所変われば
なんだかんだと一悶着ありながらも、城へ向かうまでの間に衣装の調達も化粧も間に合った。
とは言え急ごしらえのもの、エリーは若干不満が残っているようだった。
レティの服装に関して。
「流石に良い物がありましたけど、こう、レティさんの魅力を引き立てるにはもっと違う選択肢もあったのでは、と思うんですよね……」
「エリー落ち着いて、私はもう、これで十分だから……」
宥めながら、自身が纏った衣服を摘まんで見せる。
冬用であろう厚めの生地で作られた短衣に足首まで覆うズボン。
いずれも青を基調とした落ち着いた色合いの中にさりげなく、しかし巧みな刺繍が施されており、見る者が見れば実に上等な仕立てだと見て取れる。
対するエリーは白を基調としたワンピースの上から鮮やかな緑色の上着を合わせ腰のところで飾り帯を結び絞っている。
こちらも袖口や裾に繊細な刺繍が施され、淑やかな印象を作っている。
急ごしらえにしては二人とも十分に上品な印象に仕上がっているのだが、エリーはそれでも満足できていないらしい。
「でもでも、もっとこう、何かあったんじゃないか、っていうのもあって……」
「もう、あまりルドルフを困らせないの。それに……」
不意にエリーの耳元に口を寄せ、耳元でささやく。
「そういう格好は、エリーにだけ見せたいな……」
その言葉に、エリーはぴたりと動きを止める。
しばらくの停止の後。
「んもう、レティさんってば、またそんなこと言っちゃってぇ!
だめですよ、人前でそんなこと、もうもう!」
頬を赤く染めながら、しかし、それはもう嬉しそうにエリーがレティの方をぺしぺしと叩いた。
それを甘んじて受け入れながら、レティはほっとした顔になる。
そんな二人のやりとりを横で眺めていたドミニクが軽く肩を竦めて。
「イグレット、あんたも悪い女だねぇ」
「やめて、最近ちょっと自分でもどうかと思ってるから、やめて……」
呆れたような揶揄うような声に、目をそらしながら小さく返した。
その後、軽く調整などしているうちに予定の刻限となり、商会の馬車に乗って城へと向かった。
今回護衛全員が招待されており、その馬車の数はかなり衆目を引く。
それだけの馬車を出すとなれば費用もそれなりにかかるだろうと想像はついた。
「これも宣伝の一環ですよ」
などとルドルフは言っていたが、どこまでが商売っ気でどこまでが善意なのかが読みにくい。
この辺り、あの会頭から任されているだけのことはあるのだろう。
ともあれ、城へと向かい、たどり着き。
先触れから話を聞いていた門衛は簡単な確認のみで馬車を通した。
待合の一室に案内され待つことしばし、やがてお召しの声がかかり、玉座の間へと通されて。
バランディアなどと同じく膝をついて頭を垂れて待っていると。
「バトバヤル・ディルギン・コルドール陛下の御なりである、一同静粛に」
貴族だろう威厳ある男性から声がかかり、改めて姿勢を正す。
そうして待つことしばし、扉が開き、侍従を従えた壮年の男性と、その後からツェレンが入ってきた。
立派な髭を蓄え、筋骨隆々としたその姿は、国王よりも将軍の方が似合いそうなくらいだが、しかし間違いなく玉座へと着いた。
ということは、この男性こそが。
「うむ、皆の者、顔を上げるがいい。バトバヤル・ディルギン・コルドールである。
というかだな、娘の恩人なんだ、そんなかしこまらんでくれよ。
って、すまんな、バランディアからの客人じゃそれも無理ってもんだわな、あっちは堅苦しいからなぁ」
最初は、国王らしい威厳のある声が響いた。
だが、途端に崩れてしまい、まるで親戚のおじさんかのような気安さで話しかけてきたかと思えば、分別ある大人の表情で事情を察して引き。
という慌ただしい一人芝居をほんの数秒の間に繰り広げる。
言われるがままに顔を上げたレティとエリーをはじめとするバランディアからの一行は、ぽかんとした表情をするしかなく。
知っていたらしいドミニクとルドルフは、にこやかな笑顔のままだ。
「ああ、お前さんらは、コルドールに馴染みが薄いんだな?
まあそれなら、そんな顔になるのも仕方ないわなぁ」
そんなレティとエリーに気づいたのか、随分と気安くコルドール王バトバヤルは話しかけてくる。
その横で、ツェレンが困ったように微笑んでいた。
「ところで、ドミニクとイグレットってのはどちら様だい?
ツェレンがえらく熱心に話をしてきてなぁ。一度顔を拝んでみたいと思ったんだが……」
そう言いながら一同を楽し気に、そしてどこか値踏みするように見回す。
名乗り出ていいものだろうかと思案していると、ルドルフが声を発した。
「恐れながら申し上げます。こちらの女性がドミニクさん、こちらの女性がイグレットさんです」
「ほう? なんだ、ってのも失礼な話だが、馬を乗り回すお転婆娘がやっと色気づいたかと思ったんだが、同性だったか……」
残念そうに言った後に、二人の顔を見たバトバヤルが、ドミニクの顔を見て思案気な顔になる。
「なあ、失礼ついででなんだが、あんたのその年で、その名前で、その腕。
……まさか、『旋風淑女』か?」
「おやまあ、まさかその名前を憶えている人がいるとは。
確かにその名を頂いたことが以前ありましたよ」
涼し気なドミニクの返答に、バトバヤルが嬉しそうに身を乗り出し、大きな声を出した。
「マジかよ! あの、剣術大会唯一の女の優勝者様にお目にかかれるとは光栄だ!
しかもそれがツェレンの恩人となりゃ、こりゃぁ飲むしかないな!
おい、酒宴だ、酒盛りの用意をしろ!
ああ、あんた、いける口だろ? 顔を見りゃぁわかる」
「ええ、そりゃもう。喜んでお付き合いさせていただきますよ」
喜色満面のバトバヤルに対して、にやりとドミニクが返して。
「……私たちも、なの?」
エリーをちらちらと見ながら、レティは困惑したような表情を浮かべた。
酒が入れば朱の花が咲き、心も口も軽くなる。
開いた口から吐き出す憂い、酒の香りに溶けてしまえと
国が変われど、変わらぬそれに身を委ね。
次回:藤色の憂い
少しだけ軽くなった背を真っ直ぐ伸ばし。
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