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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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宴もたけなわ

「ツェレン様は真面目ですね~。でも、きっとそんなところが魅力的なんでしょうけど。

 あ、もちろんレティさんが一番ですからね?」


 肉料理と格闘していたエリーが話に割り込んできた。

 ついでに、ぎゅ、とレティの腕にしがみついて見せるのは何のアピールだろうか。

 割り込まれたことに嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうに笑いながらツェレンが口を開く。


「ふふ、魅力的かどうかはわかりませんが、お褒めいただきありがとうございます。

 エリー様、お料理楽しんでいただけていますか?」

「はい、とても! やっぱりこちらのお料理、とても美味しいですね~。

 特にこの羊肉の煮込みが最高でした!」


 そう言いながら、エリーが大皿を示した。

 ……煮汁だけが残る大皿を。


「エリー?」

「はい? なんですか、レティさん?」


 レティは、もう一度大皿へと視線を移した。

 そして、同じくソースしか残っていないもう一つの皿にも。


「私の記憶が確かならば、この二皿の上には塊肉が乗っていたはずなのだけれど……」

「そうでしたか? ならきっと皆さんも食べたんですよ」


 そっと目を逸らしながら、エリーは何食わぬ顔でグラスを手にする。

 いつの間にかそれは、先程までの馬乳酒ではなく、また蒸留酒を注いでいた。

 しばらくその様子を咎めるように見ていたレティは、ふぅ、とため息を吐く。


「まあ、いいのだけれど……飲み過ぎないようにしてね?」

「は~い、大丈夫です~」

「全然大丈夫じゃない人の答えだ……」


 もう一つため息を吐いたレティの横で、ツェレンがくすくすと笑っている。

 

「ふふ、何だかおかしいですね、普段は奥様でイグレット様のお世話をしているエリー様が、今は逆にお世話されているだなんて」

「えへへ、ほら、レティさんは優しいですから~」

「そうですね、素敵な旦那様だと思います」

「いや、別に優しくないし、素敵でもないから……」


 盛り上がる二人に挟まれて困ったような顔をしているレティの視界の端に、大柄な男性の姿が捉えられた。

 そちらを向けば、なんとグラスを片手にバトバヤル王が一人でこちらに歩いて来ていた。

 

「いよう、邪魔するぜ!」

 

 片手を挙げてそう告げれば、レティ達の向かいにどっかと腰を下ろす。

 そんな父の姿に、ツェレンはくすくすと笑って。


「あらあらお父様ったら、すっかりご機嫌で……ドミニク様とのお話がそんなに楽しかったんですか?」

「ああ、さすが年の功……っと、地獄耳だな、あの姐さん。

 とにかく話の引き出しが多いのなんの!」


 随分と離れているというのに、ドミニクが一瞬こちらにギロリとした視線を向けてきた。

 怖い怖いと首を竦めながら、実に愉快そうにバトバヤルは笑う。

 国が国であれば不敬罪となるであろう行為も、この王にしてみれば些細なことらしい。


「でだ、その弟子とツレの話も聞きたくなってな、こうして罷り越した(まかりこした)、ってわけだ。

 あんたらも飲めるんだろ? ほれ、どうだい一つ」


 そう言いながら酒瓶を差し出してくるのを見て、レティが軽く目を見張る。


「え。え、そちらが酌を受ける側じゃ……」

「ははっ、そっちじゃそうだろうなぁ。

 だが、こうした方が俺が毒を盛られる可能性が減るだろ? ああ、あんたらを疑ってるとかじゃなくてな。

 いわゆる合理性ってやつだ」

「な、なるほど……?」


 納得したような納得できないような。微妙な顔で頷くレティへと、さらに促すようにずいと酒瓶が迫り、仕方なく両手にグラスを持って注いでもらう。


「さ、そっちの嬢ちゃんも。確かエリーだっけか」

「はい、エリーです~ありがたくいただきます~」


 ニコニコ機嫌よくグラスを差し出すエリーに、バトバヤルも上機嫌でなみなみと注いだ。


「おとと……失礼しますね」


 こぼれそうに注がれたグラスに口を寄せ、若干はしたないと思いつつも口に含む。

 すっかり口に馴染んでしまった強烈なアルコールの香りが、いっそ心地いい。


「ふはぁ、陛下から注いでいただいたお酒は格別ですね~♪」

「おお、嬉しいこと言ってくれるじゃないか、どんどんやってくれ!」

「あはは、ありがとうございます~♪」


 エリーのお世辞が気に入ったのか、飲みっぷりが気に入ったのか。

 ますます上機嫌になったバトバヤルは自身も手酌で注ぎ、ぐいっと煽る。


「くはぁ、別嬪さんと飲む酒は美味いねぇ。

 さ、イグレットもやってくれや」

「あ、ええと、うん……」


 促されるままに、グラスに口をつける。

 二人の雰囲気に流されたか、普段よりも勢いよく。


「こっちもいい飲みっぷりだねぇ、気に入った!」


 対抗するようにバトバヤルもグラスを煽り、空にする。

 そしてグラスをテーブルにとん、と置いて。


「で、ドミニク姐さんから聞いたんだが、エリーがイグレットの嫁なんだろ?」

「はい?」

「は~い、そうですよ~♪」


 唐突な台詞に、思わず間の抜けた声が出た。

 腕にしがみついているエリーが、それはもう嬉しそうに返答するのを聞いたバトバヤルが、うんうんと納得したように頷いている。


「向こうは色々進んでんなぁ」

「いや、その感想でいいのかな……」


 平然とした顔をしているが、もしかして酔っぱらっているのだろうか。

 そんな疑問を持ちながらまじまじと彼の顔を見ていると、ばん、とおもむろにバトバヤルが膝を打ち鳴らした


「おし、ほんじゃついでにツェレンも嫁にもらってくんねぇか?」

「は?」

「なんですって?」

「お父様!?」


 目が点になるレティ、真顔になるエリー、驚くツェレン。

 あまりに唐突過ぎる言葉に、三人三様の言葉を発し、二の句が継げない。

 そんな空気の中、一人バトバヤルが上機嫌で語り出した。


「いやぁ、ドミニクの姐さんと話しているうちに、嫁に出す先が男じゃなくてもいいじゃねぇかってなってな?

 姐さんにまずお伺いしたら、年が年だって断られちまってよ。

 だったらイグレットがいるじゃねぇかってな。うちの国なら法律的に一夫多妻は問題はねぇし!」

「まって、大有り。そもそもまず、一夫じゃない」

「あん? ああ、それもそうか……まあいいじゃねぇか、細かいことは!

 で、どうなんだい?」


 呆れていいのかどうしていいのかわからないところに問われたレティは、数度瞬きをして。


「どうって……その。

 私にはエリーがいるし、エリー以外は受け入れられない。

 ツェレン様には申し訳ないけれど」


 若干の照れで最初こそ言い淀み、しかしきっぱりと言い切った。

 その言葉を聞いて、腕にしがみつくエリーの力がぎゅぅっと強まる。

 ツェレンは両手を口に当て、それはもう嬉しそうににこにこ……ちょっと表情を窺うようにレティとエリーの二人を交互に見て。

 断られたバトバヤルは、今度はバシンと額を叩いた。


「くあ~っ、残念っ!

 惜しいなぁ、俺を前にしてそんだけ言い切れる度胸、あんたさえ良けりゃ是非に、だったんだが!」

「もう、お父様が変なことを言い出すから、私が振られたみたいじゃないですか!

 お二人には誰にも引き裂けない、強い絆があるのです……」

「まって、色々おかしいから、まって」


 申し出を断られた側が、そして振られた形になった側がどうしてこうも嬉しそうなのだろう。

 色々言いたいことがあるのだけれども。


「レ、レティさぁん……私、私……」


 顔を真っ赤にしながら、とろんと潤んだ目でこちらを見つめてくるエリーを放ってツッコミを入れるわけにもいかず。

 とりあえず宥めるように頭を撫でれば、一層蕩けた顔になり。

 それを見ていれば、何か酔いが急に回ってきたような感覚。

 そんな感覚に晒されながら、盛り上がる王族二人をどうしたらいいのかわからない顔で見やるしかなかった。

喧騒は遠く、酔いと熱は触れ合う程に。

異国の宵闇、絡まる吐息。

求める瞳に、心を決める。


次回:そして二人は


夜を、そして何かを越えて。



※派生作品始めました!

「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」

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公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!

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