遺跡へ
「なるほど、そいつは妙な話だな……」
エリーの報告に、バトバヤルは神妙な顔になる。
腑に落ちていない様子に、疑問の残る部分について口にした。
「ええ、その道具は、高機能なゴーレムとかの制御に使われてたものなんですけど……。
ガシュナートって、ゴーレム制作が有名だとかありますか?」
「いや、そんなことはねぇな。
むしろあの国は、どちらかと言えば魔術後進国だ。
ゴーレム制作どころか修理すらおぼつかないはずだぜ」
古代魔法文明時代には大量に作られていたゴーレムだが、その技法の大半はカルシュバーナ皇国の滅亡とともに失われている。
その後、残った数少ない文献からゴーレムに関する技術を復興させた国もそれなりにはある、があくまでもそれなりだ。
また、せいぜい動くか動かないか程度のものが作れるようになっただけ、実用的に使えるようになった国は皆無である。
その辺りの事情は、エリーもレティから聞きかじっていた。
「となると、なおの事意味がわからないですね……」
「まあもしかしたら、ゴーレムの研究してるやつを引き抜いてきたとか、新しい文献が見つかったとかかも知れん。
それでも一朝一夕にどうこうできるような技術じゃないはずだが……。
とにかく、探らせた方が良さそうだな、こいつは」
ガシュナート王ゴラーダのやり口は良く知っている。
引き抜き、と表現したが、実際は拉致まがいのやり方で連れてくるくらいはしかねないし、していてもおかしくない。
と、そこまで考えたところで、ばっと顔を上げた。
「待てよ。まさか、ツェレンにちょっかい出してきたのも関係してるのか?」
「え? ……直接的な関係はわかりませんけど、否定する材料もないですね」
王女であるツェレンを拉致してしまえば、コルドールへと干渉することもあるだろう。
話を聞いていたツェレンは動揺を顔にこそ出していないが、ぎゅ、と手を握りしめる。
そしてバトバヤルは……こめかみに青筋を浮かべていた。
「もしそうだったら、本気で潰すぞ、俺は」
「待ちなさいって陛下。大将が頭に血を上らせてどうするってんです」
地獄の底から響いてくるような重々しい声で呟くバトバヤルに、ドミニクが呆れたような声をかけた。
恐らく、わざと。
気勢を削がれたバトバヤルが、不機嫌そうな目をドミニクに向ける。
「いや、しかしだな、姐さん。
もしそうだったら、さすがに看過できんぞ」
「今の推測が当たってたらね。そんときゃあたしだって助力しますよ、むかつくったらありゃしない。
だが、今はまだ推測だ。まずはネタを固めて、それからですよ」
「むっ、それはそうだが……いや、そうだな、皆すまん、忘れてくれ」
諭すようなドミニクの言葉に反論しかけて、しかし言葉を切って。
考え直したのか、落ち着いた声で周囲に軽く頭を下げた。
動揺していた空気が、それだけで少し落ち着きを取り戻した。
「改めて、どうするか、だが……ガシュナートの内偵を強化するのは当然として。
俺を含め、王族だとかの身辺警護の強化も必要だな。
あいつらにも警告を出しておかんと」
すべきことを確認し、早速王子二人への伝令を走らせる。
それから、ドミニクの方を振り向いて。
「姐さん、これも何かの縁だ。すまんがツェレンの警護を頼めんか?」
「ええ、そりゃもう。
これで何かあったら、流石のあたしも寝覚めが悪くなっちまう。
事情が事情だ、お知り合い価格で安くしときますよ」
「……姐さんの腕だったら、割引されてもいい値段しちまいそうだがなぁ」
しれっとした顔で商談を始められたバトバヤルは、苦笑を浮かべた。
それでも、現段階で最も頼れる存在であることは間違いない。
言い値を飲む形で雇い入れることにした。
「で、イグレットとエリーなんだが……」
「ああ陛下、あの二人はちょいとしばらく自由にさせてやっちゃくれませんかね」
「ん? そりゃまたどうしてだ?」
一人でも信頼できる腕利きが欲しい今、喉から手が出る程に欲しい戦力なだけに、すぐに頷くことができず、問い返す。
「まず、王城に居る限りはツェレン様の護衛はあたしと、後何人かで十分でしょう。
で、そもそも事の発端はあの子らの探し物だ。
そいつを探しに遺跡に潜れば、連中の手先と鉢合わせるかも知れない。
運が良けりゃ、とっ掴まえて情報を吐かせることだってできるでしょう。
ま、のっぴきならない事情があるみたいだから優先させてやりたいってのもありますがね」
「ふむ……なるほど、過剰に固め過ぎて手数が減っても上手くないやな」
「流石陛下、そういうことです」
「よせやい、姐さんに褒められるなんざ、背中がかゆくならぁ」
恭しく頷くドミニクに、バトバヤルはわざとらしく手を振って答える。
一しきり掛け合いを楽しんだ後にレティとエリーに向き直って。
「ってことで、お前さんらは好きにしてくれ。
ただ、用事が終わった後に手を貸してくれたら助かる」
「うん、わかった。できる限りのことはさせてもらう」
「ええ、これも何かのご縁ですもの、是非に」
即答する二人に、バトバヤルとツェレンは安心したような笑みを見せて。
「だめだよ二人とも、ちゃんとギャラの交渉もしときなって」
「いやまだ、何を請け負うか決まってないし……」
ドミニクはこんなところにまで師匠風を吹かし、レティに呆れたような顔で言い返された。
ともあれ、当面の方針が決まって、翌日。
朝早くから、レティとエリーは遺跡へと訪れていた。
かつて存在したカルシュバーナ皇国の王都の、一部。
発達しすぎた魔術と、その産物である魔導兵器の氾濫の末、王都の主要機能を防衛するため地下へと主要な建物を移していったという。
それが、突然の皇国消滅という事件で機能を失い、地下深くに埋もれてしまった。
長い歳月が経つうちに魔物の住処となり果てた遺跡へと、古代のお宝を求めて多くの冒険者が挑み、大半は散っていった。
少数の幸運な者が持ち帰った品の多くは既に機能を失ったガラクタだったが、それでも好事家には需要があり。
ごく一部の使えるお宝は、それこそ金に糸目をつけずに買われていった。
そうしてまた、一攫千金を夢見た冒険者達がその奥深くを目指して迷宮に挑んでは散っていく。
古代の、そして今の人々の命を飲み込んだ遺跡は、何も語ることなくただそこにあるだけだというのに。
そんな遺跡へと、今レティ達も挑まんとしていた。
「皆さんが入り口にしてるとこ以外にも入れるとこ、あるんですけどね」
冒険者たちが行き交う正面入り口から大きく外れた、こじんまりとした森の中でエリーが得意気に呟く。
そう、かつて都市機能を持っていたのだから、入り口はいくつもあって当然のことだ。
だが、古代遺跡、迷宮、といった概念が先立ちすぎているのか、他の入り口を探すという考えを抱く者は皆無。
考えもしないのだ、ショートカットができる、などと。
「それは仕方ないんじゃないかな、流石に。
まあ、流石エリー、とも言えるけど」
「やだもうレティさんったら!
もっと、もっと言ってください!」
「え……そこまで言われると、ちょっとこう、言いにくい……」
「え~、なんでですかぁ!」
まるで気負ったところなく、二人は歩みを進める。
そう、直接来たことはなかったものの、エリーの記憶には、かつてのカルシュバーナ王都の地図もあった。
それと、求める情報回路部品を置いていそうな部署も大よそ位置はつかめている。
情報を照らし合わせた結果判明した使うべき入り口は、以前下調べで確認していた。
「……うん、やっぱり、ここの入り口、ちゃんと生きてますね」
入口の扉を確認していたエリーが、満足そうな声を出す。
横から覗き込んだレティにはよくわからないが、エリーが言うなら、そうなのだろう。
実際、エリーがなにやら扉の横で操作をすると……ぷしゅ、と空気が抜けるような音とともに扉が開いた。
「……やっぱり、流石」
「えへへ、そうでしょう?」
「……流石、私の嫁」
「はうぁっ!?」
得意そうな笑顔のエリーが、途端に固まる。
くすり、レティが笑みを見せて。
「さ、行こう?」
ちゅ、と頬に唇を落として、扉の向こうへと足を進める。
「あ、ま、待ってください! も、もうレティさんのばかぁぁぁぁ!!」
叫び声を上げながら、慌ててエリーもその背中を追った。
それは、深き淵へと誘う片道切符。
一歩、また一歩と進む程に深まる闇。
一人では押しつぶされそうな道を進めるのは、きっと。
次回:深淵へと至る道
二人の足音が、静かに、確かに刻まれる。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
下にリンクが出ているはずです!
1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




