草原の都
その後はさすがに何事もなく。
一行はようやっと、コルドール王都へとたどり着くことができた。
「これが、コルドールの王都コルドリア……話には聞いていたけれど、本当に城壁が高くないんだね」
城門を前にして、ぽつりとつぶやく。
実際、城塞都市の体は取っているが、バランディアやジュラスティンの王都と比べるとその城壁の高さは半分ほどに見える。
その言葉を聞きつけたのか、代官が馬を寄せてきた。
「バランディアなどに比べれば確かにな。貧相だと思うかね?」
問いかけてくる代官は、決して不快そうではなく。むしろどこか楽し気で。
そんな代官の顔をしばし見つめたレティは、ゆっくりと首を振った。
「防衛の思想が違うように見える。
城門の数が多いから、打って出て草原での迎撃戦を重視しているのでは。
それから、あの広さ……城門から王城までの間を外堀に見立てているというか……。
……もしかして、侵入されたら都市内で土地勘を活かした迎撃をして、住民はいざとなったらすぐ逃げられるようにしている……?」
城門から見える景色の違和感と、城門に比べての王城の威容。
街並みやその距離感は明らかに異文化のもの。
密度が薄い上に複雑な街並みは、それ自体が一種の罠、のように思える。
そんなレティの返答に、代官は目を見開き言葉を失って。
しばしの後、苦笑しながら口を開いた。
「驚いたな、そこまで読める人間はそういない。
君は騎士としての教育でも受けていたのかね」
「いや、そんなことはない、けれども……ちょっと人よりは教育されている、かも」
問いかけに、困ったように眉を寄せながら小首を傾げる。
実際のところ、騎士の教育などは受けていないし礼儀作法も身についていない。
色々な意味で実務的に有用だからと教育されていただけなのだが、まさかそれを言うわけにもいかず。
そして、そんな態度は奥ゆかしさとして映ったらしい。
微笑まし気にうんうんと代官は頷きながら。
「であれば、随分と良く学んだのだろう。君のその見識は一財産だ、大事にしなさい」
「あ、うん、ええと……ありがとう、ございます」
褒められ、戸惑いながら頷く。
彼が言うのだから、きっとそうなのだろう。
だが、その一財産を築かせたのはとある悪党なのだが。
まさかそんなことを口にするわけにもいかないし、その程度には空気も読めるようになっていた。
「うむ、若いうちは時に素直なことも大事だ。
君のような若者がツェレン様と縁を結んだことは僥倖と言うべきかも知れん」
「……それはさすがに、言いすぎだと思うのだけれど……」
ぽつり、遠慮がちにつぶやいたレティの声は、代官には届かなかった。
様々な誤解と曲解をはらみながら、商隊は王都へと入った。
そこから先は、また商会の倉庫へ行く組とツェレンを護衛する組とに分かれる。
もちろん、レティにエリー、ドミニクは護衛側だ。
「おお、姫様がお帰りになられたぞ!」
「ツェレン様おかえりなさいませ!」
「ひめさまーおかえりー」
大通りを進めば、口々に街の人々から声がかかる。
それに対して一々律儀にツェレンも挨拶を返した。
お互いに慣れているのだろう、変に群がられて進めない、などということもなく。
「……なんだか、不思議な光景ですね」
「確かに、ジュラスティンで見たことはない、かな」
ツェレンとその周囲を固める騎士達、その後ろからついていくレティとエリーはそんな言葉を交わす。
王家はもとより、貴族の女性でも馬に乗って移動することなど、ジュラスティンでは滅多にない。
大概は馬車であり、その顔も見えず。また、庶民から親し気に声がかかることもない。
また、エリーの知る王家の人間もほぼ同じだった。
顔を見たことも、声聞いたこともない相手に、親しみを覚えろというのも無理な話だし、当然のことだろう。
だが、その当然はこの国では通じない。
「お姫様らしくないのに、お姫様らしい。矛盾してるけど……」
「ああ、なんとなくわかります。国の皆から愛されてる、みたいな。
どこのおとぎ話ですか、って気もしますけど……」
そう、どこか別の世界の話のようにも思える。
国が、人が違えばこうも変わるものかと。
「……私、知らないことばかりなんだって、改めて思った」
「恥ずかしながら私も、痛感しました……」
そんな二人のつぶやきを飲み込みながら、一行は進んでいく。
程なくして王城の正門へとたどり着き、代官が門衛へと何やらいうと、門衛の一人が中へと駆け込んでいった。
さほど時間をおかずに門衛が戻ってきて、代官と話をすれば騎士達とツェレンが城内へと入っていく。
……入った。
それを確認すれば、ドミニクが大げさに伸びをしてみせる。
「さ、これであたしらもお役御免、かねぇ」
「ああ、本当に助かった、ありがとう」
一人まだ城内へと入っていなかった代官が声をかけてきた。
おや、と不思議そうな顔でそちらへと目を向けて。
「いやいや、あたしらも仕事ですしね。
大したことは……してないって言ったらウソになりますが」
そんな軽口を咎めることもなく、むしろ代官は笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、確かに大したものだったよ。むしろとんでもない、くらいだがね。
あなた達の活躍に対して、恐らく陛下からお言葉があるだろう。
明日にでもお召しがかかるかも知れないから、しばらく連絡のつくところに居て欲しいのだが」
「へぇ。
いやぁ、そりゃぁ願ってもないことですがね。
ああ、例の件での話も必要っちゃ必要ですか」
「まあ、それもあって、ということだ」
つまり、ガシュナートによるツェレン拉致未遂の件だ。
今後の外交にも影響を与えかねない話、証言者は多いに越したことがあるまい。
ましてそれが、代官の信頼を得た者であれば。
「んじゃ、あたしらは大将のツテがある宿に泊まってますんで、何かあったらあの商会に」
「ああ、わかった」
そんな言葉を交わして、一旦わかれることになった。
一通り別れの挨拶をして、離れることしばし。
ドミニクがレティとエリーの方を振り返った。
「ああ、ツテがある宿ったって部屋は分けるつもりだし、なんなら別の宿にしてもいいから、安心しな?」
「……余計なこと言わなくていいから……」
つれなく、レティはそう答える。
ちょっとだけ心の片隅に思っていたことを言い当てられて、目をそらしながらではあったが。
為すべきことを成し、運ぶべきものを運び。
今一時の安息を手に入れた。
また明日からは何が起こるとも知れぬ身だが、せめて今夜だけは。
次回:休息の一時
身も心も、さて休まるかどうか。
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