休息の一時
ドミニクが余計なことをいい、レティがそれをあしらい、エリーも苦笑を返す。
そんなやり取りをしながら商会へ戻ってくると、荷物の運び入れなどはとっくに終わっていた。
三人を出迎えた商人が、それはもう機嫌の良い顔で近づいてくる。
「おお、お戻りですか。ツェレン様は無事に?」
「ああ、もちろんさね。そんで、それに絡むんだけどね」
と、先程正門前であった代官との会話を簡単に説明し、王城からの使者が来るかも知れないと伝えれば、さも当然のように商人も頷いた。
「コルドール王は寛大で気さくなお方。ツェレン様の命の恩人とあらばそういったこともございましょう」
「ふぅん、ツェレン様といい、その辺はコルドール王家の伝統なのかねぇ」
「おや? ……ドミニクさん、もしや先代をご存じで?」
「ああ、まあね。つっても、大分前の話だがねぇ」
ドミニクの言葉にしばし、その意味するところを考えて。
出てきた商人の問いかけに、何でもないことのように軽く応じる。
ほほう、と幾度か頷いた商人は、納得したような顔で。
「なるほど。ドミニクさんだったら、そういうコネクションがあっても全く不思議ではないですな」
「自分で言うのもなんだがね、大将から見たあたしってのは、どんだけ人外なんだい?」
「それはもう、今まで見てきた人の中でも一二を争う程の」
「その言い方はどうなんだい、あたしゃレディだよ?」
悪びれもせず言う商人に言い返しながら、しかしにやにやと笑いながら小突く。
なんだかんだ、この商人のことは気に入っているし、こういうやりとりは好ましい。
それは商人にも伝わっているのだろう、実に楽し気で。
「ええ、もちろん素敵なご婦人ですとも。
ですが、不敵で無敵なご婦人だとも」
「そりゃぁ褒めてるつもりなのかい? ま、あたしらしいけどさ」
笑うドミニクに、「それはもちろん」と商人も楽し気に返した。
「さて、話も尽きませんが、そろそろ宿へと移動いたしましょう。
泊まりの皆様、どうかよろしくお願いいたします」
そう言いながら商人が護衛達に向かって頭を下げた。
既に荷も運び終えて、大げさな番はいらないが、それでも念のため。
そしてお手当てを出す口実を作るため。
募集をかければそれなりに人も集まり、店の守りは万端。
残りの面々も心置きなく休めるというものだ。
もちろんレティとエリーは、宿組だ。
「ああ、ドミニクさん、イグレットさん、エリーさん。
皆さんは男性陣とは別の宿をご紹介しようかと思っていましたが、いかがですか?」
「流石、気が利くねぇ。どうだい、イグレット、エリー?」
気を利かせた商人の問いかけに、なるほどと頷いたドミニクが話を振ってきた。
数秒ほど、考えて。こくり、頷く。
「確かに、その方が落ち着くとは思う。
彼らのことは別に嫌いではないのだけれど、なんとなく」
「そうですね、申し訳ないのですけど。
そこまで気を使っていただくことにも申し訳ないのですが……」
恐らく一仕事終えた後となれば、解放感から宿の酒場で盛り上がることだろう。
それを否定するつもりは毛頭ないが、それに慣れているかと言われたら、当然慣れてもいない。
この一週間余り色々とあって、自分でも思っていた以上に疲れを感じてもいた。
そんな二人の様子に、うんうんと。にやり、一瞬だけ意地悪な笑みをドミニクは見せて。
「んじゃ、二人は別の宿ってことで。
あたしゃ野郎どもとちょっくら飲みたい気分だから、同じとこで構わないよ」
「わかりました、ではそのように」
まるで示し合わせていたかのような阿吽の呼吸で二人はあっさりと話を纏めてしまう。
それに慌てるのはレティとエリーだ。
「え、ちょっと、ドミニクはそっちなの?」
「なんだい、あたしがどっちに行ったって構やしないだろ?
それとも何かい、引率のあたしがいなけりゃ不安かい?」
「それは、確かにそんなことはないけれど……」
「なんでしょう、私達二人だけがっていうのが、えこひいきみたいというか……」
口々に、しかし歯切れ悪く。
そんな二人の様子に、ドミニクはあっけらかんと笑って見せる。
「なんだい、そんな細かいこと気にするんじゃないよ。
うだうだ言う奴がいたら、あたしが黙らせるからさ。な?」
なんだなんだとこちらを伺っていた護衛たちに向かって振り返れば、聞いていた人間はこくこくと頷き、聞いていなかった人間も釣られて頷いている。
満足げに一つ頷くと、またレティ達へと向き直り。
「な? 問題ないだろ?」
「……大有りな気がするけれど……まあ、いいや……」
どうせこれ以上言い募ったところで、ドミニクに勝てはしない。
それはこれからの経験で良くわかっていた。
「ええ、お二人は特に活躍されていたのですから。
どうぞ、ごゆっくり、なさってください」
にこにこと笑いながら後に続く商人の言い方に、含むものがあったとは、思いたくなかった。
ともあれ、案内されて宿にはついた。
コルドール王都の中ではそれなりに上質な方。
外見も雰囲気も、なんなら通りの様子も落ち着いたものだった。
「では、このお二人をよろしく頼みますよ」
「ええ旦那、お任せを」
どうやら本当にツテがあるというか、よく通じているらしく、二人は親し気に会話をして。
そうして案内された部屋は、この宿でも特に上等そうだった。
「では、どうぞごゆっくり」
案内してきた宿の主人がそう言って立ち去ると、後に残されたのは二人だけ。
そう、二人きり。
「とりあえず、荷物を下ろそうか」
「あ、はい」
そう言って、二人は荷物を下ろす。
上着も脱いでハンガーにかけて、一息ついた。
すると、すすす……とエリーが横に近づいてくる。
ぴたり、くっつくように。
「……レティさん」
「どうしたの、エリー」
「お仕事、終わりましたよね?」
その言葉に、何を言いたいかが何となく伝わってきて、思わず口を閉じた。
少しだけ、考えて。
「そう、だね、終わったね」
「じゃあ、もう我慢しなくていいですよね?」
「えっと……明日人が来るかもだから、ちょっとだけ我慢はした方がいいんじゃないかな……」
少しだけ、釘をさす。
もっとも、すぐ抜けてしまいそうな釘ではあるが。
「でも、多分午前中は大丈夫ですよ。
ということで、さあ、キスしましょう! ちゅーしましょう! さあさあ!」
そう言いながら、ずずいと迫ってきた。
その勢いに押されながら、しかし、流されないよう踏みとどまる。
「キスするのはいいのだけれど……その言われ方だと、こう、雰囲気というか、なんというか……」
「いいんです、こういうのは勢いが大事なんです! さあさあ!」
さらにずずいと来られて、困ったような顔になる。
もちろん、レティとてしたいのはしたいのだが。
「もう……勢い、とか言うけど」
そう一言断って。
不意に、顔を寄せた。
やや強引に、エリーの唇をかすめ取って。
「……ね? こういうキスでも、いいの?」
間近でじぃ、と顔を覗き込みながら、そう問いかける。
呆気に取られたような顔をしていたエリーは途端に真っ赤になって。
もじもじと、髪の毛をつまんだりいじったりしながら、上目がちに見返してくる。
「えっと、嫌ではない、と言いますか……こういう強引なのも結構ありかなって」
そんなことを言われて。ぴしり、と音がしたかのようにレティが動きを止めた。
動きを止めたレティを、エリーが心配そうにのぞき込む。
「あれ、レティさん? どうしました?
って、きゃっ、あ、んっ」
途端、レティがエリーを抱きしめ、少し強引に唇を奪った。
ぎゅ、と抱きしめる腕は普段より強引で力強く。
重ねた唇も、奪うという表現がぴったりなくらいに乱暴なくらいで。
普段のレティからは想像もつかないような、キス。
それも、何度も強く吸い上げるようなキスを繰り返して。
やっと落ち着いたのか、唇を離した。
「……はぁ……こういうのでも、いい、の……?」
「はふっ、あ、あうぅ……えっとぉ……いい、というか……。
癖になっちゃいそうです……」
顔を真っ赤にしたエリーが、乱れた息の中、ささやくようにそう言ってしまえば。
なけなしの理性で色々と抑え込んでいたレティは、たまらずまた、エリーを抱きしめた。
勢いに押されたエリーがふらふらと壁に押しやられ、背中をつけられて。
レティと壁に挟まれるような格好で逃げ場をなくし、何度も何度も唇を奪われる。
頭がぼおっとして足に力が入らなくなってきたのに、倒れることも許されない拘束。
それが、かえって心の中の何かを満たしてくれるような感覚。
「レティさん……」
「……どうしたの?」
「私、こういうの……結構好きかも知れません……」
エリーがそんなことを言ってしまったがために。
レティがキス魔へと変貌し、二人は夕食を食べ損ねてしまったのだった。
突然の招きは、いわば挑戦状。
衆目に晒されるその場に踏み出すは、乙女の戦い。
ましてその自覚がない二人を引き連れるとなれば、否が応でも。
次回:乙女の身嗜み
この戦、必ず勝たせねばなるまいと。
※派生作品始めました!
「元暗殺者ですが、公爵家令嬢付きのメイドになった結果妙に懐かれてしまって、これはこれでとセカンドライフを楽しんでいます」
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1章で出てきた、リタが主人公の派生作品です。
公爵家にメイドとして勤めるリタの姿をぜひご覧ください!




