深淵へと至る道
カツン、カツン、と硬質な音が響く。
「エリー、そこの曲がり角まで敵反応なし」
「はい、わかりました」
時折言葉を交わしながら、魔術の光を手にしたエリーを先頭にして一歩一歩確かめるような慎重な足取りで二人は遺跡の中を歩いていた。
魔力によって光る魔道具は、エリーの無尽蔵とも言える魔力によって煌々と周囲を照らしている。
あまり明るすぎると魔物を引き寄せることもあるので、これでも抑えている、とはエリーの弁だが。
少なくともレティからすれば、明るすぎるくらいではあった。
「……ここまでは、大した魔物もいないね」
「そうですね、多分魔素の密度が高いのはもっと街の中心部でしょうから、そっちに居るんだと思います」
油断なく周囲へと視線を巡らせながら、レティの感想にエリーが解説を加える。
実際のところ、比較的カルシュバーナ皇都の外縁部にあたるこの辺りは、今冒険者たちが使っている入り口からも程遠く、色々な意味で魔物が近づく要素は少ないようだった。
「これなら思ったよりも早く着くかもね」
「それなら、幸いなんですけど。『研究所』までたどり着けたら、部屋のロックが掛けられるかも知れないですし」
遺跡に入ってから、まだ1時間程。ここまで大した接敵もなく、極めて順調に進んでいた。
この調子であれば、夕方ごろには『研究所』へと侵入できそうなペースである。
『研究所』と、エリーが呼ぶ施設。
エリー達マナ・ドールの研究開発の総本山とも言うべき場所。
様々な魔術師達がそれぞれに日夜研究し、新たな魔術を、魔道具を、魔導兵器を生み出していた場所だ。
当時は王都内にも数か所に点在していて、今目指しているのは主にマナ・ドールの研究開発を行っていた場所、のはずだ。
実際に行ったことがないため、不確定ではあるけれど、とエリーは言っていたが。
ちなみに、エリーが作られたバランディアの『ウィスケラフ』はその出先機関のような性質のものだったという。
今回探している情報処理回路自体は、大規模な魔道具を研究しているところでは似たようなものは使っているため、空振りの可能性も低くはあった。
もちろん、ゼロではないのだが。
「それくらいで辿りつけたら、かなり助かる、ね……。
安全な寝床が確保できるわけだし」
上手く最初に辿り着いた研究所で部品が手に入ったとしても、そこから引き返すには時間がかかる。
最終手段として、二人で『跳ぶ』こともできなくはないが、あまり地理に明るくないコルドールでそれは避けたい。
交代で見張りながら寝るにしても、建物内部と屋外では気の休まり方は当然違うわけだから、『研究所』が使えるかどうかはかなり重要だった。
「そうですね、無事に帰るためには。
でも、多分『研究所』の近くにはゴーレムとかも配置されてると思うんですよね」
当然だが、そんな重要な施設に警備が配置されていないわけがない。
都市が機能を停止してから1500年経っているとはいえ、今でもゴーレムなどは現役で動いているらしいというのがもっぱらの話だ。
「ゴーレムだと、まだ私は対抗できないから、エリーにお願いするしかないね」
「ええ、そこは任せてください!
……とは言いますけど……レティさん、明らかに剣の威力上がってません?」
「ん……ちょっと訓練の成果が出てきたかな」
油断なく周囲を見やりながらも、少し嬉しそうな声で答える。
ここまでゴブリンやオークにも何度か遭遇したのだが、足を止めても大丈夫な囲まれていない状況、という条件であれば首を一撃で斬り飛ばすことに何度か成功していた。
今までは柔らかい部分を切り裂くだけだったのだから、威力という面での進歩は著しいと言っていい。
「成果って、そんなにすぐ出るものなんですか?
王都に来てから、二日程度だっていうのに」
「ああ、実はね……」
と、ドミニクに出会ってから今までやっていたことの意味をエリーにも教えてあげた。
聞いていたエリーは、途中から目を丸くしてしまい。
「……ドミニクさんって、一体何者なんですか?」
「さあ……知れば知る程わからなくなる、ね……」
二人顔を見合わせ、困ったような声を出してしまう。
そう、何者なのか、いまだに掴めない。
人生経験の差と言えばそれまでの話だが、どう考えてもそれだけではない、と思うのだが。
「まあ……考えても仕方ないんじゃないかな。
どうせ、本人の気が向かない限り煙に巻かれるんだし」
「それは確かに、そうですね」
互いに苦笑を交わしてしまう。
ドミニクだから仕方ない、そんな気分にさせられてしまう所も確かにあった。
そんな会話をしながら進むことしばし。
「エリー、前方から、多分ゴーレムが二体」
「はい、わかりました」
敵が来た、途端に二人の表情が改まる。
即座にエリーの両手に魔力が集まり始め。
暗がりの向こうからゴーレムが二体顔を出した、その瞬間。
「マナ・ブラスター!!!」
言葉と共に解き放たれた魔力が光の奔流となってゴーレムに襲い掛かる。
それはさながら、獲物に噛みつく大蛇のごとく。
食らいつき、ゴギン、という重く鈍い音を立てながらあっさりと噛み砕いた。
通路全体を覆うような強烈な光が、数秒して収まり、また遺跡に静寂と闇が訪れる。
「敵の撃破を確認。
……流石だね、エリー」
「えへへ、ありがとうございます♪」
あっさりとゴーレムを撃破したエリーを称賛すれば、照れたような笑顔が返ってくる。
手放しでほめてあげたいところを、場所が場所だとぐっとこらえて軽く頭を撫でるだけにとどめる。
それでも満面の笑顔になるのだから、色々とぐらつきそうになるのだけれども。
「ここもアイアンゴーレム、か……エリーなら問題ないけれど」
「そうですね、問題はありませんよ。けれど、どうかしました?」
「ん……どうか、というか、ね……」
そう言いながら、ゴーレムへと目を向けた。
正確には、ゴーレムのいた周辺やその背後へと。
「これだけ狭い場所だと、周囲への影響が気になって、ね」
「……あ。な、なるほど……」
ゴーレムの周辺やその背後の床や壁が、盛大にひび割れていた。
溢れる魔力をそのままぶつけるマナ・ブラスターは、マナ・ボルトと違って対象だけに効力を発揮するわけではない。
必然的に、周囲の構造物への被害は免れない、というわけだ。
今のところ、壁や建物が倒壊することはない、けれども。
エリーと出会った遺跡は軍事施設ということもあってか通路は広く、頑丈にできていたから、あの時は気にならなかったが、この辺りはどうやらそうではないらしい。
「かといって、威力をあんまり落とすと、今度は倒せなくなりますし」
「そうなんだよね……どう考えても、ゴーレムの方が壁より硬いし」
こんこん、と軽くゴーレムを、壁を叩いて感触を確かめる。
魔力による強化が失われ始めているとはいえ、いまだにゴーレムの身体は普通の鉄以上の硬さを感じさせた。
これを、上手く壊すには。
考え込んでいたレティが不意に顔を上げた。
「ねえ、エリー。ブラスターを絞ることってできない?」
「え、絞る、ですか? 威力を落とす、ではなく?」
「うん、そう。ええと……そう、収束させる?
そのままドバっと出すんじゃなくて、ぎゅっとまとめて出す、というか」
「あ、なるほど、言いたいことはわかりました。
その発想はなかったですね……次、やってみます」
何しろエリーが従軍していた時は広い戦場ばかりだったし、マナ・ブラスターは比較的近距離での使用が多かった。
威力を落としたり調整したり、という余裕もなければ必要性も薄かったのだから。
言われてみれば、収束させれば周囲への影響は少なくなる。エネルギー効率も良くなるはずだ。
その程度のつもりだった。
次のゴーレムで試すまでは。
「マナ・ブラスター!」
収束された光が闇を貫きゴーレムへと刺さり、撃ち抜いた。
いつもの折れる音ではなく、ジュッ、と何かが蒸発するかのような音。
周囲に漂う嗅ぎなれない金属臭、上半身の一部が消し飛び、そこから湯気のようなものを出しているゴーレム。
「……はい?」
ゴーレムに向けて手を突き出した格好のまま、エリーは硬直する。
自分のやったことが信じられず、瞬きを幾度も。
「威力があがるかとは思ったけど、ここまでとは、ね」
後ろで見ていたレティが、感心したように呟く。
例えばマナ・ブラスターを円柱でイメージした場合、半径が二分の一になれば底面の円の面積は四分の一になる。
そうなった時、同じ面積当たりのエネルギー密度は四倍だ。
今回、エリーは半径が三分の一になるよう収束させた。
そうなった場合、エネルギー密度は九倍になる。
その結果が、これだ。
「レティさん」
「うん?」
「私、もしかして……今まですごくもったいないことしてました?」
「……力の効率の良い使い方を覚えた、っていうことでいいんじゃないかな」
まだ少し茫然としているエリーを落ち着かせようと、幾度か頭を撫でながら、レティは答えた。
1500年という時は、人にはあまりにも長く。
人の作り出したものが朽ちるには、時に短い。
時間の皮肉に目をつぶり、人はその恩恵をただ求める。
次回:残された物
それは今のため、あるいは未来のために。
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