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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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過去からの伝言

 ……エリーは、光の中にいた。

 体もだが、その思考も。

 

 目を閉じているはずなのに、暖かな光に包まれているような感覚。

 何も見えないのに、何も怖くない、そんな安堵。


 この感覚に、覚えがある。

 いつもの……というには随分と久しぶりな、メンテナンスの感覚。

 『自分』というものが漂白され、穢れを取り払われる、そんな時間。


 なのに、少しだけいつもと違うものがあった。

 外側だけでなく、内側にも。

 外側よりももっと暖かくて確かな、何か。

 気が付いたらそれを、そっと抱きしめていた。


『大丈夫。大丈夫。私は、戻れる』


 小さく、そうつぶやく。

 工程が、記憶情報の保全に入った。

 もう少ししたら、自分の意識は途切れてしまうだろう。

 それでも、きっと大丈夫。

 

『必ず、戻れるから』


 情報処理回路の交換においては、記憶の喪失がリスクとして少なからずある。

 兵器であり道具であるマナ・ドールの記憶など、失われても大きな問題はないと思われていたので、問題視はされていなかった。

 何しろ、新しくマスター情報を入れてしまえば、兵器としては問題ないのだから。

 だからあの時……レティと出会った時も、個人的な記憶はほとんど失われていた。

 そして、そのことに何も問題は感じていなかったし、問題はなかった。

 

 でも、今は違う。

 忘れたくない。

 忘れてはいけない。


 そんな記憶が、山ほど積みあがっている。

 一つ、また一つ。

 ここまでの旅の記憶を、指でなぞるように確認していく。

 これはきっと、宝物だ。

 だから、忘れたくないし、きっと忘れない。


『大丈夫。だって、私には』


 何よりも大事な、愛しい人の顔が浮かぶ。

 その人のことは刻み込まれている。

 記憶に。そして、身体に。

 だから、きっと忘れない。


『すぐに、帰りますからね』


 目を閉じているのに。もう感覚もなくなっているのに。

 なぜか、彼女の視線だけは強く感じている。

 ふと、微笑んで。


 エリーの意識は、光に飲み込まれた。





 リィン……リィン……とどこか遠くで、鈴の音が聞こえた気がした。

 まだ、中央処理回路の再起動は始まっていないはずなのに。


 曖昧な意識の、さらにその向こう。

 意識がない自分を、認識している。


『……これは、夢?』


 そんな愚にもつかないことを思ってしまう。

 兵器である自分に、そんな機能を付ける意味などありはしないのに。

 それでも、そうとしか思えない光景が広がっていく。

 見たことのないはずの、なぜか見ていたような光景。


『どうして、どうして!

 どうして奴には、通じないの!』


 ヒステリックな声が響く。

 いや、響いた記憶が、蘇る。

 その声に、聞き覚えなどないのに。


『やはり、このままだとだめなんだ。

 魔力効率の問題は、認識されていただろう?』

『それはわかってる、でもどうすればいいっていうの!?

 あれも試した、これも試した、でも、一つも改善しやしない!』


 人が二人、言い争っている。

 その二人に見覚えはないのだけれど、なぜだか妙に懐かしい。


『まだ試していないことが、一つある。

 これは、私の仮説にすぎないのだが……』

『それでもいいわ、話して。

 もうなりふり構ってなんていられない。奴を倒すためなら、なんだってしてやるから!』

『……殴らないと誓ってくれるかな?』

『何よそれ』

『多分、凄く馬鹿馬鹿しい試みなんだ。笑ってくれるのは構わないが、殴られるのはちょっと、ね』


 多分、一人は笑った。酷く、疲れた顔で。

 そして、もう一人は呆れた。同じく疲れた顔で。


『わかったわ、とりあえず話してみなさい』

『うん、実はね……』


 唐突に。声が、遠くなる。

 急速に引き戻されるような、物理的な感覚。


『……中央処理回路再接続。再稼働。

 システムバージョン情報の確認。バージョンアップデート開始』


 意識が、引き戻された。

 聞こえてくるのは、多分実際の音声だ。

 そして、頭の中に流れ込んで来る、大量の情報。

 それらが整理され、意味ある形を成していく。


 戻ってきた。


「レティさん……」


 最初に、そう呟いた。

 大丈夫、記憶は失くしていない。

 

『バージョンアップ完了。

 システムバージョン3.6.2の正常な稼働を開始。

 システム稼働チェック』


 そんな声に促されるように、頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。

 火器管制機能の高速化。

 索敵機能の強化。

 状態検知機能の整理。


 はっきりと、レティがこちらを見ていることを感じる。


『後少しで、帰りますから』


 そう心の中で告げながら、処理が終わるのを待つ。


『システム稼働チェック完了。正常な稼働を確認』


 途端に、さらなる情報が流れ込んできた。

 物理的な身体機能の状況。ベストな状態の98%と、現状は極めて良好。

 マナ・ボルトの照準機能が復活したことのアナウンス。

 マナ・ブラスターの調整能力の向上。


 そして、何より。


『何、これ』


 出力補正+250%、という情報。


『え。ほんとになんですか、これ』


 困惑に、答えてくれる人はいない。

 各種処理回路が統合され、いつもの状態に……いや、もっと意識がはっきりした状態に、復帰した。


『全行程を完了。お疲れ様でした』


 その言葉に、ほとんど条件反射的に体を起こす。

 

「エリー!」


 すぐに聞こえてくる愛しい声に、微笑みながら振り返った。


「ただいま帰りました、レティさん」


 その名前を呼べる幸せを、噛み締めながら。

拭えない過去がある。消えない過去がある。

過去と過去を積み上げて、今、ここにいる。

それを罪と呼ぶのなら呼ぶがいい。それでも、ここにいるのだから。


次回:手と手を繋いで


その歩みは、未来に向けて。



※派生作品始めました!

「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」

下にリンクが出ているはずです!


1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。

公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!

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