありゃしない」

「いや、この人たちも結構強かったはずなんだけれど……」


 呆れたような口調のドミニクに、呆れた口調で返すレティ。

 隣でエリーは困ったような笑顔を浮かべるしかできない。


「まあ、それはそれとして、だ。

 どうするんだい、明日から早速稽古再開といくかい?」

「そのことなんだけれど、明日は念のため休みにしたいと思って。いいかな」

「ああ、それは構わないよ。折角無事に帰ってきたのに、疲労を残して稽古で怪我をしてもバカらしいし」

「ありがとう、それもそう、だね」


 確かに、それでは何のために無事に帰ってきたのかもわからない。

 まあもしかしたら、ツェレンに頼めば治癒魔術を使える誰かを派遣してくれるかもしれないが。

 納得したように頷きを返して。


「じゃあ、明後日のいつもの時間にいつもの場所で」

「ああ、そうしようか」


 確認した後に、ドミニクが意地の悪い顔でにやりと笑った。


「折角の休みなんだ、明後日に疲れを残すんじゃないよ?」

「……それは、気を付ける」


 歯切れ悪く言うレティの隣で、エリーは顔を赤くして俯いた。





 その後一人で飲み直すドミニクを適当にあしらって宿を出る。

 なんとなく無言で歩くこと、しばし。


「まあ、これで明日は問題なく休みになった、ね」

「そ、そうですね~」


 ドミニクのからかいのせいか、若干まだ顔が赤いエリー。

 なんとなく、いつもよりさらに口数が少ないレティ。

 いよいよ後は宿に帰るだけ、というところにあのセリフは、どうしても色々と意識してしまう。

 まして、日も落ちかけて、薄闇が落ちかけてきた街並みを魔術の光が照らし始めた、どこか不思議な光景のなかでは。

 ああ、しかし、明日は休みなのだ。であれば、いっそ。


 そっと隣のエリーの手を握れば、ぴくん、と反応が返ってくる。


「ね、エリー」

「は、はい、なんでしょう、レティさん」


 返答が返ってくるや、エリーの耳元に唇を寄せて。


「宿に帰ったら、ゆっくり、しようね」


 わざと、言葉を区切って。

 意味するところは伝わったのか、エリーの顔が覿面に真っ赤になる。


「は、はい」


 こくんと頷いたエリーが、きゅっと手を握り返してきた。

近付いたと思えば、また遠くなる。

一歩、また一歩踏み出すほどに、その遠さを思い知らされる。

噛み締めて、なお進むからこそ、いつかは。そう、心を奮い立たせる。


次回:まだ遠い背中


いつかその背中に届くために。



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