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暗殺少女は魔力人形の夢を見るか  作者: 鰯づくし
4章:暗殺少女の目指すもの
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遊牧民の嗜み

 その後、落ち着いたツェレンとその馬を連れて商隊は街道を進み始めた。

 さすがに馬を馬車に乗せることはできず、その馬もツェレンの言うことしか聞かないとなれば、危険度が上がるのを承知でツェレンが騎乗するしかない。

 苦肉の策として、物理結界を張ることができるエリーと馬を並べて馬車に並走することになった。

 位置取りとしては、馬車とエリーでツェレンを挟むような形だ。

 

 また、ガシュナート側が失敗を織り込み済みで次の手を打ってきた場合、待ち伏せとなる可能性が高いため、ドミニクが先頭の馬車に移動している。

 護衛の戦士も前目に寄せて、レティは状況に応じてフリーに動くという役割だ。

 なお、リーダーの商人は一番安全と思われる真ん中の馬車だ。

 彼自身は先頭に乗ると主張していたのだが。


「もしそうなった時のあんたの役割は、最後まで全て見届けてから死ぬことだ。

 大将の責任ってな、そういうもんだろ?」


 とのドミニクの説得に折れて、その配置を受け入れた。


 そう、襲撃の可能性は低い、とはいえ、それがあった場合は相手が万全の状態ということになる。

 その場合、前回の戦闘のように上手くいくとは限らない。

 大見得を切った手前隠してはいるが、全員が相応の緊張感を持っていた。


 そのせいか若干口数の減っている商隊、その傍で明るく華やかな声が響く。


「まあまあ、イグレット様とはそのような馴初めが……まるで本の物語みたいですね~」

「ええ、そうなんですよ、そこからもこう、色々な顛末がありましてですね」


 やはりお年頃、そう言った話に目がないツェレンが、エリーの語る美化200%の惚気話を楽しそうに聞いている。

 普段聞き流されるばかりのエリーも、ここぞとばかりに舌が回り、実に楽し気であった。

 この距離でも聞こえているのか、若干レティの表情は曇っているが。


 そう、楽しそうに、している。


 だがエリーは、あるいは商隊の中の幾人かも気づいていた。

 ちらちらとツェレンが商隊の方を伺っていることを。

 当たり前だが、彼女のことを気遣っている商人や護衛は何人もいる。

 そんな彼らに対しての、彼女なりのアピールなのだ。

 元気だ、もう大丈夫だ、との。

 

「ったく、だからあたしらに気を遣うなんざ10年早いってのに」

「まあまあ、俺らも悪い気はしねぇし、いいんじゃねぇですかい?」

「まぁねぇ」

 ぼやくドミニクを、同乗した護衛の一人が宥める。

 もちろん本気で気に入らないわけではないから、相槌を打って軽く肩を竦めれば、いつもの通りだ。


「あんな風習のある国だからかねぇ、お姫様にしちゃぁたくましいもんだ」


 コルドールの風習の一つに、馬に乗り単独で一昼夜草原で過ごしてまた戻ってくる、という成人の儀式がある。

 それは、男女も身分も関係なく、だ。

 今回ツェレンが一人で馬に乗っていたのは、その儀式の最中だったらしい。


 遊牧民族を祖とするコルドールでは、定住した後と言えど馬に乗り草原を移動できるということは必須技能。

 女であっても、王族であっても……むしろ、だからこそ必要な技能とも言える。

 万一の事態において、自力で逃げられない者は捨てられるのが草原の暮らしの習いだ。

 王族の女が逃げられず、虜囚の憂き目に遭えばどんな扱いを受けるかは想像に難くない。

 そんな環境で成人、一人前を名乗るならば、一人で馬に乗り、草原で生き抜くたくましさを持つことは、当然のことだろう。


「ちょいと、表裏が無さすぎたり無防備だったりはするが、ね」

「それは国民性というものもあるでしょうなぁ。

 コルドールはバランディアやジュラスティンに比べて、貴族だなんだのごたごたが少ないようですから」


 商人の一人が、後ろから声をかけてきた。

 なるほどねぇ、とそちらにちらり視線をやりながら相槌を返す。


 コルドールはバランディアなどと比べれば、比較的歴史が浅い国だ。

 元来の気風とも相まって、ドロドロとした陰謀劇、などは少ないという。

 であれば、ツェレンのあの性格もわからなくはない。


「昔何度か来たことがあったくらいだが、案外腰を落ち着けても住みやすいのかも知れないねぇ」

「はは、冬の独特の冷えさえ気にならなければ、ですがね」


 比較的雨の少ないコルドールは、冬は特に湿度が下がり、冷たく乾いた風が吹き抜ける。

 体中から熱を奪っていくかのような冷えはもちろん、肌の乾燥からのひび割れなど、弊害は多い。

 そのことは、既にドミニクも実感として持っていた。


「なんだい、年寄りには辛いって言いたいのかい?」

「いえいえ、滅相もない。一般論ですよ、一般論」


 軽く睨めば、愛想笑いで流される。

 この商人も中々にたくましい。

 ふん、と軽く鼻を鳴らして、ドミニクはまた前を向いた。




 予想通りその日に襲撃はなく、何事もなく宿場町へとたどり着く。

 まずは商会の倉庫へと向かう一行と別れて、レティ、エリー、ドミニクと商人がツェレンを護衛して代官の邸宅にやってきた。

 突然の来訪に代官は大慌てで門前まで出迎え、それから中へと案内する。


 そして、ツェレンから顛末を聞いた代官は商人やレティらの手を両手で握り、跪きながら感謝をした。


「よくぞ、よくぞお助けしてくれた! ありがとう、ありがとう!

 ツェレン様は我が国の宝、その宝を貴殿達は守ったのだ、本当にありがとう!」

「そんな、大げさです、おやめください、あのっ」


 感極まって滂沱の涙を流す代官をツェレンが宥める、という何とも奇妙な光景を見せながら。



 その晩は、代官の邸宅にツェレンはもちろんのこと、ドミニク、レティ、エリーが宿泊することになった。

 商人は一度商隊の方に戻り、また翌朝に合流する手はずになっている。


「なんだか、凄い歓待だったね……」

「あの方は幼少のころから父と一緒に育ち、友人に近い関係なのです。ですから、いつも良くしていただいて……」


 ツェレンに宛がわれた客室の椅子に腰かけながら、レティがそうつぶやく。

 ツェレン本人を迎えてということはもちろん、その命の恩人、ということで、レティ達も随分ともてなされた。

 明日の朝出立するからと、酒はできるだけ固辞したが。

 ただし。


「いやぁ、こっちの酒は久しぶりだが、独特の味があってまた美味いねぇ」


 ドミニクは待ってましたとばかりにかぱかぱ開けていたが。

 そして、顔色は全く変わっていない。

 少しだけ、その性格や面の皮の厚さや、様々な物が羨ましくもなってしまう。

 理不尽だとも思いながら。


「私の柄じゃないのだけれど……こんな風に歓待されたら、ますます無事に送り届けないとって思ってしまう、ね」


 もちろん、失敗するつもりは毛頭ないけれど。

 背負ったものが少し重くなったような感覚。

 なのに、それは不快ではなく、むしろ気力の充実を引き出しているような気分さえしている。


「ええそうですね、必ず送り届けましょう」


 にこりと、隣でエリーが微笑むのに、うん、とうなずいた。

 正直なところ、エリーがいればできないことなど何もないとすら思う。

 ましてドミニクに護衛達もいるのだから。


 そんなレティ達へと、ツェレンが頭を下げた。


「皆様、本当に何から何までありがとうございます。

 明日もどうぞよろしくお願いいたします」

「任せときなって、ツェレン様」


 気安く請け負うドミニク、うん、と頷き返すレティとエリーに、ツェレンも微笑み返した。

腕売る商売、お見せするのは慣れたもの。

丁々発止、朝も早くに風が舞う。

近くにあらば寄りて見よ。心も凍てつく刃の光。


次回:挨拶代わりに


剣士が語るに言葉は不要。……弁舌流麗なれども。



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