表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
150/256

手と手をつないで

 エリーが体を起こし、レティの方を向いた。


「ただいま帰りました、レティさん」


 その声が聞こえた瞬間に駆け出して、抱きしめていた。


 理由のわからない不安と焦燥感を堪えながら作業が終わるのを待っていた時間は、酷く長かった。

 それが、終わった。

 無事に、終わった。


 終わったのだと理解した瞬間に、身体は勝手に動いていた。


「わっ! れ、レティさん?」

「お帰り、お帰り、エリー……」


 自分でも意味が分からないくらいに不安だったレティは、ぎゅ、とエリーを抱きしめる。

 その体の柔らかさを確かめるように。

 その存在が、そこにあることを確認するように。

 自分が良く知るエリーである、と確認するように。


「あんっ……レティさん、熱烈、すぎますよぅ」


 そう言いながら、エリーも抱きしめ返す。

 少しだけ、彼女の腕も震えていた。

 



 どれくらいそうやって抱き合っていただろうか。

 やがてどちらからともなく、腕を緩める。


「ごめん、なんだか……エリーが帰ってこないような気がして」

「ふふ、大丈夫ですよぅ。でも、心配してくれたのは嬉しいです」


 間近の距離で見つめあう。

 珍しく気弱な表情のレティと、いつもの笑顔のエリー。

 

 なんとなく、悪戯を思いついた顔になって、エリーが不意に腕を伸ばした。

 

 何をするんだろう、と見ているレティの髪に触れて、わしゃわしゃ、くすぐるように頭を撫でる。


「わっ、え、エリー、何、急に」

「えへへ、なんでもないですよ~」


 大丈夫。大丈夫。

 自分に言い聞かせていた言葉を、今度はレティに言い聞かせるように、指先に込めて。

 そうしていたら、くすぐったそうにしているレティの表情が少しずつ、解れていく。

 

 ああ。

 なんだ、あるじゃないか。

 自分の手でもできることが。


 兵器であろうとも、道具であろうとも。

 例えそれが、血に塗れた手であろうとも。

 それを受け入れてくれる人がいるのなら。


「ねえ、レティさん。キス、してもいいですか?」

「え……まあ、うん、いい、けど」


 唐突な問いかけに、レティが挙動不審になる。

 あれ、そういえば、とエリーは気づくが、それには触れないで。


「じゃあ、しちゃいますね。目、閉じてください」

「う、うん……」


 ぎゅ、と目を閉じたのを見れば、自然と微笑みが浮かんでしまう。


 可愛い。


 世界一可愛い、愛しい人。


 元暗殺者で凄腕の剣士なのに。

 兵器である自分を前にして、あっさりと目を閉じてくれる。

 信じてくれている。曝け出してくれている。


 だから、自分も信じて、預ける。


 そっと背伸びをして、距離を目測して、目を閉じて。

 ふんわりと、触れるだけのキス。


「ん……なんだか、恥ずかしい……」


 離れ際のレティが可愛すぎて、また抱きしめる。

 どうしてこの人は、こんなに可愛いのだろう。


「ふふ、私からキスするの、初めてだからですかね?」

「うう、それ、言わないで欲しかった……」


 いつもと違う、新鮮な反応。

 いつもと同じ、心地良い距離。


「いつものカッコいいレティさんも大好きですけど、こういう可愛いレティさんもいいですねぇ」

「か、可愛くなんか、ないから」

「いいえ、すっごくすっごく、可愛いですよ?」

「もう、エリー!」


 怒ったような、拗ねたような声。

 でも、もちろん本気で怒っているわけではないとわかる声。

 

 いつもの、距離だ。

 いつもの、やりとりだ。


 私は、変わらずに私だ。

 レティさんは、変わらずに、レティさんだ。


 そんなことを、心の中で反芻する。


「ねえ、レティさん。私、やっぱりレティさんがマスターで良かった。

 私今、すごく幸せなんです」

「ええと……どうしたの急に……そう言ってくれるのは、嬉しいけど」


 困惑したような、嬉しそうな。

 複雑な表情に、くすくすと笑ってしまう。

 

 たった今、人間でない自分を、兵器である自分を見せたばかりだというのに、全く変わらない。

 それの意味するところをわからないような人でもないというのに。


「ふふ、お帰りって言われたら、言いたくなっちゃいました」

「もう、何それ……」


 呆れたような声に、ふふ、と笑って返す。


 どんな自分であっても、帰ってくる場所はここだと言われたみたいだから、という言葉を飲みこんで。





「それで、交換は無事に終わったの?」


 その後もエリーからのスキンシップをなんだかんだと受け入れていたレティは、エリーの気が済んだらしいころに口を開いた。


「ええ、無事に。前よりむしろ調子がいいくらいですよ」


 笑顔で答えながら、片腕で力こぶを作るかのようなポーズを取るエリー。

 ちなみにもう片方の腕は、レティにしがみ付くかのように巻き付いたままである。

 そのポーズに一瞬面食らうも、すぐにレティは安心したように頷いた。


「そう、良かった……部品が不良品とかでなくて」

「そこはほら、ちゃんと確認はしてましたし、ね。

 むしろ前のよりいいものだったかも知れません。頭がすごくすっきりしてる感じです。

 後地味に、システムのバージョンアップできたのも大きいですね」

「システムのバージョンアップ? 確かに、そんなことを言ってた気がする」


 エリーの言葉に、レティは小首を傾げる。

 なんとなく、言っている意味はわからなくもないのだが。

 まあ、エリーが良いことだというのなら、良いことなのだろう。


「ブラスターやボルトの操作性が向上したり、他にも……他に、も?」


 不意に何かに気づいたエリーが、しばらく沈黙する。


『出力補正+400%』


 自分の状態を示す情報欄に、確かにそう書いてあった。

 先程の情報との違いに、目をぱちくりと瞬かせる。

 先程と、違うこと、と言えば。


 そっとレティから腕を離し、少しだけ距離を置いた。


『出力補正+300%』


 途端に、数字が変化する。


「……エリー?」

「あの、レティさん。『研究所』の中、もう少し探索してもいいですか?」


 不意に。

 作業中に見た、夢と思しき映像が脳裏によみがえった。

自分が何者であるか。その問いに、答えが出たことは恐らくない。

人生は先の見えない曲がり角の繰り返し。

迷い戸惑い、時に後ろを向いては後退り。

せめて僅かの道しるべをと縋りつく。


次回:迷路の中の光


微かでも、確かなそれがあれば。



※派生作品始めました!

「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」

下にリンクが出ているはずです!


1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。

公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ